シャーロットの秘密※シオン視点
「僕のシャーロットが可愛すぎる」
晩餐会が終わり、シャーロット達がサロンルームで愛称を考えている間、シオンたちはシガールームにいた。
「私は殿下がボロを出さないかヒヤヒヤでしたよ」
「私ね、昔は俺とか云っていたくせに、大人ぶっちゃって」
「サバ読んで学園に潜り込もうとする年上に比べれば十分大人ですよ、貴男、私、エリザベス従姉様より年上ですよね、」
「それ、シャルロットの前では絶対に云わないでね、おじさんだと思われちゃう」
「獅子が猫を被ってる」
「上手いこと言うなジョージ、」
「ジャンゴ、加勢しろ、」
「獅子はネコ科……なるほど」
ジョージのギャグを呑み込むまで時間のかかったジャンゴは己の主人を救うことはなかった。
「それでいつシャーロット令嬢に、打ち明けるつもりで」
「ん~今すぐにでも国で挙式挙げたいけど、爺さんが煩くて膿を出して来いって云われてるから出し終わった後でかな、」
「先代皇帝をそのような言葉で」
「僕がシャーロットと結婚すれば義理の祖父になるから問題ない、それに僕を育てたのはほとんど彼だからね」
「そうですが……」
お忍びで身分を隠しているとは云え、皇太子であるシオンに強気の発言は出来ずダニエルはため息をついた。
レオンハルト・シオン・ヴォルフダーク、ノースデンモーク帝国の皇太子である彼はずっとシャーロットに恋い焦がれていた。
シャーロットの母であるベアトリスは先代皇帝の一人娘であったが、黒髪ではなく母譲りのストロベリーブロンドであった。
先代皇帝は彼女を跡継ぎにしようと考えていたが、貴族は勿論身内の皇族からも反対があった。
そんな彼女は何故か一介の貴族でしかないミカエルに嫁いだ。
駆け落ちなのかそれともミカエルの魅力にそそのかされたのか一人娘の結婚に気落ちした先代皇帝は甥であるシオンの父に皇位を譲ると妻の遺骨を安置している修道院近くの離宮に閉じこもった。
黒い髪の父が皇帝になっても帝国の宮廷はごたついていた。
黒髪に皇族が最も尊ぶ黄金色の瞳をしていてもシオンの母は異国のしかも遠い島国出身だったため、シオンも母も散々虐められた。
髪が黒くないことを理由に過去に女帝もいたのにベアトリスを追い出した人々によって、母はシオンが物心着く頃には気鬱になっていた。
シオンという名前は母の紋章、島国では家紋という様だがそこから父が取ってくれた名前だ。
帝国でも廃れた文化だが、遠い昔は名前の後に母の生家の土地などを入れる風習があった。
百年以上前の風習を使ってまで、息子の名前に妻の故郷を残したかったのだ。
それほどまでに父は母を愛していた。
「父上は母上だけを守ってください。僕は自分で自分を守ります」
七歳になったシオンはそう云うと単身、先代皇帝のいる離宮に向かった。
引退したとは云えかつては覇王と称されたフェリックスのもとで励めば、貴族達は認めてくれるとシオンはフェリックスに頼み込んだ。
王冠を投げ捨てるように甥に皇位を譲ったフェリックスはシオンの頼みを承諾した。
賢いとは云えまだ七歳、わんぱく盛りの子どもを育てているうちに気迫を取り戻したフェリックスは、黒い瞳を輝かし、打てば響くシオンを厳しくも温かな愛情を持って育てた。
時には二人で離宮を抜け出すこともあった。
金色の目は皇太子とバレるので、眼鏡代わりに小さなレンズを目にはめ込む東国の技術を応用し色つきの眼鏡を開発した。
カツラとレンズの色を変えれば偽装は簡単で、祖父と孫息子、お忍びの貴族令嬢とじいやなど立場を立場で国中を周り、民の生活を体感した。
帝国にも学園はあるが、皇族に入学する義務はない。
十二歳になる頃にはフェリックスと彼に従い離宮に移った重臣達と一緒に大陸にある全ての国を周り、時々は国に帰ると忙しい日々を送っていた。
「爺さん、今度はブリタニーに行くことになった」
気づけばシオンは二十歳になった。
離宮で先代皇帝に可愛がられていたわがまま皇太子という情報を流した御陰で臣下は皆、シオンを舐めていた。
ささっと血筋の良い姫と結婚し、子どもさえ作れば良いと各国の姫や令嬢を紹介されたがシオンはまだ初恋すら経験してない。
