親世代の出来事①※王妃視点
GL要素が強めになってしまいました。
前の回で出てきたドゴールの話と(母)親世代の話
「それでついにいちご姫は知ってしまったの、悪魔の名前を」
夜の帳が下りた頃、王妃の私室には、女官長のメイベル公爵夫人と王太子妃家庭教師となったハンナ侯爵夫人、衣装係長であるセルマ伯爵夫人、それにシャーロットの侍女のリリーだ。
仲良くテーブルを囲み、卓の上には淑女の嗜みで紅茶と同じ色でたまたま並んでしまったウィスキーと軽食が用意されている。
「カトリーヌ王妃、こうなることはあの方がお見えになってから覚悟していたのでは」
私的な茶会でもキリリとした表情を崩さないハンナの言葉にカトリーヌは頷いた。
「今日はかつての友人として貴方たちとお話ししています、どうかカトリーヌと」
「あら懐かしいわね、ねぇカトリーヌ。大丈夫よ、いちご姫はベアトリス様が産んだ姫君。強く気高いはずよ」
おっとりとふくよかな体型だがそれが女性らしいさを演出しているメイベルは微笑みながら話す。
「それは分かっている、けどね、いちご姫が、ベアトリス様が悪魔達に弄ばれたがゆえに生まれた子どもだと知ればどうなるか」
「それは……」
「それにあの男はジョージの存在を知りなにやら考えていたとカフェにいたメイドが証言しました」
カフェの会話は必要があれば王妃の耳にも触れる。
シャーロットはそれを知っていても利用したが、まさかこの四人がこんな風に会話をするとは思っていなかった。
「リリー、いちご姫はどこまで気づいたのかしら」
「ドゴールの家名が祖母の実家であったことくらいですね。今日のことですから、恐らくこれから色々調べていくでしょうね」
「ドゴールの家名なら問題ないはあそこは王の愛妾を囲った家なだけで功績はない、問題はライ……デイマンよ、あの男は死んでからも悪魔を支配している……」
ライマンのスペルを弄ると卑劣を意味するデイマンになる。
けっしてあの男の名など呼ぶものかとカトリーヌが唇を噛めば、そっとハンナがハンカチを差し出してきた。
「傷が残れば何かあったと噂が悪評に繋がる、王宮はそれほどまでに恐ろしい場所よ」
「そうね、でもオリバーを愛したときからその覚悟はあるわ」
オリバーはカトリーヌの夫で国王だ。
貴方を愛すると決めたのが最初で最後の我が儘だと口にしたオリバーの告白を思い出す度に、胸が熱くなる。
息子のダニエルがベルローズを愛でると報告を受ける度、顔だけでなく、性格も似たのだなと実感する。
夫のオリバーは誰よりも優しくそして罪深いカトリーヌを今でも愛してくれている。
彼とそしてベアトリスと出逢ったのは今から二十年以上前になる。
カトリーヌの家は伯爵家であったが、ロイフィリップ家のように王家の血が流れているわけでもなく海側に領地を持つ地方貴族であった。
そういった家に嫁いでくるのは反対に陸地を持つ地方貴族か王都にコネはあっても財産面で弱い宮廷貴族だ。
カトリーヌの母は後者で、父は領地で蓄えた財力と母は実家のコネで家を繁栄させると契約した夫婦だった。
契約婚は貴族にとって珍しくもない。寧ろ自由恋愛の方が眉を顰められる。
愛情とは結婚してから作るものであり、結婚前は慎みを持つのが嗜みの貴婦人なら尚更だ。
お互い平凡な顔に石橋を叩いても渡らない臆病な性格だったので、愛人を作らず互いだけを愛していた。
そうして最初に駒になるカトリーヌを少し間を開けて跡継ぎの弟が生まれた。
あと一人、駒がほしいと思っていたようだが母は弟を産んでから寝込むことが多くなったので、そこで打ち止めとなった。
入学前の貴族令嬢の教育は主に家庭教師が行う。教師の実家が貴族階級か騎士爵よりも娘により付加価値を付けられるか、主人のお手つきにならない程度の美貌かが重要である。
家庭教師を住み込みで雇えない家は、娘を寄宿舎や修道院に入れる。
カトリーヌの家はお金があったのでそれなりの家柄の家庭教師をカトリーヌに付けた。
