第五章(前編)
真宵たちは準備を整え、地上へ戻っていた。
というか、戻ってから一週間が経っていた。
「なーんにも収穫がねえな」
「百目のシンからまた、数体のシンを討伐しましたがね」
そう、他のシンはいるっちゃいる。本命が見つからないのだ。ちなみに千世に情報収集するにあたって、ネットで占い師のようなことをしていた。
「いやー、わたしは副業で稼がせてもらってるからウハウハだわ」
「シンっぽい情報のある場所に行ったら別のシンだったからな。討伐しないわけにもいかないし、それで異変が解決したらそりゃ成功報酬として稼いでいるだろうさ」
真宵の言うとおり、千世は足ではなく、ネットの力を借りてシンらしい情報を漁っていた。それらしい物にあたりをつけて、いざ行ってみると空振り。それが数回も続けばイライラしてくる。
「ほんっっっとに、どこにドッペルはいるんだ?」
千世にはこの一週間でドッペルのことを伝えてある。忌玖曰く、百目のことも家族や友人、同僚にも言ってないため口は堅いだろうと判断したためだ。
「監視カメラの映像でも送ってくれればいいんだけどな。そしたらピンポイントでそこに向かうっていうのに」
「そんなこと言ったって、どこにでも監視カメラがあるわけじゃないしねえ」
千世の言うとおりである。街中に監視カメラはあれど、映っていなければ追跡しようがない。
「また通知が来たわ」
「どれどれ?」
真宵はメールの内容を確認する。
『最近、肌荒れに困っています。これって霊障ではないでしょうか?』
「こんなん、テメーの肌の問題なだけだろが!」
メールの内容に、真宵はブチ切れた。
「荒れてるねえ」
ドッペルを追いかけて一週間。何も収穫がなかったら真宵でなくとも痺れを切らすだろう。
「しかし、妙ですね。カメラ映像付きの案件もあったはずです。それが全て空振りというのもおかしな話なのでは?」
忌玖の言うことももっともだった。確かにおかしい。カメラもそうだが、足を使った捜査でもドッペルは見つからない。いったいどこに潜伏しているというのだろうか。
「……まてよ? そうか、こうすりゃよかったんだ!」
真宵は名案を思い付いたとばかりにテンションを上げる。
「何か妙案でも?」
真宵はポケットからコードのような物を取り出す。
「冥探偵道具、ゴーストハッキングコードだぜ!」
「ほう。それで、ハッキングとはどこをハックするので?」
忌玖がまじまじとコードを見つめる。
「ネットだよ。侵入するハッキングウイルス自体が霊子でできているから絶対にバレない最強のハッキングツールだぜ!」
「え、わたしも使いたい!」
千世が勢いよく挙手するが、真宵はそれを手で制する。
「悪いな。冥界のアイテムを利用させるわけにはいかねえ」
「えー、ちょっとだけ! 具体的には推しの住所とか本名とか、あと顔写真も!」
ずいぶん俗な使い方だなあと思ったが、どんな理由であれ冥法違反のため禁止である。
「ネットアイドルの追っかけとか。アラサーなのに悲しくないのか?」
真宵が呆れていると、千世は血走った目でグイっと真宵に圧をかける。
「アラサーじゃない。二十八はアラサーじゃないから」
「お、おう……。悪かった」
忌玖よりも強いプレッシャーに負け、素直に謝る。
「大丈夫、大丈夫よ……。まだ二十代だから。ピチピチの二十歳過ぎだから……」
もはや暗示か何かだと思うレベルの闇を見せる。真宵は金輪際、千世に年齢イジリしないようにしようと誓った。
「と、とにかく、このコードで街の監視カメラにハッキングする。そして見つけたらその足取りを追えばいいっていう作戦だ」
話を強引に戻してハッキングの目的を発表する。
「いいんじゃないですか。現状手詰まりですし、多少強引でも情報を得ましょう」
忌玖も乗ってくれて、いざハッキングすることに。
「千世さん。パソコン借りるぜ」
「好きにしなさい……」
まだダメージが癒えていないのか、声のトーンが低い。真宵は乾いた笑いを浮かべながらパソコンを起動した。ちなみに真宵は冥探偵道具のリアル手袋を装着している。これにより、地上のものに手だけは触れることができた。コードを使って街中の監視カメラにアクセスしていく。表示される大量の動画。それをいちいち確認するのは面倒なので、真宵は自分の顔をカメラでスキャンして顔認証を行った。これにより、ヒットしない動画がどんどん消えていく。
「よしよし、いい調子だぜ」
どんどん動画が消えていく。それでも動画数が多すぎてまだまだ時間はかかりそうだ。
「……あれ? ここまでやってヒットなしっていうのもおかしいな?」
確かに動画はどんどん消えていくのに、途中でヒットした動画が一つもないっていうのは変だった。そうこうしていると、全ての動画が消えて検索結果ゼロ件になってしまった。
「これは……どういうことだ?」
真宵は訳が分からず、パソコンのモニターとにらめっこする。
「もしかして、冥界にいるんじゃない?」
「えっ?」
千世が漏らした言葉に、真宵は反応する。
「だって、こっちでいないなら冥界にいるんじゃないの? わかんないけど」
千世の言うことも一理ある。実は地上にいると見せかけて、灯台下暗しのように冥界で潜伏している場合もある。
「どうするかなあ……」
真宵はここに残るか、冥界で探索するか考える。そこへ忌玖がある提案をした。