「儂の若い頃はもっと女子に興味を持った者だぞ」とフェリックスにも云われているが、側室を持たず、未だに亡き妻の顔を象ったカメオを大事にしているので本当かどうか分からない。
最後の青春を送るグランドツアーなどと大臣達は、シオンを諸外国へ訪問させたがるが、髪と瞳だけは威厳があるので権威の象徴。婚約者がいないので交渉の材料としか思ってない。
「ブリタニー……」
「爺さんの娘がいるんだっけ、名前は確かベアトリスで娘もいるんだよね」
「そうだ……シオンよ、娘の様子を手紙でいいから伝えてくれんか」
「……良いよ、爺さん」
フェリックスは大陸は回っても海の向こうのブリタニーには行くことはなかった。
シオンには詳しい事情までは知らないが、大国の姫が何のメリットもない伯爵家に嫁ぐなどありえないことで、よほどのことがあったはずだ。
フェリックスが頑固で臆病なのを知っているシオンは何も聞かずに、ブリタニーに向かった。
「お招きありがとう、ダニエル殿下」
「ようこそおいでに、レオンハルト殿下」
使者が控えさせている手前、お互い堅苦しい挨拶をしているがダニエルが帝国に留学したときには、離宮で手厚い歓迎をしたので心うちでは来やがったなぼんくら皇子くらい思っているはずだ。
最初は皇太子が相手なので揶揄ってもお戯れをなどと済ましていたが、やがてはシオンに仕返しするようになり、そのまた仕返しに濃厚なラブレターを送り隠れていると
「隠れてないで出てこい馬鹿野郎!」とついには敬称まで省かれるようになっていた。
「彼女たちって君の婚約者候補だろ、それなのに僕をたたえる詩を朗読するって可哀想なことするね」
着飾った令嬢達が名前を呼ばれると次々と登壇していく。
シオンはダニエルと一緒にボックス席から見ていた
「これも課題の一つなのでしょう、母の代はもっと直接的であったと聞いてます」
帝国語を流暢に話せるのは勿論、皇太子に鞍替えするような詩でアピールすることがないかをチェックするようだ。
「そうなんだ、まぁ僕はまだ当分、独身で良いかな」
フェリックスや父のように妻を愛せる覚悟がないと云うと、ダニエルが哀れの目で見てきた。
「何その目」
「シオン……君は赤毛が好きか、いや褐色の目もダメだ、」
急に小声になるダニエルに合わせてシオンもダニエルにしか聞こえない距離で話す。
「はは~ん、恋しちゃったね、候補ならささっと娶れば良いだろう」
「そうしたいがその令嬢に云われた。最高のお嫁さんになって貴方の隣にいたいと云われて……」
「お熱いことで、お嫁さんね。大臣達は黒髪がお好みらしいけどその条件に合うのエリザベス王女だけ、彼女なら年齢も合うから君たちも押したいところか」
エリザベスはダニエルの従姉なので同じように殆ど黒の鳶色をしている。
帝国は黒髪への執念が強い。
「……俺個人としてはエリザベス従姉さんには幸せになって貰いたい、」
「それって僕と親戚になるのはイヤって事だね、まぁいい、そろそろ始まるようだ」
「最後にシャーロット・ロイフィリップ伯爵令嬢、」
席を立ち、舞台の中央へと向かう彼女はどの令嬢よりも小さかった。
「ロイフィリップ伯爵と云えば……」
ベアトリスが嫁いだ家だ。つまり彼女はフェリックスの孫娘である。
娘は亡き妻にそっくりだったと散々話を聞かされていたシオンは、その娘も母似たのか確かに綺麗なストロベリーブロンドをしていると思ったが、他の令嬢よりも華奢なせいでボックス席からよく顔が見えない。
これまでの詩は、面白いと思ったのはダニエルを熱中させた令嬢の渡り鳥の詩、特別出演した令嬢の帝国歴史を壮大に描いた詩。
あとは皆黒は偉大と詩にしているだけだ、烏の詩を作った方がよほど上手に作れそうだ。
何人か、シオンに鞍替えする令嬢もいたがどんな詩を唄っていたか忘れてしまった。
だというのに、
「……どうして、胸が熱い」
シャーロットが詩を朗読する度に自分の中にある島国の血を認められるような気がした。
どの令嬢も母の故郷については触れることはなかった。皆、帝国だけを見ていたのに彼女は島国も見て素晴らしいと褒めてくれた。
「あ……」