そうして入学まで領地で過ごすと、王都の学園に入学し、後は適当に婚約者を用意されるのを待つだけだったが、運命は突然開けた。
たまたま、王太子妃候補に空きが出来たと女官として出仕している母方の伯母に推薦され、カトリーヌは王太子妃候補になったが、ただの人数合わせである。
多いのは良いが少ないのは王家の沽券に関わるようで、最終選考までは三人程度はキープしておきたいようだ。
当時はまだ最終学年に在籍しているオリバーと学園に入学したばかりのルイスのどちらが王太子になるかでごたついている最中だった。
オリバーは初夏を思い出すような翠の瞳を持っている
賢王と呼ばれる父似て、政治や外交に対する意欲が強いが内気な性格、躯も今でこそ健康だが昔は病がちで王としての器があるかといえば疑問が残る
一方でルイスは優秀だった兄や父に比べると劣りもするし、瞳の色もグレーかかった翠色だ。
だが。祖父に似て屈強な躯、性格も活発で物事の処理に対してはきっぱりとした面があるので王としての器があると判断された。
残念ながらブリタニー王国は男子優勢なので、最初に生まれても王女の継承権は後ろになる。この王女が後にマーガレットの母だ。
さらにいえば、既に候補に挙がっている令嬢はカトリーヌより上の爵位、もしくは王室に強いコネがあった。
そんな中で、王太子妃候補に選ばれるなど無意味だと思ったが王太子妃教育を受ければ、カトリーヌには良い嫁ぎ先が、弟の花嫁候補のランクが上がる。ついでに伯母の出世も望めるので良いことずくめだ。
候補者は現在二人いる。
まず第一候補として軍務大臣の父を持つキャスリントン侯爵令嬢のメイベル。
背も小さくくびれの薄い丸みのある体つきだが、ぷっくりとした頬が可愛らしいと評判のメイベルは、その見た目と髪の色から社交界のリネットと呼ばれている。
のんびりとした顔とは裏腹に、彼女は独自の情報網を持っており、それを使って様々な王太子妃試験をくぐり抜けてきた。
次は曾祖父が宰相だったブノワ侯爵令嬢のグロリア。
祖父も父も、宰相補佐、閑職と呼ばれる書記官長止まりで大分落ち目になってきているが、それでも過去の栄華の香りは残っている。
絶世の美貌と豊満な肉体が若い王太子殿下の心を掴むのではと囁かれている。
そして辞退したのは、祖父の代に陞爵したばかりのテイラー商会の令嬢セルマだ。
彼女は、商人である自分に王太子妃は向いていないと堂々と王太子殿下とのお茶会で口にしたようで、普通なら不敬で一家断絶だが王家も人数合わせだったこと、何より王妃がテイラー商会を愛していた。
王妃は、セルマが王太子妃になることで、商会の独特のデザイン性が失われることを危惧していた。
セルマはどんな職人にも引けを取らないほどの裁縫技術と斬新なアイデアを持っている。
臣下として囲った方が良いとの判断で、新しいドレス十枚でお咎めなしとなった。
新しい婚約者として王宮で挨拶する日、彼と彼女にカトリーヌは心を奪われた。
「初めまして。ノースデンモーク帝国の皇帝フェリックスの娘、ベアトリス。 見聞を広めるよう云われましたので、こちらに留学してきました。どうぞよしなに」
両親、もしかすれば父親以外に頭を下げたことのないベアトリスはお辞儀をせず、優雅に挨拶した。
今でもあの時の威厳のある顔は忘れられない。
微笑みは軽やかだが、黒い瞳は誰にも汲みせず心の奥底を覗かせない強い意志を感じ、まるで気高き獅子の前に立っているようでベアトリスは背筋を振るわした。
その横で並んでいるオリバーを見て、カトリーヌは瞬時に察した。
これはベアトリスが次期王妃だなと誰の目からも分かる。
偶然、王太子妃候補になっただけのカトリーヌはスンと心を閉ざそうとしたがオリバーに声をかけられると、それだけで恋心が芽生えた。
「君がカトリーヌ伯爵令嬢だね、よく来たね」
微笑みかけてくれたオリバーは柔らかな目でカトリーヌを見てくれる。
