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義妹と瞬間湯沸かし器

はじめてざまぁに挑戦しました。お暇なときにでも読んで頂ければ光栄です。


「御機嫌よう、シャーロット様、ミモザ色のフィレットと御髪の調和が素敵だわ。さすがは私の美の女神ね」

 腰まであるストロベリーブロンドをミモザ色のフィレットでと学園指定のクリーム色のワンピースを着ている小柄な女子学生は、ロイフィリップ伯爵令嬢だ。

 小さな顔からこぼれ落ちそうな大きくエメラルドグリーンの瞳が特徴的なシャーロットは、ワンピースの裾をふわりと握り、微笑みを浮かべてお辞儀をする。


「御機嫌よう、ベルローズ様、今日のリボンは新学期に相応しい明るい緑ですね。良い朝を迎えたのか、褐色の瞳も輝いております」

 声をかけてくれたベルローズに挨拶を返す。

 明るい赤毛の髪をハーフアップに纏めるのがベルローズのお気に入りの髪型だ。

 緑色のリボンで纏める理由も知っているのに心からそう思っているのか薔薇色に染めた頬でシャーロットはベルローズに伝える。

 シャーロットとベルローズは同じ伯爵家だが、王太子妃候補であるベルローズから声かけをかけなければいけない。

 最終学年にもなって理解できない生徒もいる中、シャーロットはベルローズと親友であっても淑女として朝の挨拶を欠かすことがないことをベルローズは好ましく思った。


 シャーロットの家、ルイフィリップ伯爵家は数代前の王の庶子が興した家だ。

 だから高貴な血は流れていても、歴史は浅い。

 初代が王家から貰った領地は小麦の良く取れる豊かな土地だが、王都から大分離れており、

小麦と羊織物以外これといった特産品はない。

 そんな田舎暮らしに耐えられないとシャーロットの父は弟に領主権と彼の息子にシャーロットを売り渡すと、王都で自由な生活を送っている。

『同じ条件ならクレアの方が良かった、なぜいちご姫と結婚しないといけない』

 母を亡くしようやく喪が明けた十五歳のシャーロットに婚約者は、意地悪な言葉を投げかけた。

 絹糸のように柔らかな金髪の義妹は違い、シャーロットの髪は赤毛かかっている。

 今年、デビューを迎える十八歳になったが同級生より頭一つ分小さいな躯と大きな瞳で、実際の年齢より幼く見えた。

 ある程度の年齢になれば若く見えるのは武器になるが、社交界入りする娘が幼く見えるのは欠点である。

 海に眠る真珠のような肌も王家の血を引く証明となるエメラルドグリーンの瞳も婚約者のドリアンに云わせれば睫もふさふさして人形みたいで気持ち悪いと罵られた。

 彼の好みは希少なアメジスト色、それもアーモンド状の瞳の瞳が好ましいらしく、義妹を褒め称えていた。

 アメジストの瞳はシャーロットの父とクレア、それと肖像画の中で微笑んでいる祖母だけの、特別な瞳だ。

「婚約者殿は……いつも通りね、騎士科に通っているというのに」

 シャーロットと婚約者の仲が悪いことにベルローズは心を痛めていた。

 シャーロット達が通う学園『王立ブリタニー学園』は、貴族や貴族から枝分けされた騎士爵、それと一部の平民が十五歳からデビュー直前の十八歳まで間通っている。

 男子は騎士科と領主科と分かれており、騎士科に通う学生は婚約者をエスコートするのが校則にはないが紳士の伝統として受け継がれている。

 しかし、シャーロットは今まで一度もエスコートして貰ったことはない。

「お忙しいのですわ、ドリアン様は今年から領主科の授業も併用して受けると話されていたから、」

「あの方は卒業したらすぐに領地に戻るはずなのに何で騎士科に入ったのかしら、」

 騎士科はその名の通り、騎士として王家や王家に準する公爵家などに仕える。

 貴族としての学問も修めるが、馬を乗りこなし、剣を振るうので年頃の男子は騎士科に憧れる。

 一方の領主科は、領地のある貴族の息子が王から預かっている領地をより豊かにするため経済や農業を学ぶ学科だ。

 シャーロットの父のように領主代行に任せる当主もいるが、それでも帳簿や文書は一通り読んで理解しなければならない。

 騎士科でも領地経営のノウハウは学ぶがあくまで基礎的なことで、領主科は卒業後すぐに領地に戻っても運営できるように王家の保養地や離宮を使って実際に運営を行う。