詩の終わり、初代皇帝の黄金の瞳を彼女は星だと例えた。
それは手にすることが出来ないことの隠喩で、シオンは拒まれたと思い込んでしまった。
ダニエルの婚約者候補であるなら当たり前だが、シオンは苦しくて胸が張り裂けそうだった。
「殿下……」
「どうしよう、ダニー、僕……彼女のことが好きになったのか、これが恋?……けど、」
いつしか涙が頬を伝った。
「恋だと決めるのはシオン自身だ、こんなこと云っても意味はないが落ち着け。彼女は課題をこなしただけで、君たちは出逢ってない」
「会わせてくれるか」
「グズグズの顔では会わすことは出来ないがな
ダニエルはハンカチを差し出すと令嬢達を褒めるために、ボックス席から離れていった。
発表会の後は、皇太子との謁見が令嬢達のスケジュールに組み込まれていた。
勿論、告白まがいなことをしてきた令嬢を除いてだ。
だがなぜか、シャーロットの姿もなかった。
「何故……」
「申し訳ありません殿下……シャーロット嬢は急に持病の癪で来られなくなりまして……心配した私の母が、付き添っていた令嬢の母親と一緒に屋敷に帰すよう指示を出して申し訳ない」
元皇女の駆け落ち先を知っている使者達は本当に病気かとダニエルに詰め寄ったが、シオンはここぞとばかりに嫌みを込めた無能を発揮する。
「どこの令嬢? 僕は黒髪以外は見るなって云われていたから分からないや」
エリザベスを押しているなら彼女以外はどうでも良いはずだという意味だが、シオンの愚かさに毒気が抜かれたのか使者達はやれやれと肩をすくめた。
もしや、ベアトリスがシャーロットを隠したのではとシオンはふと思った。
フェリックスには何も聞かなかったが、ブリタニーに行く以上はそれなりに情報を集めなければならない。
フェリックスもそれは知っているはずで、だからこそ自分の口からは何も云わなかったのだろう。
王妃とベアトリスは無二の親友だと聞いている。
恐らく帝国の皇太子とシャーロットが出会えば何かまずい事情があったので、不敬を覚悟で自分が悪者になっても彼女たちを庇ったのではないか。
彼女に会えないのは辛いがシオンはぐっと堪えて、ダニエルが用意した茶会に参加した。
「初めましてレオノーラと申します、皇太子殿下から見舞いの品をお持ちいたしました」
数日後、シオンは姿を変えてベアトリスと会うことが許された。
シオンは元々地声が高く、フェリックスと旅をしていたときには女装もしていたので心得はある。
王族に一番遠いプラチナブロンドの髪に、貴族階級出身の侍女に相応しい適切な裾の膨らみがあり、お仕着に相応しいネイビーの首元まで隠す侍女の姿のシオンを見ても、誰もシオンどころか男とも気づかない。
今日は拵えはダニエルに事情を説明すると、なぜかエリザベスを紹介され過去の恨みを払拭するかのように「とびっきりの美女にしてくれとは云わないが、気づかれない程度には完璧な淑女にしてくれ」とエリザベスに頼み、コルセットで締めつけられるシオンをみて笑っていた。
どうやらエリザベスはお人形遊び好き、それも男女を入れ替えて遊ぶのが好きらしい。
こんな嫁を貰っては大変だとシオンは、未来の花婿に幸あれと心から思った。
仕上げに悲鳴を上げるほど酸っぱいレモンティーを飲めば、声はか細くより女性らしくなった。
「確かに、隣にいるのは先日偶然、目眩に襲われた娘のシャーロット」
侍女と貴族は主従でない限り言葉を交わさないのが礼儀ではあるが、皇太子の使者で帝国貴族という肩書きを持つレオノーラには、前に出てお辞儀をした。
「可愛らしいお嬢様ですね」
「そうですか、シャーロット、皇太子殿下にお伝えしたいことをこちらの方に、」
ベアトリスは淑女らしく感情を表に出さない。
瞳の色は父親譲りの黒曜石のような色をしているが、髪は母親譲りのストロベリーブロンドで、薔薇を溶かしたような綺麗な肌としなやかなくびれで隣にシャーロットがいなければ、子どもを産んだ母には見えないくらい若々しい。
「どうか殿下にお健やかにお過ごしくださいとお伝えください」
同時に自分の不敬を許してほしいと祈るポーズをするシャーロットにシオンは思わず叫びたくなった。
