王女殿下の気持ち※エリザベス視点
名前だけ登場していたエリザベス王女
クレイグ卿は次回登場します。
収穫祭を祝うイベントは大盛況だ。
豪華な食事は伝統的なパイやミートローフ、スイーツは甘いムースやさくさく香ばしいスコーン、ケーキも十種類以上並べられている
ホールの外、いつもは屋外テラスとして使われているスペースでは、皇太子が留学中に絶賛したという東洋のたこ焼きという食べ物も焼きたてで提供されている。
辛党の男子生徒は皆ソースの香りと独特の食感を堪能していた。
男子生徒は自分たちで好きな物を皿に取れるが、女子生徒や伯爵以上の男子生は極力給仕にサーブして貰う。
「今日はお招きありがとう、ベルローズ令嬢。私が参加しても良かったのかな」
「勿論ですわ、エリザベス殿下、」
「ここではベティと呼んでくれ、お忍び、非公式で参加しているのだからね」
最初の挨拶を済ませたあと、優雅にお茶を嗜んでいるのはニースバルトへの輿入れが決まったエリザベスだ。
王家の血を引く彼女の瞳も緑色だが、例えるなら青みを帯びた碧色だ。
彼女の母はメイベル公爵夫人で、彼女の実家はキャスリントン、マーガレットの実家だ。王姉を娶ったキャスリントン家とキャスリントン家から嫁を貰った王弟、そのためエリザベスとマーガレットは従姉妹云うよりは姉妹に近く、実際に顔もよく似ている。
違いがあるとすれば、エリザベスのほうが髪の黒味が強いくらいだ。
「お従姉様、それは無理がありますわ、こんなにも目立っているのに」
「そうかな、仔猫ちゃん達熱い視線をありがとう、だけど控えてくれないとチョコレートが溶けてしまう」
ファンの熱い視線を抑えようと手を振り、微笑むエリザベスに女子生徒は黄色い悲鳴を上げた。
「エリザベス、ベティ様の人気は凄いですね、今日のお召し物もとても素敵です」
在はもうドレスがないと騒ぐバカな生徒はいないと思うが、毎回ドレスを仕立てるのは大変だとダニエルの一言で、在校生は制服で参加している
「ふふ、可愛いシャーロットいやシャーリーと呼んで良いかな、このドレスは私も気に入っている、裾捌きが楽なんだ」
すっと立ち上がったエリザベスは軽くテーブルの周りを歩くと、シャーロットの髪を優しく撫でた。
エリザベスが穿いているドレスのスカート部分は、ズボンのような構造をしている。
日本の袴をヒントにしたという。
プリーツの御陰で普段はスカートのように見えるが、足の間で分かれているのでペチコートを重ねて砦を守ること必要もない。
女性がズボンを穿くのは二十年ほど前までは公然のタブーであったが、今ははっきりと法律で服装の自由が認められている。
それでも難色を示す古い人間がいる。
皇后陛下の出身の国では妃もそれに仕える女官も皆、数百年この姿で王の前で謁見するという。
その証拠にかの国、伝統の行事で使われる人形は皆そのよう格好をしていると皇太子の展示会で見たと有力な貴族が社交界で話題にする。
皇后の出身の国、歴史のある装いならばと、古風を貫く貴族達はそれ以上、何も言えなかった。
ニースバルトは南国なのでこのデザインが流行るだろうと提案したのはテイラー商会だが、ドレスのデザインはある女子生徒からだった。
上着はオリエンタルに以前シャーロットが来ていた着物からインスピレーションを得たものだが、シンプルな水色だけ、青色はニースバルトの王族の色、大公やその妻は海のような青を使うが、公太子は青空のような澄んだ水色を使う。
エリザベスもそれにならって水色を纏い、嫁ぐ意思を示しているが袴と羽織で颯爽と歩く姿は、何処かの貴公子のようにも見える。
「エリザベス様、」
「食べてしまいたいくらい可愛いシャーロット、私の護衛騎士は私の名に誓って君をどんな者からも守るだろう」
「はい、この度はクレイグ卿を紹介していただき、ありがとうございます。エリザベス殿下の忠臣である彼に守って貰えるならば私はより一層、王太子妃殿下の元で忠義を尽くしたいと思います」
「堅いな、どうせ誰も聞いてはいないし、君を疑うような輩はいない、それより不埒者に警戒するように」
あくまでお忍びだと軽い言葉で済ますエリザベスだが、勿論聞き耳を立てている生徒がいるのは分かっている。
シャーロットはおそらくグレイグから己が今、狼の群に放たれた羊であることを聞かされているだろう。
もっともその可愛い羊の前には獰猛な黒獅子が目を光らせているのだが、そこまでは賢い彼のこと話してはいないだろう。
まったく早く娶れば良いのにとエリザベスは思ったが、そうできない事情も知っている。
あの出来事のあと誰よりも先に生まれた宿命か、ベアトリスに起きた恐ろしい出来事を朧気な記憶ではあるがエリザベスは覚えている。
シャーロットにはそんな事はさせないとエリザベスなりに彼女を守ってきたつもりだったが、シャーロットの王子様役は卒業しなくてはいけないようだ。
代わりに用意された姫のように可愛らしい王子を愛でよとのお達しだが、ようは自分の妃候補であるエリザベスをささっと候補から外したいだけ、心の狭い男である。
初恋を拗らせている、抜け目ない王子の妻になるのはごめんだと、紹介されたエドワードに会ってみれば彼はありのままのエリザベスを受け入れてくれた。
「エリザベスとエドワードよく似ている名前だから時々は交換しませんか」
そんな甘い台詞を与えてくれる王子に早く会いたいなと瞳を輝かせて、婚約者を溺愛しているマーガレットがウィンクをしていた。
彼女なりのエールを受け入れ、合図を返す。
二人だけの秘密のやりとりは今後も国にとっても自分たちにとっても有効な手段となるはずだ。