第四章
それからは二人とも冥界まで無言だった。
冥界に戻ってからはすぐに冥王城へ向かうことに。事前に知らせていたからか、ヨミが待ち構えていた。
「おお! 真宵、忌玖。よくぞ無事で」
「楽勝だぜ!」
「もったいなきお言葉」
その後、百目のシンについての報告を終え、ドッペルの件に話題が移る。
「――そうか。ドッペルの存在は確認できなかったか」
「ホントにあたしに成り代わってるのかなってレベルで影も見えないぜ」
真宵が愚痴を吐くが無理もない。家にも家族にも特に影響は出ていないのに、自分に成り代わっているという報告だけがあるばかりだ。
「そもそも、どっからの情報なんだ? あたしに成り代わっているっていうのは」
ヨミは怪訝な顔をしながら、聞いたことをそのまま真宵に伝える。
「実は、地上をパトロールしている冥王軍の一人じゃ。信頼できる筋からの情報ゆえ、間違いはないと思うんじゃが……」
うーん、と唸るヨミ。真宵は気になったことを聞いてみる。
「その信頼筋の人っていうのはあたしを知ってるのか? あたしは軍関係者と知り合いはいないはずなんだが」
真宵の問いに、ヨミは即答する。
「それはそうじゃろう。なんせその者は、過去に真宵に成り代わったドッペルを追い詰めた死神じゃからな」
「えっ、あたしの時に?」
真宵の記憶ではヨミが助けてくれたと思っていた。しかし、ヨミはたまたまその場にいて魂だった真宵を冥界人として迎えてくれたに過ぎなかった。ドッペルを追い詰めた死神という別の冥界人がいることに、真宵は三年間も知らないままだった。
「なら言ってくれよ! お礼も言いたいし、会って話がしたい」
真宵の言い分ももっともだ。命こそ助からなかったが、ドッペルを追ってくれている人物を知っておきたいというのは自然なことだろう。
「それがの。あやつは真宵に負い目を感じておるんじゃ」
「負い目? なんでだよ」
ヨミは言いよどんだが、真宵の真剣な目に押されて、当時の真実を教えてくれた。
「あの日、ドッペルが出現したと報告があった日。ドッペルは追い詰められていた」
雨が降る街で、ドッペルはこのままでは冥獄行きだと焦っていた。しかも、一度乗っ取りを失敗しており、それを邪魔したのが冥王軍だった。
なんとしても乗っ取りを成功させ、成り代わることで現地人となり干渉できないようにさせようと企んでいた。そんな中、ターゲットにされたのが真宵だった。いつものドッペルのやり方より雑な方法で乗っ取りを行おうとした結果、真宵は乗っ取られる前に商機を取り戻しかけた。そうなればドッペルはまた失敗することになる。そうなれば間違いなく後がなくなる。そこでドッペルは強引な手を使った。それは、真宵に対して強力な催眠をかけること。本来、ドッペルも乗っ取る相手の体は大切に扱う。ゆえに、強力な催眠は脳へのダメージが激しいため、乗っ取りに成功しても思考がまとまらないという危険があった。それでもこれで終わりならと背中を後押しした状況にあり、結果として真宵は本来のドッペル相手なら逃げることができたかもしれなかったが、強化催眠により正気を失い、乗っ取られてしまった。
「――これが当時の真実じゃ」
ヨミから語られた真宵の過去。それは言ってしまえばとばっちりである。冥王軍がしっかりドッペルを捕まえていれば。ドッペルが真宵を狙わなかったら。いくつもの偶然の上に、真宵の犠牲はあった。
「これは完全に冥王軍の落ち度であり、ひいては軍を従えておるわしのせいじゃ。すまんかった」
「冥王様!?」
ヨミは深々と頭を下げる。それを擁護できない忌玖はヨミに駆け寄り、頭を上げるように説得する。しかし、ヨミは頭を上げない。
「ずっと思っておった。わしが不甲斐ないから、真宵に不憫な生活を強いたのではないかと。いっそ魂を転生させて新たな生を歩ませようとも思った。じゃが、真宵の人生を真宵に決めてほしかった」
真宵はずっと無言で、ヨミの話を聞き入っている。真実を知り、これからどうするか、ヨミの言うとおり今後の人生をどう生きるのかを考える。
「真宵。お主はどうしたい? わしに何をしてほしい?」
ヨミの姿は、見た目どおりの幼子にしか見えなかった。悪いことが見つかって親に怒られるかもとビクビクしている子どもの様。そんなヨミに、真宵は歩み寄りしゃがんでヨミの目を見た。