「では、冥界へはわたくしが、地上は引き続き真宵と鬼ケ原さんで操作するというのは?」
真宵もその案は考えた。しかし、何かあった際にすぐに片方の応援に行けないのはリスクがあった。
「このままでは時間を浪費するだけでしょう。ドッペルに踊らされているようで癪ですが、ここはリスクを取るべきかと」
確かに現状に流されても何も変わらないかもしれない。そういう時は、それまでとは全く違うアクションをすることで道が開けることもある。真宵はしばらく考え、決断する。
「二手に分かれよう。冥界にいるって線もないとは言えないからな」
そうと決まったら、忌玖は早速冥界へ帰る準備を始める。
「何かあったら通信端末で連絡してくれ」
「了。真宵もなにかあれば連絡を」
連絡手段の確認を行い、忌玖は冥界へと帰っていった。
「それで? こっちで他に何するの?」
千世がメールのチェックをしながら真宵に問いかける。
「街の監視カメラではドッペルはいなかった。逆に、カメラの死角を追えば見つかるかもしれない」
「カメラの死角って?」
真宵はぱっと思いついた場所を列挙していく。
「例えばそうだなあ……。橋の下とか、路地裏とかかな?」
「えー……。いるかなあ、そんな場所に」
「ものは試しだぜ。じゃあ行ってくる」
真宵は早速出かけることに。
監視カメラがあった場所は、建物が多い場所かその裏手だ。そのあたりを中心にパトロールしていく。しかし、収穫らしい収穫はなかった。
「やっぱダメかあ……。こりゃ、冥界の線が濃厚かもな」
真宵はもう少し遠くまで足を運んでみるかと、いつもは行かない学校の向こう側まで行ってみる。初めて訪れた場所は、閑静な住宅街だった。ここなら誰かが歩いていたらひとりひとりチェックできるし、まさか他人の家に真宵の姿でお邪魔し散るわけないと思い、街を探索する。
「いや、まてよ? まさかとは思うけど、最悪なことやってないだろうな?」
真宵の脳をよぎったのは、ドッペルの最悪な行動。真宵という女子高生というステータスを活かした、いわゆるいただき女子やパパ活といった行為。それによりこういう高級そうな住宅に潜んでいるとしたらと考えると、真宵は吐き気がしてきた。
「そういうことだけは、マジで勘弁してほしいぜ……」
いくら考えても、真相はドッペルのみぞ知る。真宵はフラフラと住宅街を歩いていると、前から人がやってきた。真宵は一応確認するが、自分じゃないと知ると避けるため横にずれた。しかし、目の前の人物はハッキリと真宵に向かって歩みを進めていた。
「ん? なんだ?」
真宵も相手の行動に気付き、足を止める。その人物は真宵の前に立ち止まり、一礼した。
「……初めまして、ですかね。死乃塚真宵さん」
「あたしが見えてるってことは、何者なのかな?」
真宵は警戒しながらポケットに手を突っ込み、臨戦態勢に入る。これで臨戦態勢だとわかる人は少ない。少なくとも、『死乃塚』真宵を知る者だけだ。
「自己紹介がまだでしたね。私は那由多と申します。……えっと、過去にドッペルを追い詰めた軍人、です」
真宵はヨミの言葉を思い出す。この人がそうなのかと思うと、いろんな感情が混ざり合って、何から話せばいいかわからず、声が出なかった。
「死乃塚さんの言葉は冥王様から聞きました。私たちを救っていただいて、ありがとうございました」
「あ、ああ。それな! 気にすんなって!」
真宵は冥界でヨミに言ったことを思い出す。かなり感情任せに言ったこともあり、めちゃくちゃ気恥ずかしい。
「無事にドッペルを捕まえたら、ぜひ宴の席には参加しますね」
「おう、盛大にやるつもりだからよろしくな!」
真宵は積もる話はその時でいいやと、問題のドッペルについて質問してみた。
「それでさ。ドッペルなんだけど、全然手がかりがなくって困ってるんだ。最初見たときの様子を教えてくれないか?」
「わかりました。私がドッペルを見たのはたまたまなんです」
コホンと咳払いし、那由多は語り出した。
「もう二週間ほど前になるでしょうか。地上のパトロールをしていると、死乃塚さんを見かけたんです。最初は冥王様の許可を取って地上に来たのかと思いましたが、冥王様に報告するとそうではないらしくって。だから私が見たのはドッペルだろうと思いました」
「ちなみにどこで見かけたんだ?」
「死乃塚さんの家の周辺です。一人で家に入っていったんで、やっぱり家族のことが気になるのかなって」
真宵はぎょっとした。篠塚家にはドッペルがいた形跡はなかった。それなのに家に入っていったとなれば、家族が危ない可能性が出てくる。
「おいおい、マジかよ……」
「なので、冥王様にも篠塚家周辺でドッペルが潜んでいるのかもと進言したのですが……。いなかったのですか?」
確かにヨミから言われて転送した先は、篠塚家だった。それは那由多の進言もあってそこになったのだろう。決して真宵の家族の安否の確認をさせてくれているだけではなかったのだ。
話を聞いた真宵は急いで篠塚家へ向かおうとした。
「ありがとな! 情報提供感謝するぜ!」
「いえ、お役に立てたなら光栄です。本当は私も行きたいのですが、私にも任務がありまして……」
那由多は申し訳なさそうに顔を伏せた。
「問題ないぜ! お互い、自分のやるべきことをらろうぜ!」
「死乃塚さん……。はい! 私も頑張ります!」
那由多の元気な声を聞き、真宵は全力で篠塚家へ向かった。