紳士達の密談※シオン&ムーア伯爵視点
ムーア伯爵登場しました。
ニースバルトと帝国のどろどろ
ジャンゴが薔薇園へ潜入している頃、シオンはムーア伯爵と酒を呑んでいた。
「随分と忙しく回っているようですがその割に成果は薄いようですね」
「嫌み? 大丈夫、そろそろ瞬間湯沸かし器には退場して貰って次は義妹と義母かな、意外と悪魔もたいしたことなかったし」
ウィスキーグラスを指で遊びながらシオンはにこやかに笑う。
シャーロットを国に連れて行くのは簡単だが、彼らの存在を消さねば心優しいシャーロットはずっと彼らを心配するだろう。
心の一欠片だってやらないとシオンは、オレンジを手に取ると丁寧に実だけ食べる。
「皮も汁も余すことなく使わないとね」
皮は叩いて煮込んでジャムに、汁も使うとシオンは笑うがそれは隠喩で最後の一滴まで彼らから搾取するつもりである。
「そのためにジャンゴ殿を送ったのですが」
「お父様でも良かったんだよ、招待状貰っただろう、美少年と武骨な男、それに異国情緒ある男と揃ったのだから誰でも良かったんだよ」。
「……招待状は貰いましたが私はフランチェスカしか愛せません」
ムーアと付くように伯爵の肌は浅黒く、彫りの深い顔立ちは貴婦人も男も蕩かせるが彼が愛おしくて堪らないのは、エドワードの母でかつての婚約者のフランチェスカだけだ
「二十年拗らせた恋か、ご子息も結婚が決まったのだしそろそろ大公妃の地位から解放してあげたら」
「今更彼女に愛を囁いたところで何になりますか……彼女はニースバルトと結婚した、そして私もニースバルトと結婚し、発展に尽くしていく」
「頑固だな、どうせ大公とバカ公子は近いうちに……ね」
シオンは首を切る動作をするが、だらかと言って今更彼女の元へ駆け出すほど若くはない。「息子を支えたいのが親心でしょ、彼女は第一公子にも同様の愛情を注いでいました」
「血は繋がっていないのに? 親の再婚相手が善人でも子は歪むのか、いや父親が屑の時点で無理なのかな」
「ジャンゴ殿もヴァイオレット様は立派な大人になりましたよ」
「まぁ爺さんが手塩に掛けて育てたからな、僕への扱いと全然違うのだもの」
それで癇癪を起こすようなシオンではなかったが、察したジャンゴは立派な皇帝に育てるためですよと気に掛けてくれた。
「ところで、はってことは僕は立派な大人ではないということ」
「どうでしょうかね、」
見た目だけならシオンが酒を呑んでいるとつい止めたくなるが、飄々とした態度でも威圧を感じる喋る方につい頭を垂れたくなる。
そのアンバランスさに惑わされる家臣は多いのだろう。
「まぁエリザベスも最初は模範となる大公妃がいた方が動きやすいだろうし」
「あの方ならエドワード公太子を支えられますよ」
「でしょ、僕ねこういう役が得意なんだよ」
ジャンゴとヴァイオレットの父親が横やりを入れる前に、先にヴァイオレットと婚約者を結ばせたのはシオンだ。
高等学習院の生徒とは云え、貴族の末端に過ぎない婚約者と高貴な血が流れるヴァイオレットの結婚に反対したが、シオンは彼らの父親が子ども達に浴びせてきた「不義の子」を口にし、これ以上口を挟むことを禁じた。
「ご自身の恋ももう少し発展させて頂けると私としては嬉しいのですがね」
「大胆に迫ったらシャーロットが溶けてしまいそうだし、それに脈はありそうだよ」
「そうですか、それは安心しました。何せ我が甥が人質に取られている状態なので」
「レオナルドのこと? でも一年間僕の身代わりになれば一生遊んで暮らせるのだよ、お得じゃない?」
「あんなドロドロした宮中にレオナルドが一年もいると思うと」
「心配性の伯父さんだな、いいな、僕には遠い親戚のおじさんはいるけれど皆、皇帝の地位から引きずり下ろそうと躍起になっているからな」
その親戚の一人がジャンゴとヴァイオレットの父親だ。
皇族ではあるが分家からさらに枝分かれしたような彼は黒髪の子どもを得て、玉座に近づこうとしたが失敗した。
そもそも赤褐色と銀髪から黒髪が生まれる方が可笑しい。
シオンの父親が皇帝になると治めていた大公領を誰が手にするかで騒がしくなった。
誰もが家系図を持ち出して自分こそがと名乗り出たが、ジャンゴ達の父親は真っ黒な髪の少年を連れてきて、高貴な血を証明した。
子どもは皇后が連れてきた女中が帝国の騎士と恋仲になり授かった子どもだ。
彼は二人を脅し、子どもを奪うと黒髪だが遊びすぎたために子が授かれない一族のはみ出しものと結婚しようと、ジャンゴ達の母親に無実の罪をなすりつけ消した。
残された子ども達は駒として使うため、生かされるだけで、使用人以下の生活を強いられ続けた。
それを救ったのがフェリックスと各地を放浪していたシオンだった。
