いきなりは強くなれません
直接的なベッドシーンはありませんが、夫婦とは何かに気づいてしまった話を書いてます。
「まさか瞬間湯沸かし器がクレア様のことをお慕いしてないなんて」
ドリアンとクレアが退出した後、シャーロット達もダニエルの応接間に移った。
「今までの態度は一体、どういうつもりだったのでしょう?」
ベルローズとマーガレットは、ドリアンがシャーロットを好きだということは理解できたが、なぜシャーロットを蔑み、クレアを慕うような態度をしていたは理解できなかった。
「男ってバカだから好きな女の子に構ってほしくて、つい意地悪しちゃうんだよね~まぁ、僕は好きな子はとことん甘やかしたタイプだけどね」
「私もだ、ベルローズ、あれの態度が幼稚なだけで私は君にあのような態度は取らない」
「マーガレット、君にはありのままの愛を伝えるつもりだ」
シオンの言葉にあーと何かを思ったダニエルとジョージだが、己の婚約者に誤解されないよう、いつもより早口で令嬢達に話しかける。
「あの……好きな方に意地悪するのは分かりましたが、あの態度は、」
未だに理解できないシャーロットが首を傾げていると、シオンがいつもの発作を起こした。
「シャーロット伯爵令嬢、君の婚約者は君が好きで意地悪していた、」
「妹御の態度だって、よくよく考えれば不自然な点がありましたしね」
ダニエルがハッキリとシャーロットに告げると、ベルローズも続けて話す。
揃いのブレスネットを見せつけてドリアンを好いたような態度をしているクレアだったが、シャーロットからドレスは奪うくせに「騎士爵の娘だから、婚約者がいない私なんて」と嘆くことなく、次男とはいえ伯爵家より上の侯爵家のパートナーを見つけている。
クレアはなかなか向上心があるようだ。
「ドリアン様は私が好き……うッ、ふぇ……」
初めて貴婦人のコルセットで胸元を出したときのダリアンの表情を思い出し、シャーロットは震えながら涙を流した。
父に言われるがままくるりと着物ドレスを着て舞っていたとき、ドリアンの視線は常に胸と腰にあった。
ドリアンが云ったように貴族の義務として血を残すことが重要である。
王家なら尚更だ、だから王太子妃教育の中に閨房の嗜みもある。
これはベッドを供にすれば良いという意味をそのままの意味で長年過ごしていたため、危うく、お世継ぎ問題、離婚危機にまで発展した王族がいたからである。
学んだからこそ男が女の躯をどのように扱うか理解しているシャーロットは、怖くなった。
結婚すれば、どうしても、跡取りは必要になる、シャーロットがドリアンを愛する意思がなくとも、ドリアンの意思さえあればシャーロットの躯は自分の身体ではなくなる。
自分の身体がドリアンに触れられ、蹂躙されると考えれたくないのに頭で本で見た婦人と殿方の顔と躯が自分とドリアンに変わる。
「シャーロット令嬢、落ち着いて、深呼吸、」
ふとシオンがシャーロットの前に立っていた。
泣いている理由を察したシオンはシャーロットに触れることはない。
「怖いです……私は、」
「何も話さなくて良い、ベルローズ令嬢、マーガレット令嬢、背中を摩ってあげて、それから、ヴァイオレット、シャーロットの侍女を呼んできて」
「シャーロット様、私たちが付いております」
「あ、ありがとう、ございます」
「背中以外に触れてほしい場所、逆に触れてほしくない場所はありますか」
ベルローズとマーガレットが交互に話しかけられ、シャーロットは次第に落ち着いてきた。
「シオン様……」
「どうしたの? シャーロット、男が怖いなら、僕らは下がるよ」
「あの、こんな腫れている目で貴方を見るのは、けど、」
「ゆっくりで良い、してほしいことを話して」
「シオン様の目は私のお母様と同じ色、だから見ていてもよろしいですか」
「うん、いいよ」
シオンの黒い瞳がシャーロットを映しているのが分かると、シャーロットはああ、と、また涙を流してしまった。
ドリアンへの恐怖心からではない、母に会えたような錯覚になり満たされた気持ちに包まれて、シャーロットは泣いてしまったのだ。
「お嬢様……お部屋に戻りますか、」
ヴァイオレットが呼んできたリリーに呼びかけられた、シャーロットはようやく涙を流すのを止めた。
「リリー、私、みっともない姿を」
淑女はどんなときでも涙を見せない。
王太子妃の女官なら尚更だ。シャーロットが狼狽えているとシオンが口元に指を置いて、首を傾けた。
「ねぇ、ダニエル、僕ら何か見たかな?」
「……瞬間湯沸かし器の騒動の疲れから、少し疲れていて、ベルローズに愛を囁いてからの記憶がない」
ジョージも首を振って、シャーロットが泣いたことを知らないことにするつもりだ。
「ありがとうございます、リリー、そうね一度部屋に戻ります、」
「それが良いわ、あっ……そういえば、クレア様は」
ベルローズがそういえばクレアをどうしたのかとヴァイオレットに訊ねれば、ヴァイオレットは淡々と返した。
「お帰り頂きました、お義父様とお話ししたいと云っていたので。念のため、ジャンゴが送り届けています」
「シャーロット様、貴女もお話したい気持ちがあるでしょうが、今日はしっかり休むこと、良いですわね」
「はい、」
「シャーロット令嬢、またね、」
ひらひらと手を振るシオンにお辞儀をすると、シャーロットは応接間から王宮に用意された自分の部屋へ戻った。
「お嬢様、ドレスだけは着替えましょうか」
「ねぇ、リリー、シオン様の瞳ってお母様そっくりね」
「……そうでございますね、」
舞踏会用のドレスから柔らかな肌触りが気持ちいいモスリンのドレスに着替えたシャーロットはぼそりと呟いた。
「お嬢様、少しお休みください、」
「分かったわ、リリー、リリーが私のそばにずっといてくれて私とっても嬉しい、ありがとう」
「それはリリーも同じです、さぁ、お嬢様」
シャーロットがカウチで横になると、リリーは瞼の腫れが引くよう冷たい手ぬぐいをシャーロットの目元に置いた。
一眠りし、シャーロットが目を覚ますと甘いクッキーが並べられていた。
「ハンナ侯爵夫人からです、起きたらまずは甘い物を食べなさいと言付けがありました」
一連の騒動を知ったハンナはシャーロットのためにクッキーを焼いてくれていた。
「……ねぇ、リリー、私がもしロイフィリプ家の娘でなくても一緒にいてくれる?」
「シャーロット様はどんな身分になろうと、リリーの大好きなシャーロット様です」
温かい紅茶を入れたリリーはシャーロットを座らせると、お茶の時間にした。
きょとんとしていたけど知識はあるシャーロット、あるだけにドリアンと夫婦になったときに怖いと感じてしまうのです。
泣いているからか少しだけ幼いシャーロット
次回、お父様と対峙して一章は終わり。
二章からは新キャラが増えるので、その前に登場人物メモを載せる予定です。