 剣よりも東洋から持ち込まれた算盤を使ってひたすら計算、タイプライターで礼状や租税の書類を作成するのでシャーロットの婚約者のような血気盛んな学生には物足りない。

 もっともそう思っているのは彼だけで他の生徒は領民のため、平民の生徒は良い成績を残し領主代行や文官になれるよう懸命に学んでいる。


 入学してすぐに母を亡くしたシャーロットが可愛そうだとベルローズはあれこれ気遣ってくれているが、ドリアンに対する評価は低い。

『商家の娘が王太子妃候補などあり得ん! クレアの方が高貴で相応しい』

 ベルローズもドリアンに嫌われていた。

 ベルローズの家テイラー伯爵家は、代々王族の衣装係として王家に仕えていた男爵家だった。

 テイラー家は衣装係で培ったエチケットと独自の裁縫の技術を活用し「テイラー商会」を立ち上げると、貴族の女性達は競うようにそこでドレスを仕立て始めた。

 決して己だけ財を抱えず、歴代王妃、王女の化粧費にと売り上げの一部を王家に寄付し、数代前に叙爵して伯爵家となった。

 どこの家でも一枚は必ず家のテイラー商会のドレスを持っているのが貴族の常識である。


 おっとりしたシャーロットと勝ち気なベルローズが仲が良いのを不思議がる者が多い。

 中には家族に愛されていないシャーロットが大人しそうな顔をしてベルローズにドレスを強請っているというような噂も流れた。

 勿論そんなことはない。

 シャーロットは毎回、申し訳ない気持ちでいっぱいになるが「シャーロット様は私の美の女神です」とベルローズは惜しみなくドレスを送り続けてくれた。


「ごきげんよう、お義姉様、ベルローズ様。お義姉様はバカンスに付いてこなかったけれど、どちらにいらのかしら、」

 噂をすればなんとやらそのクレアが二人に挨拶をしてきた。

 ゆるく巻かれたブロンドの髪にアメジストの瞳、小柄なシャーロットと違いメリハリのあるボディーラインをしているので、見た目に騙された男子生徒には人気だが女子生徒は入学当初から傲慢な態度を披露しているので友だちはほぼいない。

 クレアの父は父の親戚筋だと聞いている。

 一族の女性が困窮しないため分家の未亡人を後妻として迎え入れるのは、貴族の間では美徳とされる。

 ただ裳も明けないうちに、クレア達を屋敷に招いて先にクレアを養女にしたので、常識のある貴族達からは顰蹙を買った。

 そして戸籍上は姉妹になるとは云え、たった二日シャーロットの方が誕生日が早いだけで、クレアはシャーロットを義姉と呼ぶ。


 義母グロリアのは、義理の娘であるシャーロットに食事を抜いたり、暴力を振るうなど辛い仕打ちをすることはなかったが、実の娘と区別を付けていた。

「貴女と違ってクレアの父は騎士爵だったから贅沢なんて出来なかった」だから、今までの分も着飾らせろとクレアには毎月のように新しいドレスを仕立てるのに、シャーロットには思い出したときにしか仕立屋を呼ばない。

 幸いベルローズが商会の宣伝を兼ねて流行のドレスを用意してくれるのでドレスに困ることはなかったが、毎月仕立てるドレスよりも「義姉様のドレスは私が着た方が似合うわ」とクレアがクローゼットをあさっていくのは困っていた。

「……シャーロット様、夏の間、王太子妃教育に付き合って頂きありがとうございます。改めて御礼申し上げます」

「いえ、ベルローズ様のお役に立てたなら光栄です……」

 クレアから挨拶されたベルローズは、クレアを無視してシャーロットに話しかける。

 ベルローズの婚約者、ダニエルはシャーロット達よりも二歳年上でベルローズの他に三名ほど婚約者候補がいた。

 シャーロットもその一人であったが、母が亡くなった十四歳の時に候補から外れてしまった。

 そしてこれは王家が内密としているが実は、去年の十二月の聖人誕で婚約者は内定している。

 王家に莫大な利益をもたらす公爵家の娘が王太子のただ一人の婚約者というのが他国では常識だが、この国でも昔話でよくある『婚約破棄する王太子』が出たことがあり、それを防ぐために何名かの候補者をつくり、教育することとなった。

 早くから人脈づくりや領地経営のために婚約というカードを使う貴族にとって花盛りの娘を候補として王室に捧げるのは、名誉なことではあるが、選ばれなかったときのリスクは大きい。

