筋肉は素敵なオプション
ジャンゴとカメリア嬢の話。
収穫祭りの話はこれで終わりますが次回もジャンゴが主役です。
「兄さん……なんですか、その量、衣装もああ……」
ジョージと一緒に戻ってきたジャンゴの姿を見て、ヴァイオレットが項垂れた。
両手に抱えた皿にはキッシュやミートパイ、スコーンにソルベをこれでもかと皿に盛られているが、体格の良いジョージも同じくらい抱えているのでそれは問題はない。
それよりもジャンゴの格好は、古代人の剣闘士を思わせる服装だ。
流石に鎧は纏っていないがネクタイを締めた制服姿のジョージと並ぶと陽気な雰囲気が目立つ。
「そんなに似合わないか」
「そういう問題ではありません! それに兄さんは食べても背に行かずに筋肉が付くだけなのですから控えてと云っていますよね」
「ひっ! いえ、なんでも……そのヴァギッティスを前にしてつい興奮してしまって、それに筋肉は素敵なオプションだと思います」
ヴァギッティスは古代人が崇めた神の一人で、軍神だ。
カメリアの言葉に一同がぎょっとするが、ジャンゴだけはおずおずとしゃべり出した。
「ご令嬢、今なんと驚かせたのなら申し訳ない」
「自己紹介がまだでしたわね、ライター男爵家の娘のカメリアです、麗しの騎士様の名前は」
「ジャンゴ、ジャンゴー・リーです。ヴァイオレットの兄です」
「リー様、あのそそる二の腕、ではなくて普段から鍛えているのが分かる肉体美、ではなくて」
「どうかジャンゴとお呼びください、」
「では私もカメリアと」
たどたどしくも微笑ましいやりとりを見て、シャーロットやベルローズたちがお茶を楽しむ中、ヴァイオレットだけが苦言を呈した。
「カメリア様、貴女はその耽美な小説を描く方のようですが、兄をもしや」
「いつの間にこの国の耽美作家の名前調べたの?」
ヴァイオレットに趣味はないはずだとシオンが首を傾げたがヴァイオレットはそれどころでない。
「茶化さないでください、シオン様。国でも創作目当てに兄につきまとった令嬢がいたので、」
「ヴァイオレットいくら何でも失礼だぞ、」
「兄さん……」
「あの確かに私は耽美小説を書きますが創作対象は美少年、美青年、ジャンゴ様のような筋肉だる……ま、いえ鍛え上げられた躯の方は私のタイプなだけです」
更に言えば、創作意欲が湧くのは、童顔を隠している苦労性男子、それだけでスコーン三個はいけるとカメリアが力説すれば、ダニエルは啜っていた紅茶を吹き出しそうになった。
「カメリア令嬢……ところでこのイラストは、あの乙女の誓約の挿絵はもしや」
「ええ挿絵はとある夫人に頼まれてあたしが描きました」
「神よこの方に出会えたことに感謝します!」
シオンが大事に抱えているシャーロットを描いたイラストを見た途端にジャンゴはとある小説の名前を口にした。
「乙女の誓約は確か、」
「私たちの時代の貴婦人なら誰もが読んでいる小説だね、親友の証に髪を一房交換する。いやはや大変だったよ」
貴族令嬢とメイド、身分は違えど親友として過ごした二人はやがて貴族令嬢の結婚で青春時代を終える。
悪徳商法に手を染める夫に暴力や尊厳を奪われ打ちのめされた令嬢を救ったのは、騎士と結婚したメイドで二人はその後、騎士と共に遠い国へと旅立つ。
小説の一節にある髪を交換する儀式にときめいた令嬢がエリザベスの元を訪れるので、そのうち髪がなくなるのではと心配したと笑って話している。
「国でたまたま手に入ってあの繊細な絵を描く画家に会いたいとずっと思っておりましたが、貴女が」
「ええ、ですが何年も前に描いた絵で拙い箇所もあったかと」
「そんなことはないです物語を彩る乙女の表情は心打たれました、」
「作家の腕が良かったのですわ、おねぇ、先生はとても観察力が優れていましたから」
「ああ確かに社交界での流れやメイドの動きも緻密で」
共通の話題を前にジャンゴとカメリアは盛り上がる。
「もしかして僕の前でロマンスが始まった」
「兄さん、今日は我々は招待客です、あまり盛り上がるのはどうでしょう後日、お茶に誘っては?」
「そんなつもりじゃ、ただ先生にお話が出来て」
「誘ってくれませんの?」
「誘います、しかし、カメリア令嬢。貴女には婚約者がいるのでは」
「いません、結婚も縁があればと思ってましたし」