可愛い、可愛すぎる、妖精がいると心臓は煩いくらいに鼓動する。
エメラルドグリーンの瞳の瞳は零れそうなほど大きく、ベアトリスの肌が薔薇色なら彼女の肌は真珠のように白い。
クリーム色のドレスを纏うとまるで砂糖細工のように見える。
ドレスはきめ細かいレースの仕上がりからテイラー商会で仕立てられたのが分かる。
「シャーロット、お母様はもう少しお話があるから、少しだけ外で待っていて、リリー、」
「お嬢様、庭園でテイラー伯爵令嬢がお待ちです、こちらに」
もっとシャーロットを見つめていたいのに、侍女に連れられて彼女は去ってしまった。
「帝国の若き獅子にご挨拶申し上げます。先ほどのご無礼はどうぞお許しください」
「こちらが無理を言ったことです、どうか頭を上げてください。ベアトリス……」
「ベアトリスで結構です、私は国を捨てました。敬語もおやめになりますようお願い申し上げます」
「出来ません、ベアトリクス夫人と呼ぶことにお許しを。婦人には礼儀を尽くさねば男の恥です。こんな格好ですがね、今の私はただの侍女です」
「……分かりました、ではこちらも失礼して、貴方が娘を見ていたのは先代皇帝の差し金でしょうか」
「それは、正直に申してよろしいでしょうか」
「どうぞ」
「私が勝手にシャーロット、姫と呼ぶのをお許しを、シャーロット姫に一目惚れし、あの姿を目に焼き付けたかっただけです」
バカ正直な答えにベアトリスは目を大きく瞬かせた。
「失礼、この感情を抑えることなど出来ず、ダニエル殿下に相談しても医者にも治せぬ病が恋だと云われ、こんな気持ちを抱くのはシャーロット姫が初めてで、姿が可愛らしいのは勿論ですが私が胸を打たれたのは、あの詩、聡明なあの詩で今までにない鼓動を感じ、今日初めてお顔を拝見しましたが、高鳴りは止むことはなく寧ろ心臓が破裂しそうです……改めてこれが恋だと分かったところであります」
「そうですか……シオン殿下、私のことは父になんと報告しても構いません。その代わり、私のお願いを聞いてくださいますか」
「貴方が恙ない日々を送っているとお伝えするつもりではありますが、何かあるのですか」
「そう見えるのならまだ安心、実は私は胸の病を患っております」
「それは……」
「感染するものではありません、私の身体を蝕むだけ、医者に診せたところ手の施しようがないと云われました」
「シャーロット伯爵令嬢には」
「何も……シオン殿下、殿下の気持ちに縋る形で申し訳ありません。けれど娘を残す母の思いを、シャーロットを幸せにしてやってください、このままではあの子は……」
「ベアトリス様」
胸の病を打ち明けるとベアトリスは泣き崩れながらも、シャーロットが心配だと口にする。
「あの子の父親は天使ようだと云われていますが、中身は悪魔そのものです。カトリーヌを王妃を今でも恨み続けています、」
「ロイフィリップ伯爵が、一体何が」
「殿下にだけ打ち明けます、だからお願いです。娘を救ってください」
「ベアトリス様、いや未来の義母上、恋を知ったばかりの若輩ではありますが必ずシャーロット姫は御身にかえてもお守りいたします」
ドレス姿では格好が付かないが、気にする余裕などない。
シオンはベアトリスから過去の話を聞き出すと、急いでフェリックスに手紙をそしてダニエルに相談をした。
「では、半年後にシャーロット令嬢は婚約者候補から外れる。そしてその二週間後にシオン殿下、貴方の妻になれるよう取り計らいます」
「ありがとう、」
深々と頭を下げたシオンにダニエルは狼狽える。帝国の皇太子が王太子に頭を下げることはまずないことで、しかも相手は傍若無人のシオンである。
「頭を上げてください、同じ恋する者同士当然のことをしたまで、それに過去は清算されるべきですが、まずはシャーロット様の幸せが先です」
「そうだね」
ダニエルと握手を交わし、シオンは帰国した。
シャーロットを妻に迎えるのであれば無能ではいられない。
研いできた牙を存分に振るい、宮廷内を改革していた頃、ベアトリスが亡くなったという報せが届いた。
こちらに向かわせよとダニエルに打診したが、悪魔は帝国とブリタニー王国の距離を狙って、シャーロットをかすめ取った。