 優良物件の男子は早いうちに翳めと取られる。

 王家が選んだ優秀で美しい娘であっても、他家に介入し婚約者を横取りすることは出来ない。

 良くて身分の低いが優秀な婿を貰うか、運が悪ければ、金持ちの後妻として一生を終える。

 家の名誉のために修道院に入ることも考えなくてはならない。

 そのため王室はさまざまなパターンで貴族と令嬢が納得するメリットを用意した。

 一番多いのは、候補者であった令嬢が第二王子や王家所縁の公爵家と結婚をし、王家との繋がりを持ち続けていく。

 王家の筆頭乳母は、王家の血を引く公爵家以上と決まっているので、同じ頃に子どもが生まれた場合、優先的にに乳母に選ばれそのまま、教育係になる。


 王家の親族ではなく適当な相手を見つけ、高位女官として王太子妃に尽くす場合という場合もある。

 シャーロットの場合婿の素行は問題だが、もし王太子妃に選ばれた場合、高位女官としてそばに居てほしいとベルローズに頼まれたため候補者を外されても、ベルローズの付き添いで王太子妃教育を受けられた。

 長年の候補者としての報酬で爵位を与えられ、好き合っていた騎士を取り新しく家を興す場合もあるが、孫の代になると財産や領地、人脈がなければ成金の家から婿、嫁を入れなければ家が成り立たない場合が多い。

 稀に他国の王族と結婚する者もいるが、それはごく稀だ。


 勿論王子のほうも無能を将来の王にするのを阻止するために、全ての王子に帝王学を修めさせ、一番出来の良い王子を王太子とする。

 稀に自尊心の高い弟が兄に刃向かい、自分こそが王と名乗ることもあるがそういった王子はさっさと修道院に入れるか、利用価値がまだあるなら他国に婿入りさせる。

 当世の第一王子は素質も性格も問題がなく、年の離れた弟にも優しくだが時に厳しい兄を慕っているので、早々と兄のサポートに回りたいと宣言した。

 またこの国では、愛妾は認めても側妃は認めていない。

 愛妾の子は、契約結婚している夫の子として育てられるか、認知されても継承権はなく、さっさと爵位を与えられ成人したあとは社交シーズン以外は田舎に隠るのが通例だ。


「ちょっと! お姉様、ベルローズ様、私が挨拶したのですよ」

 ベルローズが王太子妃に内定したというお触れは、彼女が卒業するまで発表しない。

 しかし、今まで王太子妃教育でバカンスする暇もなかった令嬢が南国で休暇を取り、身内の晩餐会でお喋りにすら不参加だった令嬢たちが今年は何故か他家の舞踏会に顔を出しダンスを楽しんでいる。

 その一方でベルローズは王太子に一緒に教皇がいるバルカン聖国に赴いた以外は外に出ず、ひたすら王城に留まっていた。

 王侯貴族の結婚は、王族なら教皇、貴族は大司祭の許可がいる。

 平民や騎士爵は七日間教会に二人が結婚することを告知し、意義がなければ結婚できる。

貴族の場合、親戚同士の結婚で宗教的なタブーを目こぼしして貰うため、ステータスの問題で教会から証明書を発行して貰う。

 王族ならさらに上の教皇から発行して貰わねばならない。

 二人でバルカン聖国に行ったと云うことはすなわち、内定を意味するので大部分の貴族はベルローズが 王太子妃に選ばれたことに気づいている。

 しかし、クレアは気づいていないようで未来の王太子妃相手にキャンキャンと喚いている。


 そもそも候補者の時点で爵位を問わず王家に準ずる身分なのだから、挨拶は勿論、ベルローズが良いと云うまでは名前で呼ぶことは許されない。

 だが、クレアは学園内では皆平等の精神を愛するあまり忘れている。

「……ごきげんよう、これでいいのかしら」

「王太子妃教育を受けているのに!なんですのその発音、全然なっていませんわ!」

 御機嫌ようとごきげんよう、同じ言葉ではあるが前者は貴族が身分問わずに話しかける際の挨拶に対して、後者は家族、もしくは身分の下の者に話しかける挨拶だ。

「クレア、貴女が先に挨拶したのでしょ、それだって本当は良くないことなのよ」

「ヒドいわお義姉様、私が騎士爵の娘で貴族教育をろくに受けてこなかったのを指摘するのね、」

 涙を拭おうとクレアはハンカチを取り出したが、これ見よがしにバカンス先で購入した金のブレスネットを見せつけてくる。

「何をしている! シャーロット、またクレアを虐めたのか。まったくなんてヒドい女なんだ!」

ずかずかと場に乗り込んできたのは、ドリアンだった。

貴族の学園に通う生徒とは思えない、紺色のネクタイをだらしなく垂らしたブレザー姿だが、鳶色の髪に同色の瞳とこの国の九割くらいいる凡庸とした見た目だが、それでも背が高く鼻筋も通っているので見る人間のモラルによっては「男らしい」ようだ。

