護衛騎士との面会②
「シャーロット女史、ここからは護衛として貴女にはしっかり認識していただきたいことが、あります」
「はい、」
なんだろうとキリッとシャーロットが姿勢を正すとグレイグは思わず強い言葉を呑み込みそうになる。
ベアトリスのキリッとした態度に重なるというよりもシャーロットが賢明に聞こうとする態度は、シャーロットには失礼だが愛娘を感じさせる。
いけないと軽く頭を振り、グレイグは言葉を発した。
「貴女は今、狼の群にいる羊だと思って行動してください。特に学園では気をつけて」
学園にはグレイグは同行できない。
学園にいる生徒は皆平等という精神があるため王族といえども、護衛騎士は連れて行けない。
その代わりに学園専属の騎士が複数配属されている。
今年は王太子妃となるベルローズがいるので普段の倍の人数がいるが、あくまで警備を主としているので護衛の仕事は手薄となる。
それにあまりシオンの身分を明かしたくないため、シャーロットを守れと強く云えない。
ジョージもいるが彼は学生であり、女子生徒のいる教室までは同行できない。
軍務大臣の娘とは云え、女性であるマーガレットに護衛を任せるのは騎士の面子に関わる。
「私が羊、そうですね、ドリアン様と婚約破棄に向けて動いている以上は話しかけてくる男子生徒もいますよね」
「分かって頂けたなら結構」
おっとりしているのでもしやと思ったが理解はしているようだ。
「ですが私と結婚してもなんのメリットもないと思うのですが、実家を出るつもりですし、財産権も放棄する気でいます」
王太子妃候補時代は勿論言い寄ってくる男子生徒はいなかった上に、ドリアンと婚約してからは彼の友人にも紹介されなかったシャーロットは自分の価値に気づいていなかった。
これは義妹のクレアが流した悪い噂のせいでもあるが、シャーロットは一部の男子生徒からは可愛いクレアを虐げるいけ好かない女だと思われていた。
「シャーロット女史、少し強めの言葉になりますがお許しを、全然分かっていませんね」
大きくため息をついたグレイグにシャーロットの侍女であるリリーが同情の眼差しを向けている。
「メリットなら沢山ありますよ、まず貴女は私室付き女官だ。王太子夫妻に近いだけで十分なメリットな上に、王家の血を引いている
「でも爵位は持てませんよ、跡取りの方は皆さん婚約者がいますし」
爵位を受け継げない次男以下や騎士爵になら結婚しないかと誘われそうだが、シャーロットは、ドリアンと婚約解消できてもすぐに誰かと結婚する気はない。
恋愛結婚がしたいという希望ではなく、ただ男性という存在を信用できずにいた。
父の存在やドリアンの態度のせいでシャーロットは男性に恐怖心がある。
ダニエルやシオンは頼れる兄のような存在で、グレイグもそのポジジョンに入るところだ。ジョージもマーガレットの婚約者であるため恐怖心はなく友人として接せられる。
「今のところはね、貴女の功績があれば夫に爵位を与えて家を興すことも出来る。名家の次男なら子爵や男爵として分家する、貴女を嫁に迎えればより上の爵位を得られるし、社交も有利になる」
「そうなのですね、」
今まで積極的に話しかけてくる男子生徒がいないのはドリアンの独占力だろう。
普通は友人と互いの婚約者を紹介し、交流を深めるがあの男はシャーロットが他の男を見るのが耐えられなかった。
騎士とは何かという初歩的な教育を施した際、幾度となく言い訳をしてきたみみっちい男だ。
「貴女に対する悪評も消えましたし、これからは話しかけてくる生徒が増えます」
「悪評ですか……」
「バカな弟が云うには、お義姉様は私にお古しか寄越さない、財産はお義姉様が持っているから私たちは惨めな生活をしているとね」
シャーロットの服を勝手にクローゼットから奪っていくのはクレアの方だ。
財産は家政の事だろう。これは今現在、グロリアが担当しているのでシャーロットは口出しできない。
「婚約者がいる男子生徒で信じている者はいませんよ、一年の時は信じる生徒もいましたが、そういった人間は早くに令嬢から婚約解消されています」
ジョージがグレイグの話に補足していく。
女子生徒はシャーロットに関わる機会が多く、どちらが虐げられているか知っている。
自分の婚約者がバカな噂に流されそうになると諭し、シャーロットの人となりを丁寧に話していた。
「あと……いや、これを云うと叱られてしまうな」
「どうかされましたか」
「シャーロット令嬢は異性から賞賛されたことは」
「失礼ながら、お嬢様は尊い血筋の令嬢ですから殿方と云えばそれなりの身分の方ばかりです、」
シャーロットがないと答えようとするとリリーが咄嗟にグレイグに話しかけた。
ベルローズたちからは可愛いとよく云われているが男性となるとほとんどない。
婚約者候補の時はダニエルが挨拶の一環で褒めてくれたが候補から外れると、容姿よりもドレスを褒めるようになった。
勿論、ドリアンからは一度もない。
卑下するのような顔立ちではないことはシャーロットも分かっているが、子どもぽい顔立ちは殿方には好かれないと思っている。
「では、一層注意してください」
甘い囁きに惑わされるような令嬢でないことは分かっているが念を押す必要はある。
「はい」
ここでシャーロットを褒めるのは簡単だ。実際に思ったことを口にすれば良い。
淑女を褒めるというよりは愛娘を褒める感覚なのだが、それでもあの心の狭い皇太子は許してくれないだろう。
「それに、流石に第一子の筆頭乳母になることは無理ですが、第二子以降でしたら可能性はありますからね」
「えっ……」
シャーロットはグレイグの話にきょとんとした態度を取ってしまった。
王族の筆頭乳母は公爵以上の夫人と決まっている。
ルイス公爵家の子息はグレイグと同年代で既に子どももいる。
数代前の公爵家もほとんど婚姻、もしくはまだ子息が幼かったりする。
その中でシャーロットの結婚相手になりそうなのは、ダニエルの弟で第二王子のヘンリーだが、今年学園を卒業するシャーロットと来年学園に入学するヘンリーでは年の差があると思ったが、エリザベスとエドワードの年の差を思い出す。
「王太子候補者が他の王族と結婚する例はいくつもありますからね、」
メイベルがその一人だ。だが、ヘンリー、愛称のバニーで呼んで欲しい彼は候補者達には、未来のお義姉様方と慕って、愛称の兎のように可愛らしく振る舞っていた。
「意地悪しすぎましたね、兎に角です、狼はいつ貴女を襲うか分かりません。お気を付けて」
それは皇太子にも通用するのか分からないが、用心するに越したことはない。
近い将来娘にも同じことを言うときの覚悟になるのではとシオンが笑っていたが、シャーロットが娘なら一戦交わる覚悟でシオンを止めている。
彼女が愛娘でないことを感謝してほしい。
最もそんなことを愛しのマリーに話せば、きっと貴女みたいな素敵な婿を連れてくるわと微笑むのだろうが。
ようやく名前が出せた第二王子のヘンリー君。
シャーロットの家の従者と同じ名前ですがありふれた名前なので、ヘンリーならハリーという指摘もあるかもしれませんが、バニーも有です(あまり有名ではないぽいですが)
二章中にはお披露目したいです。