きっと、大臣達に人数合わせだと云われ、せめてもお世辞でもかけなければと気遣ってくれているとカトリーヌの心の中で冷たい風が吹く。
そんな中、ベアトリスは大臣に向かって話しかける。
「しかし、優秀な競走馬とポニーを競わせようとは、むごいことをなさるのね」
呼び出された令嬢をちらりと見るとベアトリスは大きなため息をついた。
「それはご自身が血統書付きの馬だと云いたいと、黒い瞳は素敵ですが帝国では黒い鬣を持たねば競走馬にもならないと聞いていますが、違くて」
瞬時に反応し口を開いたのがグロリアだった。
ベアトリスが帝国国内の貴族から皇后としてならば共同統治しても良いと云われているが、皇帝はかたくなに女帝としての即位を望んでいるため宮廷内はごたついている。
一度自分が外に出た方が良いと思ったとベアトリスは後から語ってくれた。
貴族に嫌われていても皇帝が溺愛しているのには違いない、大臣達は青ざめているが、
グロリアは気にしない。
かつての栄光を取り戻そうと豊満な躯を前に出す彼女にベアトリスはふふっと笑う。
「己がサラブレッドかポニーかを決めるのは自分の心でなくて、少なくとも私はオリバー王太子から、今日集まった淑女達は皆、楽しくこの国の内情に誰よりも詳しい令嬢と可憐な乙女がいると聞いておりますが」
前者はメイベル、後者はグロリアのことだろうかと首を傾げていると、ベアトリスはカトリーヌの手を取った。
「貴女は誕生日は」
「九月です、あッ……」
九月の星座は乙女座である。つまり、乙女はカトリーヌのことだがならばグロリアは紹介されなかったのか。
いや、あえて彼女の評価は省いたのだろう、オリバーの顔が青ざめている。
「それから殿下と同じ最終学年の令嬢がいるとも。学園ではその令嬢を頼るように聞きましたが、はて、今日は欠席なのかしら」
「出席しておりますわ、ベアトリス皇女殿下。どうぞ頼ってください、先輩として忠告しておきますわ、学園は平等の精神を校訓としてますので身分をひけらかすようなマネはしないでくださいまし」
「平等、素晴らしい言葉ね、ええ、学園内は平等なのね、心得ておくわ」
「是非に、出来るかどうかキチンと見守っております」
王太子妃になれることを誰よりも期待されているグロリアは強気な態度で出る。
大臣達はいつ止めようかヒヤヒヤしていたが、メイベルがふわりとベアトリスに話しかけた。
「皇女殿下は甘い物がお好きでしょうか。帝国を離れてお疲れでしょうから、ゆっくりとどこかでお話ししません事、」
「あら良いわね、そうしましょう」
「我が国には素晴らしい菓子職人がいましてね、きっと皇女殿下も気に入ると思いますわ」
「どうか、ベアトリスとお呼びになって、可愛らしい方」
「では、私もメイベルと、」
「メイベル様、他の方も紹介してくださる? 何せこの国は令嬢を紹介してくださる殿御がおりませんもの」
ちらっと大臣やオリバーを眺めたベアトリスは笑みを浮かべながら、重ねた手を頬に置いてお強請りの仕草をする。
「それは……」
「メイベル伯爵令嬢、頼む」
帝国の皇女が来ているというのに頼りないとメイベルはあの時からオリバーを将来の夫として見ることは出来ないと思っていたと話す。
結局彼女はその後、オリバーの弟ルイスと結婚した。
半年後のカトリーヌ達の卒業式後、候補者のうちの誰かが王太子妃になるか発表があると、王家から伝えられたのは、一ヶ月ほど前のこと。
「紫色の瞳にご注意を、彼らは狩人です」
情報通のメイベルが薔薇の咲き誇る庭園ぼそりと呟いた。
卒業前に青春を楽しみたいとベアトリスが王妃に頼めば、彼女は離宮を一つベアトリスに貸してくれた。
王太子妃を受けている令嬢も教育の一環で離宮に滞在しているが、グロリアだけはいない。
日に焼けて値打ちが下がるからと一人、屋敷で己を磨くという。
呼ばれた令嬢は皆、ワンピースとボンネットを被って、まるで自宅にいるかのように寛いでいた。
ここにグロリアがいれば随分と田舎くさいと云われそうだが、今日の茶会のコンセプトは流行のカントリースタイルだ。