 何故男らしいかクレアから聞いて不思議に思ったシャーロットが首を傾げていると、話を耳にしたドリアンがグッと胸を反らしてきたので、自分で結べないのかと口にしたら、瞬間湯沸かし器のごとく湯気を立てて怒ってきた。


 そんなドリアンは、クレアと時間をずらして登校した風に装うが、バカンスで日に焼けた顔と揃いのブレスネットが二人の仲を証明している。

「……口癖って似るモノなのね、」

「ベルローズ令嬢、貴女も王太子殿下の婚約者候補であるならなぜ諫めない、ああ候補者であるから諫められないのか、夏の間も王宮で教育を受けているような貴女では王太子妃になることなど到底無理だからな」

 どうやらドリアンも気づいていないようで、シャーロットは顔を真っ白にしてローザの顔を見た。

「……ベルローズ様」

「いいのよ、だってクレアさんが自らおしゃっていたわ、騎士爵の娘だから貴族教育を受けていないって、入学からずっと一緒にいるのに改めて自己紹介されて驚きましたわ」

「何! クレアはちゃんとした貴族の娘だ、馬鹿にするのもいい加減にしろ」

 確かにクレアは、男性と母親の前では淑女として振る舞っている。

「今日からうちの娘になる」と父に紹介されたときのクレアのお辞儀は騎士爵の娘とは思えないほど上品なお辞儀を披露した。

「そうですわね、クレア様は少ないとも挨拶はしました、ええ最低限の挨拶はね」

「ッ……ごきげん麗しゅう……、これでいいのか」

「ドリアン様、お願いだからこれ以上、ベルローズ様に様に無礼なことをおっしゃらないで」

「なんだいまさらこんな女に媚びを売るのか! どうせドレスを強請るためだろう! こんな愚かな婚約者を持って恥ずかしいことこの上ない!」

 媚びているわけではないと口にしたところで火に油を注ぐこととなる。

 長年彼らと付き合ったシャーロットは諫める勇気がなくなり、ただ謝るしかなかった。

「……申し訳ありません」

「フン! まったく……ああ、もうすぐ時間だ、やれやれ父上のせいで騎士科と領主科を往復せねばならない」

「大変ですわね、ドリアン様、お義姉様がもっと支えてくれたら」

 ちらっとシャーロットの顔を見るクレアは「どうせ女官になれないのだから、お前が田舎に行けば解決する」と書いてある。

「あ……」

「私たちも行きましょう、あら、マーガレット様、御機嫌よう。今日は瑞々しいオレンジを思わせる素敵な色ね」

 ベルローズは同級生を見つけると、微笑み挨拶を交わす。

 栗毛の長い三つ編みとオレンジ色の髪飾りが特徴的なマーガレットはブルーサファイアの瞳が神秘的で背か高いので一部の生徒からはお姉様と呼ばせて欲しいと云われているが、彼女は遠慮している。