彼らは感謝してシオンに一生仕えると云うが、彼らが幸せを手にしたならシオンの元から去っても良いと思っている。
「うちも似たようなものですよ、」
ムーアの家の子どもはペルムーン王国の血が流れていると、貴族達からは距離を置かれていた。
それでも彼らが独自に改良した硝子細工の技術や王国とのツテは貴重で王家もペルムーンに亡命されるよりかと爵位を与え、娘達を有力貴族へと嫁がせた、娶らせた。
伯爵はペルムーンの血が濃く受け継がれているが彼女の妹は云われなければ生粋のニースバルト貴族だと誰もが信じる風貌をしていた。
現在の大公が最初に娶った妃は平民出身だ。
お忍びで通い詰めたせいで腹が膨らんだと彼女が訴えたのは王家ではなく、隣国のバルカン聖国の教会だった。
バルカン聖国は各国の協会の総本山であり、聖書には婚前交渉を禁じるという一説がある。神の許しを得るために王家は、女性を妃として迎入れ、多額のお布施をバルカン聖国に支払った。
今となっては誰が黒幕かは分からないが、妃となった女性は出産と当時に亡くなり、公子だけが残された。
娶った以上は彼を後継者にしなければならないが、本当に大公の子どもかも妖しい子どもを育てるのはと、貴族達は新しい妃を探していた。
生け贄となったのが伯爵の婚約者だったフランチェスカだ。
二人は必死に抵抗したが最後には国のためだとフランチェスカは国に嫁いだ。
そうして第一公子を甘やかす王と、自分の産んだ第二公子と第一公子を愛する妃が誕生したが、結果は第一公子は廃嫡、大公も責任とをって近いうちに引退することとなった。
「けどレオも可哀想だよね、僕と同じ名前を付けたら似てしまうなんて、」
「貴方がそれを言いますか……」
伯爵がフランチェスカを取り戻せないように、大公の弟と伯爵の妹を縁組みさせ生まれたのが、レオナルド・シオン・サザランドだ。
シオンのような漆黒の黒髪ではないが、帝国とペルムーンの血を引き継いだと分かる黒い髪と顔立ちは成長するにつれてシオンの顔と似てきた。
これが波乱の時代なら影武者として引き取られたが、今は表向き平和な時代だ。
すくすくと成長した彼は頭脳明晰に加え、第一公子にはないカリスマ性を持っていたので、一部の貴族達から祭りあげられた。
息子を溺愛する大公は嫉妬から彼を早々と王族として認めるが臣籍降下させ、独身を貫いている伯爵の養子にしようと考えていたが、その前に溺愛するバカ息子がやらかした。
レオナルドと第一公子の婚約者は学園で知り合うと自然と惹かれ合ったが、禁断の恋だ。秘めるつもりでいたが、第一公子が自滅したので二人は結ばれる運命を手に入れた。
だが、ドロドロとしたニースバルトにはいたくないとレオナルドはシオンに相談した。
「僕の身代わり一年続けられたら年金と逃亡先を紹介するよ」
気づかれれば帝国に消されるか、シオンでないと分かっていても御しやすいと一生飼い殺しにされるかの二択しかなかったが、レオナルドは承諾した。
「まぁ爺さんも皇帝もサポートしてくれるし、ゴタゴタしたのは僕が粗方片付けたからね、皇帝は血なまぐさいことが苦手だからね」
「父上とは呼ばないのですね」
「呼ぶよ? ただ、あの人には皇帝でいて貰わないと皇后が困るだろ」
親子の情はあるがどうしてもフェリックスと一緒にいる時間が長かったせいで、二人とは距離がある。
「……どうか、かの令嬢には優しくしてくださいね」
「勿論、もうこれ以上の幸せがないってくらいに甘やかして大事にしてあげる、初夜だけは別だけどね、泣かせちゃうかも」
きゃっと頬を染める仕草をするが全く可愛らしくない。
「それほどまでに思うのならなぜすぐに娶らなかったのですか」
たかが貴族の婚姻くらい帝国の力を使えば、どうにでもなる。
「ちょっと厄介な案件を抱えていてね、ペルムーンが侵略しに来たの知っているでしょ」
「すぐに鎮圧された」
「そう、そのせいで遅れてね、でも話が分かる太守で助かったよ、アメジストの天使を用意すれば大人しくしてるって」
「そうでしたか」
「あっ帰ったら、太守に伝えてよ。壊れた天使でも引き取ってくれるか」
ニースバルトは、聖国、帝国、ペルムーンに囲まれている。
そのせいでこういった交渉に使われることが多い。
ペルムーンの血を引いているなら尚更のことだ。
「報酬は」
「ピンク真珠、いや真珠全般の関税を撤廃しよう」
真珠産業はニースバルトの要だ、その関税がなくなれば国はさらに潤う。
真珠の養殖に力を入れているムーアにとっては願ってもないことだ。
「後が怖そうだ」
「その代わり、ピンク真珠のティアラがほしいな」
そのティアラが誰の頭に飾られるか聞くまでもないと、伯爵は黙ってお辞儀をした。
これにて二章は終了。
次は登場人物を纏めた後に三章に移る予定です。
三章はざまぁ展開をいっぱいにしたいです。