デザインに進歩がなく、裾の幅が広がってばかりの社交的なドレスから脱却しようというのがここ最近の流れで、流行を作ったのはセルマのデザインだ。
野暮ったく見えないようにフィチュには細かなレースを裾には刺繍を施す。
ボンネットにも花飾りをふんだんに使うので乙女心を擽られるデザインだ。
最初の印象が悪かったのかベアトリスは必要最低限でしかグロリアと関わらず、グロリアも高飛車で横入りしてきた皇女と周りに吹聴するようになった。
おっとりしているが若いながらも母性を感じさせるメイベル、かつての栄光を取り戻そうとするグラマーなグロリア、そして誰よりも高貴なベアトリス。三つ巴の王太子妃候補バトルは貴族の間でちょっとした賭け事になっていた。
「狩人? ということは獲物は私たち……いけない美味しいクッキーを食べているのに、流石はハンナのジンジャークッキー、私これが大好き」
一瞬険しい顔をしたベアトリスだがお菓子を用意してくれた令嬢に失礼だと表情を変える。
「お褒め頂いて光栄です、」
歩くエチケット辞書の名を持つハンナ子爵令嬢の父親は宮廷の菓子職人だ。
ブリタニー王国の料理は素材を大事にする文化が長く続いたので、味付けはいまいちだった。その味付けで育った自国の王族は良いが、結婚を機にやってきた他国の王族はそうはいかない。
自国から料理人を連れ、祖国の料理を堪能する。
そうしているうちに王族や貴族の間でも美食という文化が出来、貴族や王族は高い報酬や地位を与えて、料理人、菓子職人を確保した。
父から暇を見つけては菓子を習っているハンナの腕前はベアトリスも絶賛し、ベアトリスの侍女であるリリーも時々彼女からコツを聞き出している。
「リリーも座りなさい、ここにいる間は貴女はリリアンヌよ、」
ベアトリスが信頼しているというリリーはれっきとした伯爵令嬢である。
兄が一人いるので家のことは全て兄に任せて自分はベアトリスただ一人に仕えたいと、周りが結婚に踏み切る中、ブリタニー王国まで付いてきている。
「美味しいです、姫様はこういう素朴なお菓子が好きですからね」
「そうよ。なのにみんな生クリームたっぷりのお菓子ばかり食べさせるの、生クリームはね、添える程度がいいの。クリームにはそれだけ魅力があるし、どんなお菓子の隣にいても負けない強さがあるの」
「面白いですわね、」
「それで、紫の瞳と云えばロイフィリップ家のミカエルとドゴール家のライマンだけど、どういうことかしら」
ブリタニー王国で紫の瞳は現在三人しかいない。先王、オリバーの祖父が愛した寵姫の子どもと孫だ。
彼女の生い立ちは不明で王とベッドを供にするのに必要な身分は、田舎のしがない男爵家だったドゴール家が用意した。
強かな彼女とドゴール家は娘が生まれても認知を迫らず、わきまえて田舎で育てていたが、年頃になり母親そっくりな娘に育つとそれとなく王に縁談がないかと相談すれば、王家の血を引くロイフィリップ家と縁組みした。
ロイフィリップ家としても再び王族の血を受け入れるのは悪くない、寧ろ受け入れるからこそ未だに広い領地でぬくぬくと貴族としての生活を送られる。
そうして生まれたのが天使のような容姿のミカエルだ。
先王の血を引く娘、ミカエルの母は田舎で暮らした割に田舎暮らしが性に合わないと夫そっくりの翠の目を持つ息子を産むと、長男の入学より先に王都で自由を満喫していた。
そしてもう一人が愛妾を王の下へ送り込んだ、今は子爵となったドゴール家の次男、ライマンだ。
彼は先王が崩御してから、半年後に母の躯に魂を宿した。
今年で二十三歳になる男盛りの青年だ。
かつての寵愛は失ったが死の間際に会いたいという王の願いを叶え、そこで情熱を頂いた
という彼女の証言が嘘か本当か分からないが、今更子どもが生まれても無意味だとドゴール家は愛妾に対して冷たい態度を取った。
ドゴール家には既に長男に、血筋が確かな貴族の娘と婚姻させ孫までいる