 何しろ彼女の後ろにはいつも最愛の婚約者が控えている。

 一部のファン曰くそのギャップも好ましいという。

「えッ婚約者をエスコートしない殿方なんていらっしゃるの」

 淑女の挨拶を終えると、マーガレットはベルローズに加勢する。

 まるで初めて知ったような口ぶりだが、マーガレットもシャーロットの親友なので、ドリアンの態度にはいつもの腹を立てていた。

「ですわよね、それに淑女の挨拶を知らない最上級生もいるようで、もしかして新入生なのかしら」

 完全にアウェーとなったのを察した、ドリアンはクレアを庇うようにして教室に向かった。


「瞬間湯沸かし器、道具なら便利ですがあれではね、あれが婿だなんて」

 淑女科の教室に入ったシャーロット達がクレアの姿を探したが見つからない。

 どうせ、ドリアンと慰め合っているのだろうとローザとエリザベスはため息をついた。

「ですが今から婚約者を変えるとなると……」

 幼い頃の婚約であれば仲を育むことも出来ただろうが、年頃の婚約はお互い大好き嫌いが出てくるので難しい。

 王太子妃候補から外れるとこれ幸いと父がシャーロットの婿に選んだのがドリアンだ。

 ブリタニー王国は女性は財産を受け継ぐことは出来るが爵位の継承権はない。

 直系の男子がいない場合、分家筋の一番血縁の近い男子が爵位を継ぐ決まりがある。

 財産と爵位を守るため、父の贅沢のためシャーロットはドリアンと結婚しなければならないが、なぜか最初から嫌われているので良好な夫婦関係を結べるとは思えない。

 最低限の持参金だけ貰い、何処かに嫁入りしようとも考えたこともあるが、ほとんどの貴族子息は既に婚約者がいる状況だ。

 母が生きていれば状況が違っていたかもしれないが、どうすることもできない。

「あら、シャーロット様の口から変更の言葉が聞けるなんて」

「ええ……そうだわ、今日は学園の授業の後、王妃殿下とのお茶会がありますが会話は全て帝国語でお願いしますね、お二人なら問題ないでしょうが」

 マーガレットは王太子妃候補ではなかったが、入学当時からの親友で秀才でもあるためベルローズから女官になってほしいとシャーロットと同じように頼まれている。

「はい」

 シャーロットとマーガレットが帝国語で返事をするとベルローズはくすりと笑う。

 帝国語は貴族なら必ず読み書きが出来なければならない必須言語だ。

 普通の貴族令嬢であれば彼らと会話が出来るだけで良いが、王族は帝国語を母国語同然に会話できて当たり前、ウィットに富んだ会話や王太子妃であるなら独特の言い回しを理解しなければならない。

 ノースデンモーク帝国とシャーロット達が住んでいるブリタニー国は、海を挟んでいるので、交流は薄い。

 しかし、かつていくつかの国と手を組み帝国に戦争を挑んだが、一年足らずで圧倒的な武力の差を見せつけられ負けた。

 ブリタニー王国は属国にこそならなかったが帝国は国に自分たちの娘を王妃にするよう命じ、他国との結婚は帝国の許可なしでは出来ない決まりとなった時期もある。

 そのため今でも王室の直系の髪は、皇室伝統の黒髪を引き継いで暗い鳶色であることが多い。

「帝国語と云えば、皇太子殿下に発表したときのシャーロット様は素敵でしたわよね」

「本当に、流暢な帝国語で、うっとりしてしまいましたもの」

「それは……」

 シャーロットの母は貴族階級でシャーロットと同じストロベリーブロンドの髪と黒い瞳を持っていた

家について触れられると彼女はいつも微笑んでいたが、帝国出身ではないかとシャーロットは推測していた。

 母は社交界には滅多に出ることはなかったが王妃と仲良しでその縁で、シャーロットは王太子妃候補となった。

 夫婦仲は冷え切っており、父が家にいても一緒にいることは少なく、いつもシャーロットを部屋に呼んで、彼女が選んだ家庭教師や侍女を交えて帝国語でおしゃべりし、手紙を書く練習をしていた。

 夫婦仲は兎も角、帝国語は話せて当たり前と育ったシャーロットは王太子妃教育の事前テストが終わると、教師に呼び出された。

 もしや自分だけ悪い点数だったのか不安に思っていると、「貴女の帝国語は完璧です。しかし上に立つ者は下の者の気持ちを理解しなければなりません」と口にした。

 それはどういう意味かと聞くほどシャーロットは愚か者ではない。

 他の家ではシャーロットの母ほど帝国語に力を入れておらず、貴婦人である母が帝国語を流暢に使えるのには理由があると、シャーロットは授業の間、一歩先の王妃教育で使う教材で一人黙々と授業に取り組んでいた。

「思い出しますわね、シャーロット様が詩の発表会で流暢な帝国語を話した日のことを」

 それはシャーロットの母が亡くなる半年前のこと。

 帝国の皇太子がグランドツアーの一貫で、ブリタニー王国を訪れたことがある。

 若き皇太子をもてなすため、もしくは運良く皇太子の后に選ばれるのではないかという国の打算で乙女達は駆り出され、詩を披露した。

「確か帝国の歴史を踏まえながら皇后の紋章もさりげなく取り入れた素晴らしい詩でしたわね」

 侯爵令嬢として特別に披露会に参加していたマーガレットがうっとりした表情を見せる。

 外交大臣に頼まれたからとはいえ、王太子妃候補が他の殿方に好意を持たせるような詩は良くないと感じたシャーロットは、帝国の歴史と遠い島国から来た皇后から生まれた尊き皇太子として彼を褒め称える歌を披露した