「兄さんの趣味を理解してくれる女性はなかなかいませんよ、熊みたいな体格のくせに貴婦人が読む小説が好き、動物が好きなんて」
この機会を逃すなとヴァイオレットは兄の背中を押す。
「あら動物もお好きですの、あたしも好きです。特に好きなのはフクロアナグマ」
「凶暴動物だよね」
「小さくて可愛いですよね、東洋の珍しい図鑑も持っていますのでよろしければ」
シオンの突っ込みを無視し、ジャンゴは胸をときめかしているがふと大事なことだと咳払いした。
「自分は殿下と同じで二十四歳、うら若き淑女の貴女とは大分年の差が」
「殿下?」
思わず疑問が口に出たシャーロットに慌ててヴァイオレットが訂正する。
「兄と私は最近まで帝国にいたので、シオン皇太子殿下と同じ年と云いたかったのでしょう」
「殿下とご面識があるのですね」
「まぁ……私はエリザベス王女殿下と同じ歳です」
侍女や騎士が主人より年上なのはよくあることなので、シャーロットが頷くシオンが話題を変える。
「シャーロット令嬢はどんなタイプの男性が好きなの」
「タイプですか……私もしばらく結婚は良いと考えていましたので、ですが結婚するなら優しい方が良いですね」
「それ当たり前のことですわね、まぁシャーリーの今までのことを思えばそういうと思っていましたが」
「おや、シャーリー、プラチナブロンドの紺色が似合うではないのかな」
「ベティー様、レオノーラ様は憧れなだけで……」
それに金髪は父を思い出す、どうせならもっと深い色をと考えていると目の前にいるはずのシオンの顔が心の中に入っていく。
「お慕いしたいと思う方ならどんな髪の色で私は、ベティー様はこれ以上は恥ずかしいです」
頬を染め珍しく口を尖らせたシャーロットにシオンは胸をときめかしたが、どうにか正気を保つ。
「へぇ、それがさっき云っていた女官のこと」
「はい、」
女装した自分を憧れるのは複雑な思いだがシャーロットの心に残れたとシオンはにこやかに笑った。
「黒髪でも候補に上がれるかな」
「えっと、」
どう答えるのが正解なのだろう、相手は大事な客人だがそれ以上にシオンに親しみを覚えていたシャーロットが頬を染めていると、シャーロットの可愛さに耐えられなくなったシオンが胸を押さえている。
「お気になさらず」
ヴァイオレットが深呼吸とシオンに囁くと暫くし、シオンは落ち着きを取り戻した。
「その私も一度、お茶会に誘いたいと思ったのですが」
お茶会に参加したことはあっても茶会を開いたことのないシャーロットは密かに憧れていた。
ブリタニーの貴族の令嬢は十六歳を過ぎると結婚後の茶会やサロン運営のために、友人や親戚を招いて小さな茶会を開くが、グロリアがいる家では親戚はおろか友人を誘うことなど出来ずにいた。
「私たちを呼んでくださるの」
ベルローズは微笑み、マーガレットは嬉しさで綻ぶ顔を隠すように扇子を顔にかざす。
「勿論です、あとヴァイオレット様やカメリア様も、セルシール様もお呼びできれば良いのですが」
「セルシールは二週間後には戻ってきます、きっと喜びますわ」
セルシールは姉やカメリアと違い創作活動はしてないが、密かにシャーロットを愛でる会に参加している。
エリザベスやマーガレットのように表立って行動しないのは、シャーロットの負担を減らすためだ。
ベルローズやマーガレットがシャーロットを守っていたがそれでも限界はある。
そういったときにさりげなくクレアから遠ざけていたのが会のメンバー達だ。
「シャーロット令嬢、茶会に男が参加するのは無作法かもしれないが私も招かれたいな」
「自分もマーガレットの同伴で」
「ええ是非に、それとシオン様」
「何? シャーロット」
「胸の病に効く香茶という東洋の茶があるので用意したいのですが、薬との飲み合わせもありますし」
「問題ないよ、この発作は一時的なものだから」
「そうなのですね」
「うん、あ、でもレモンティーは遠慮しておくちょっとした苦い記憶があるからね」
「覚えておきます」
一杯目は香茶、二杯目からはシオンの好み合わせられるよう砂糖とミルクを用意しようとシャーロットは茶会を開くのが楽しみだと微笑んだ。
百合が好きな義姉と薔薇族の双子と推し令嬢がいる婚約者がいるアーサー君
クレアの騒ぎはセルシールが私の代わりにと云ってあの場に登城してます。