娘であれば駒になったが生まれたのは母親そっくりの息子で、王の血を引いているか分からない息子など不要だと成人を待たずに分家させられた。
王家も彼を認知するわけにもいかず、結局彼は誰からも愛されることなく育てられた。
そうしてライマンは、天使のようなミカエルとは逆に魔性の魅惑を持った青年となった。
古代人が作ったとされる石像のように彫りの深い顔に蠱惑的な紫の瞳、うねるプラチナブロンド髪、貴婦人なら誰もが憧れるライマンは王家の恩情で騎士の仕事をしているが彼が夜いるのは宿舎ではなく娼館というのが専らの噂だ。
「最終試験ですわ、我が国の王太子は国外には勇ましいけれど、国内では内気でしょ、奥方の砦を攻略できるか心配しているようですわ」
「なるほど、でもああいう男はね奥方を手にしたら、これ以上は無粋ね、でも覚悟しておくべきよ。今のうちに小言を与えておくべきかしら」
ふふとベアトリスはカトリーヌの顔を見てウィンクした。
王太子はオリバーに内定した。
きっかけはベアトリスの従兄がブリタニー王国に訪問してきたからだ。
大公である彼はベアトリスの夫になることを皇族や貴族から強く望まれていたが、彼が選んだのは大陸の王侯貴族ではなく、小国の島国の女性だった。
向こうでは貴族だったようだが、つい最近まで交流がなかった国の娘がどんな生まれであろうと、異端としてみられる。
彼女と結婚できないなら皇族の地位も名前も捨てると云っていた大公であったが、大公妃から生まれた子どもは帝国の誰よりも黒い髪と何より眩い黄金の瞳をしていたので、異国の血を引いているとは云え彼を玉座に据えよう貴族達によって、未だに大公の地位にいる。
『帝国の麗しの姫は我が国がお気に入りだ、勿体ないことをしましたね』酔った勢いでブリタニーの貴族が大公を蔑んだ
属国にならなかったとは云え帝国との国力の差は大きい。大公が無礼者と声を張り上げ、その場で貴族の首を刎ねても罪に問われない。
だが大公は野蛮な人間でないので、『卿は酒に弱いのか』と受け流そうとすれば酔いに任せていいのだと貴族はさらに舌を滑らかに大公が愛して止まない大公妃を上玉、うまくやった花魁と口にした。
東国では娼婦のことを花魁だという、その言葉を聞いた他の貴族達はクスクスと笑う。
あわや開戦になるかと思われたとき、真っ先に前に出てきたのがオリバーだ。
「今日の夜会はどうやら得体も知れない者ばかりが参加しているようだ、全員この場で切り捨てても構わないが、私は弟と違い剣の腕はいまいち、ならば法で捌くしかない。大公殿下、どうか慈悲をこの者達にお与えください」
大公の前に跪いたオリバーに大公は手を添えていた刀を納めるとこくりと頷いた。
「兄の臣下である私もお願いしたい、この者達の首がご所望なら今すぐ切り捨てますが」
続いて跪いたルイスに大公は首を振った。
「首はいらないが、そうだな我妻の傷ついた心を癒やす首飾りがほしいな」
「寛大なお心ありがとうございます」
大公妃を嘲笑した貴族は一定期間の謹慎処分を受けても大公に首飾りを贈ると王家が話せば喜んで財産を手放した。
罰を与えた貴族の人数のダイアモンドで作った首飾りを贈ったが、自分には不要だと大公妃はダイアモンドを取り外すと、各地の孤児院に寄付した。
大公妃はパワーバランスを理解していた。付ければいつまでもブリタニーの失態が残る。
「内気な殿下が頭角を現すね、遅すぎる気もするけど良いわ。火種の原因担った私が云うと嫌みにしか聞こえないわね」
「そんなことは、」
「皇女殿下、話が逸れているように思いますが、」
「ごめんなさいね、しかし私たちも見くびられた者ね、天使も魔性もタイプじゃないわ」「そうですわね、私はどちらかと云えば強い男は好きですが、プラチナブロンドよりも伝統ある鳶色に、雨の日の窓辺から見る新緑の葉のような瞳が好きです」
「それは……ルイス殿下の瞳、」