「覚えていたのですね」

「勿論ですわ、特にアヤメがかの国ではショウブで、勝負に繋がると東国の知識も披露していましたわね、あれから軍服にアヤメの柄や色を用いることにいたしましたの」

 テイラー家は社交界のドレス、スーツ以外に、近衛騎士団や護衛騎士団の軍服も作っている。

「古い書物を参考にしただけで、でもベルローズ様のお役に立てたらなら光栄ですわ」

 淑女の微笑みではあるが頬を桃色に染めるシャーロットにベルローズ達は彼女を褒め続ける。

「まぁ、本当にシャーロット様はお可愛らしい。さすがは王妃様がいちご姫と愛称を付けるほど」

「そうですわね、傲慢な金髪を愛するが故にこの甘さ、愛らしい姿に気づかない殿方がいるなんて」

「それにいちごは甘いだけでなく酸味もある、シャーロット様の酸っぱさは賢さかしら、」

 いちご姫の名前は候補者だった頃、王妃がお茶会で気まぐれに付けてくれた愛称がきっかけである。

 シャーロットの母譲りのストロベリーブロンドから取っただけだと思っていたが、二人に言わせれば、違うようだ。

 三人が仲良くおしゃべりしているのをようやく教室にやってきたクレアが下町の娘でもしない大きな舌打ちし、何かを言いかけたが、運悪く教師が教室に入ってきたため、小言を貰いながら教壇から一番遠くの彼女の指定席に座った。


「ただいま、」

 夏の間、しきたりと決まり事が多い王宮で過ごしていたシャーロットだが、母が亡くなってからこの家で居心地が良いと感じたことはない。

 クレアの母が来てからは全てが彼女の思うままに屋敷が変わったといえば、そうではない。

 クレアの母、グロリアはわきまえた女であくまで自分は後妻だからと常に一歩下がっている。

 夫であるミカエルが過ごしやすい環境が一番だと、顔の見たことがないシャーロットの祖母が残した手記を元に屋敷の采配を行っている。

 ただ、自分の母より上の男爵家出身のハウスキーパーにはそれとなく引退を勧め、父が義母のために母に仕えていたコンパニオンを残していたが、騎士爵の妻だった女主人には従えないだろうと紹介状を書いて屋敷から追い出し、自分の親戚から新しいコンパニオンを選んだ。

「お帰りなさいませ、お嬢様。旦那様達が今日は皆で食事をしたいと食堂でお待ちです」

「そう、」

 シャーロットを出迎えたのは侍女のリリーだ。

 本当は侍女には女主人や令嬢のお古を渡すべきだが、リリーとシャーロットは親子ほど離れているのと、そもそもシャーロットのドレスはクレアに奪われるためろくなドレスは残っておらず、リリーはいつも黒いメイド服に髪を団子に束ね、白い埃除けのヘッドドレスを身につけている。

 リリーは母の代から仕えている唯一の侍女でシャーロットの世話は彼女と入りたての見習いのメイドで回している。

 ここでもグロリアお得意の「クレアは騎士爵の娘だから」という言葉をシャーロットに投げかけ、見習いメイドが一通りの仕事を覚えるとクレア付きのメイドに鞍替えさせられる。

 グロリアや父、ドリアンの前では淑女を振る舞っているクレアだが、目下の者には容赦しないので入れ替わりが激しい。

 リリーは母達の前では、そつなくこなすが面白みのない白髪交じりのメイドとして振る舞っているので引き抜かれることがない。

 本当は優しく、帝国語も話せ、お洒落のセンスはベルローズが認めるほどの腕前だ。

 もっといい職場があるはずだとシャーロットが心配しても「お嬢様のそばに居るのが一番の幸せ」だと微笑み、シャーロット好みのお茶やお菓子を用意してくれる。


 ローザに頼まれ王宮に滞在している間もリリーを連れていったが、事情を察しているベルローズの母親がリリーのためにドレスを用意してくれた。

 貴婦人のドレスを着こなしても、いつも通りシャーロットに尽くしてくれたリリーに、シャーロットは感謝している。

「着替えはどうなさいますか、今のドレスでも良いとは思いますがクレア様に、」

 制服ではなく、首元の大きなリボンが特徴的な薔薇色のロマンチックドレスを身に纏っているシャーロットにリリーは気まずそうに声をかける。

 お茶会の帰り、「また新しいドレスのデザインを思いつきましたの」とベルローズはシャーロットにドレスを贈った。

 屋敷にあった流行のドレスは根こそぎクレアがバカンスに持っていき、そのまま帰ってこないことをローザは知っていたのだろう。

 夏の間も沢山ドレスを仕立てて貰ったので、シャーロットは申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

 言い返せたら良かったのに、けれどシャーロットには勇気が足りなかった。

「遅い! いつまで待たせるんだ」

「ドリアン様、どうして我が家に」

「婚約者が来たのにその態度は何だ、どうせ半年もすればここは俺の家になるんだ」

 寮暮らしのはずのドリアンが屋敷にいたことに驚いたシャーロットに、ドリアンはフンと鼻を鳴らし答える。

 結婚はするがシャーロットの父が引退するとは云っていない。

 王都での暮らしを愛している父が田舎に隠るはずがないのにと考えていれば、早くしろとせっつかれた。

「まぁお義姉さま、まだそんな素敵なドレスを貰ってきて、ねぇちょっと貸して」

「まぁまぁ、シャーロットさんまたお強請りしたのね、恥ずかしい、けど良い色ね。……薔薇色ならクレアの方が似合いそう。今度、貴女に合うドレスを買ってあげるわ」

 食堂に着くなり、強欲な母娘にドレスを強請られたシャーロットは俯いた。

 グロリアはお強請りなんて恥ずかしいと云いながらクレアに寄越せと目と口で訴える。

 グロリアはグラマーな体型で男なら誰もがグッとくる美女だが、ダークブラウンの髪を誰に褒められたのかずっとポンパドールにしているせいで額の膨らみが薄くなった。

 夫人用に抑えていたはいるが、若々しいパステルピンクのドレスは勿論テイラー商会の物だが、胸の部分がパツパツなので既製品だろう。

 お気に入りの一粒ダイヤの首飾りを身につけたグロリアに、夫であるミカエルは何も云わない。

 義母とは違い豊かな金髪の髪を絹の髪飾りで結び、女性と間違えられそうなほど大きなアメジストの瞳は、天使が間違って地上に降りてきたのではないかともてはやされる美貌の彼は、舞踏会で行くわけもないのにテイルコートとスカーフで着飾って、いつもと変わらず彼専属の従者にワインを用意させ、自分の世界に浸っている。