「ええ求婚されましたの。国内をより豊かにし兄上を支えたい、そのためには君の力が必要だとね」
「随分、実直なプロポーズね」
「後から甘い言葉も頂きましたが、それは私の胸だけに秘めさせてくださいませ」
なので王太子妃候補を辞退すると話すメイベルを前にカトリーヌは寂しいような選ばれる女性の喜びを見て羨ましいとと感じた。
「私も私を前にビクビクする殿御には興味ないの」
「……では、王太子妃にはグロリア様が、」
「ビクビクする殿御は嫌いだけど、レースを投げ出すようなお馬鹿さんはもっと嫌いよ、オリバー殿下のこと好きなのでしょ」
「それはでも、」
「あの方がどう考えているか、私が云うべきことではないから口にしないわ、好きなら貪欲であるべきだと私は思うの、それが出来る人の特権よ」
カトリーヌはオリバーのことを好きでいた。臣下としての愛よりも深く、一人の男として彼を見ていたが、その感情と同じくらいベアトリスを敬愛していた。
だからこの気持ちは恋ではないと思いたかった。
「そうですわ、カトリーヌ様。それにしてもベアトリス様は競馬がお好きなんですね」
「本当は乗馬が好きなのだけどね、これ以上お転婆になっては困るからって取り上げられたの」
乗馬は貴族の嗜みだが、女性はせいぜいポニーに乗られれば上等と云われる中、ベアトリスは軍馬のような体格の馬も乗りこなしていたという。
「駆け足で走ると風が気持ちいいの、それに馬は人と違って嘘はつかないから」
珍しく眉を下に下げるベアトリスは乗馬を取り上げられた本当の理由を口にしない。
彼女の母も乗馬が好きで皇帝と一緒に遠乗りに出掛けていた。
だから彼女の尻は重いのだと散々に貶されていた。
そんな彼女は馬に乗っている最中、突然、腹から出血しそのまま帰らぬ人となった。
側室を持たず、一人娘を溺愛する皇帝へ痺れを切らせた貴族達が脅すつもりで向けた矢が運悪く皇后の命を奪ったのだ。
それ以来、皇帝はベアトリスを馬に乗せることはなかった。
「恐れながら皇女殿下は、帝国では女性もズボンを着用できるのですか」
「ええ、この国ではタブーなのかしら」
ベアトリスが首を傾げると、ハンナがはいと返事した。
「形骸化していますが、男装した者を見つけた場合、そのものを妻にし正しい道に戻すのを善行とするという古くから教えがあります」
「馬鹿げてるわ……横乗りしか出来ないではないの……」
「そもそもこの国では女性が乗馬をするのもあまり良しとしませんからね」
「何か良い案がないか、今度、セルマ様に聞いてみましょう」
「そうですね、乗馬姿のベアトリス様はきっと素敵だと思います」
「あら嬉しいわ。あっそうだわ、メイベル様、狩人の話をグロリア様にも伝えておいてね」
「……それはなぜか聞いてもよろしいでしょうか」
「貴女の情報には感謝しているし、私もあの方が好きか嫌いかと云えば嫌いよ。だけど、乙女心を弄ぶ殿御が私一番嫌いなの」
だからねと手を頬に添えるポーズはベアトリスが一番のお願い事をしたいときのポーズだ。
「伝えることはしますが、あの方が慎むかどうかはあの方自身だと思うので助けはしませんわ」
「そこまではしなくていいの、私が勝手にしたいだけよ」
もしあの時、グロリアを助けることもお願いしたら、こんなことにはならなかったのにねとベアトリスは後悔しているが、カトリーヌは自業自得だと思っている。
ライマンの手に落ちた、グロリアはその後、家を出て彼と結婚したが幸せだったのかどうかなどカトリーヌはどうでも良い。
ベアトリスがあんな目に遭ったのは、すべてはあの悪魔達のせい。
カトリーヌは思い出す度に彼らへの復讐心でいっぱいになる。
一人は自らの手で地獄に返したが、まだ天使と呼ばれている悪魔が残っている。
あれを地獄に送らない限り、シャーロットの幸せはない
クレアは血筋的には貴族なのですが、父親が騎士爵だったので騎士爵の娘とずっと口にしているグロリア。
幸せだったかはそのうち書きたい。
次はシャーロット視点に戻ります。