「ねぇお父様、わたしちょっと着替えてきても良い、」

「……勝手にしなさい」

 着替えることはすなわちシャーロットからドレスを奪うことになるが彼は気にしない。

「分かりました、私も着替えてきます」

「……ああ」

「早くしろよ! お前のせいでずっと義父上たちは待っていたのだからな」


「まぁやっぱりクレアの方が似合っているわ、赤毛に薔薇色はちょっとね」

「まったくです、クレアの輝く金髪だとドレスが華やいで見える。シャーロットには蚤色で十分です」

 シャーロットが来ていたときは誰もドレスを褒めなかったのに、クレアが着るとこの様子だ。

 ただミカエルだけは興味がないようで、従者と親密そうに話し込んでいた。

「お待たせいたしました」

「え! ちょっとお義姉さま、そのドレスは何! さっきは着ていなかったじゃない」

「だって今貴女が着ているドレスを着ていたから」

「そうじゃなくて、なんで今まで隠していたの?」

「大体、貴女いつ、コルセットの儀を行ったの、義母である私がいるのに誰にやってもらったのかしら、勝手にやってはいけないはずよ!」

シャーロットが着替えてきたドレスにクレア達は勿論、ミカエルも注目した。

 ブリタニー王国では16歳の誕生日を過ぎると婦人用のコルセットの着用が認められる。

それまでの少女用のモスリン製のコルセットと違い、鯨の髭が入ったコルセットは腰のくびれと胸の膨らみが強調できる。

 本来は母親が嫁ぐ前の娘と二人っきりで別れの涙を流すためにコルセットを渡す風習が、いつしかデビューの誕生日に行う儀式に変化していった。

「王妃殿下です、仲介役はメイベル公爵夫人でした」

 本来は母親が行うものだが、過去には王妃にコルセットを締め上げて貰うのが名誉なことでもあったので、シャーロットと王妃がコルセットの儀を行っても問題はない。

 そもそも去年の誕生日にグロリアが行っていれば良かったのだが、彼女お得意の台詞でシャーロットは、ずっと少女用のコルセットしか着用できずにいた。

「くっ……クレアだってまだしてないわよ」

「そうだ、そんなに谷間を強調させて恥ずかしくないのか!」

 ぷるんと盛り上がったシャーロットの谷間をチラチラと見ながら、ドリアンは吠える。

 木綿のコルセットでは人形のように寸胴な体型をしていたシャーロットだが、婦人用のコルセットで締め上げると艶めかしいラインが露わとなる。

 開けているといっても、谷間は深くのぞき込まねば見えないし、そうまでしてみる紳士などいないはずだとシャーロットは首を傾げた。

 群青色のドレスは威厳のあるエンパイアドレス、裾のボリュームはないがその分上着として使ったモノトーン色の唐草柄着物がよく映えた。

「着物を羽織っておりますし、気になるようでしたら、こうして紐を結べば、隠れるでしょう」

 着物の裏側に付いている紐を結べば、よりオリエンタルな仕上がりとなり、デコルテも隠れる。

「……いや、ああ、隠すことはなかったのに」

 ドリアンは先ほどの威勢はどこへやら急に小声になり俯いている。

「なるほど便利だな、一周回ってみてくれ」

 その美貌から芸術家は勿論、仕立屋からも是非にモデルになってほしいと絵画や服を贈られるミカエルも感心していた。


 シャーロットがくるりと優雅に舞えば、いつもは誰もシャーロットを見ないのに視線が集まってくる。

 見ているのはドレスだろうが、シャーロットは気にしない。

 ふんわりしたドレスでは子どもぽく見えがちのシャーロットを初々しいデビュー前の令嬢として魅せられるとローザ渾身の力作である。


 現在の皇后は東洋の貴族――向こうでは公家というようだが、大陸とは違う独特の文化が育まれた島国の出身だ。

 現在の皇后が皇太妃だった頃から何度かオリエンタルブームが起きていたが、せいぜい小物や調度品を飾るくらいだった。

 皇帝の一人息子レオンハルト皇太子が母の故郷を見てみたいと留学していた。

 昨年の秋、帰国し帝国は勿論、諸外国の貴族を呼んで島国の土産を披露した。

 チェスに似た遊戯、珍しい香木、島国独特の色彩で描いた浮世絵と呼ばれる絵画に、茶器。

 一流の品を眺めているうちに、インスピレーション、流行の気配を感じたテイラー商会は早速着物をブームにしようと動き出した。

 独特の着付けから避けられた着物をこちらの貴婦人でも着こなせるようにドレスのローブ、帯は腰のリボンの代わりと大陸の貴族でも着こなせるよう改良したのが王妃の衣装係であるローザの母だ。

「着物が広まれば、もっと祖国と交流が深まるでしょう」

 仕立てたドレスを皇后に献上したところ、皇后はたいそう喜んだという。

 大陸の二分の一を治める帝国の后が認めたとなれば当然、各国の貴婦人達はいち早く自分の手元に欲しがる

帝国の仕立屋や島国から連れてきた職人と手を組み、テイラー商会はオリエンタルドレスを次々と編みだした。

 けれど一般庶民は勿論、貴族の誰もがすぐと流行のドレスを着られるわけではない。

 流行のドレスは金とツテが必要だ。

 いくら領地を持っていてもテイラー商会で最新鋭のドレスを何着も買えるほどシャーロットの家は豊かではない。

「けど、そんなドレスを持っていたのを妹の私に隠すなんて義姉さまは意地悪ですわ」

「そうよ、バカンスの時に持っていけばバカンス先の社交界で注目の的になったのは私で、クレアのお婿さん選びも良い結果になったはずよ」

 新しいドレスにグロリアは娘そっちのけで自分に欲しいと目で訴える。

「そうだ隠すなんて卑怯な真似を! 二人を悲しませて楽しいか」

 瞬間湯沸かし器も二人の反撃に勢いを取り戻し、すぐさまクレアたちに加勢した。

「隠すも何も今日、頂いたドレスなので隠しようがありません」

「ッ~~~~それならそれで帰ってくれば良かったじゃない!」

「そうだ!」

「……シャーロット、」

 ギャアギャアと騒ぐクレア達を制止するようにレオンハルトが珍しくシャーロットに話しかけた。

「なんですかお父様」

「あとで私に貸してくれないか」

「着物は殿方と婦人では構造が違うとベルローズ様がおっしゃっていましたが」

「ガウンのデザインにしたい、いいだろ」

「……だと思って仕立屋を呼んでおります、二十時に来るようです」

「そうか」

 父は美しい物に目がないのを知っているシャーロットは予めベルローズに相談していた。

「あの方は顔の美しさだけは一流ですからね」とベルローズは紳士部門の仕立屋をシャーロットの家に送ると約束してくれた。

 久しぶりの父娘の会話だがシャーロットは特に喜びもない。

 父に縋ろうなどと云う考えは母を亡くした日にとうに捨てていた。

「ミカエル、その次は私ね」

「ズルいわお母様」

「……そんな時間はないと思います、」

 珍しくシャーロットは二人に断った。

「なんでよ、」

「明日の朝、王宮に呼ばれていてその時に殿下にも見せたいとベルローズ様がおっしゃっていたので」

 王宮の侍女もベルローズの実家の侍女も一流の腕を持っているが、シャーロットを一番に輝かせるのはリリーだ。

 騒ぎになるのが分かっていても、ベルローズはシャーロットにドレスを渡した。

 それにそろそろ反撃してもよろしいのではと云われたので、シャーロットは少しだけ彼女たちに反抗して見せた。

「あの女ッ……」

「そろそろ食事にしないか、シャーロット、ドレスを汚しては大変だ。お前は着替えて、部屋で食事を取ってくれ。ヘンリーは仕立て屋を招く準備をしてくれ」

 それだけ口にすると、ミカエルはベルを鳴らして食事を運ばせた。


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