「ヨミちゃん。あたしはドッペルを捕まえるよ。それがあたしのやりたいこと。そんでヨミちゃんにしてほしいことは、その手助け。以上!」
カラッとした声に、ヨミは目をパチクリとさせていた。
「それでは、わしらの罪が――」
「ヨミちゃんに罪なんてあるわけねえだろ」
ヨミの言葉を遮り、強い言葉で割り込む。
「人間だった時もニュース見て思ってたことがあるよ。殺人犯が逃げてさらに殺人が起こって警察が責められるやつ。あたし、あれが大嫌いでさ。どう考えても悪いのは殺人犯なのにニュースやネットでは警察を無能呼ばわりしてさ。誰のおかげで日本は平和だってんだよな。そういう人が頑張ってるから、平和になる。それでも平和を乱すやつっていうのはいつだって出てくる。しょうがないじゃん。みんなが同じってことはないんだしさ」
「真宵……」
ヨミも、忌玖も真宵の話を聞いてくれる。今だから、真宵の想いを全部ぶちまけちまおうと考えて、次から次へ言葉が止まらない。
「ドッペルにしたって、あたしが狙われてなきゃ別の誰かが犠牲になってた。あたしは、言い方があってるかわかんねえけど、よかったと思てる。自分ならいいやって。朝霞が犠牲になったら、あたしは絶望してたね。朝霞には悪いけどさ」
ははっと笑う真宵。ヨミは今にも泣きだしそうで、だから真宵はわざとらしく明るく振舞う。
「ドッペルが今何をしようとしてるのかはわかんねえ。でも、また誰かの人生が終わるっていうなら、その前に止めたい。止めてあげたい」
真宵は、心の中で腑に落ちる。自分は敵を討ちたいんじゃない。犠牲になるかもしれない人が、誰かのせいにして新たな『平和を乱す人』になるのが嫌なんだと。信じるなんていうのは、こっちの押し付けだ。その人がどうしても許せないっていうなら、外野は何も言うべきではない。それこそ応援すべき人に心無い言葉をぶつける可能性もあるだろう。それはヨミを傷つけるし、真宵はそれを許さない。そこには新たな争いの火種が蒔かれ、真宵と衝突する未来もあるかもしれない。そうなる前に、ドッペルを止める。
「だからさ。今までどおりおちゃらけてくれよ。苦いコーヒーで顔をしかめて、砂糖を要求して、仕方ないなあって言いながらご馳走させてくれよ。そういう関係性が、あたしは好きだぜ」
思いの丈を言い切った真宵は、自然と笑みがこぼれていた。その空気を読んでくれたのは忌玖だった。
「真宵の言うとおりですよ。冥王様が気に病むことはありません」
「しかしじゃな……」
「むしろ、わざと苦いコーヒーを出していたとは、これは不敬罪で冥獄行きでは?」
「おい、バラすなよ。あたしの密かな楽しみなんだぜ?」
真宵が忌玖の計画に乗り、わざと茶化して見せる。
「馬鹿は死んでも治らないとは言いますが、本当みたいですね。付ける薬もないとなると、もはやなす術無しでは?」
「毒舌に効く薬はあるぜ。あたし特製の激辛カレーだ。今度食わせてやるから覚悟しろ」
「結構です。あなたに料理ができるとは思っていません。むしろ、わたくしが本物のカレーを馳走させていただきます」
「ほーん? じゃあドッペルを捕まえたら忌玖はカレー、あたしはコーヒーを用意してパーティーと洒落込もうじゃねえか」
「いいでしょう。受けましょう、その挑戦」
相変わらず火花飛び交うやりとりが繰り広げられる。それに我慢できなくなったのは、ヨミだった。
「っぷ、っぷふふ。わーはっっは! 参った! わしの負けじゃ!」
ようやくいつもの調子を取り戻したヨミに、二人は安堵する。
「まったくこのたわけどもが。ちょーっとセンチメンタルになったらすぐ言い合いになりおって。もっと仲良くせい」
「へーい」
「仰せの通りに」
二人は相変わらずの反応で、その場は収まった。
「あ、あとドッペルを追い詰めたっていう人! 心の整理ができたらウチに来るように言ってくれ。飲み会に強制参加だぜ」
ヨミは微笑みながら承諾した。
「じゃあ、あたしらはもっかい地上へ行きますかね」
真宵が転送装置へ向かおうとした足を、忌玖が止める。
「お待ちなさい。何か忘れてませんか?」
「おん? なんか忘れてたっけ?」
忌玖は冗談抜きの虫を見る目で真宵を軽蔑する。
「なんだよ。報告は終わったし、冥界にもドッペルの出没情報はない。なら、千世さんのとこに戻って情報収集すべきだろ」
「弾なしでですか?」
真宵は「あっ」と完全に失念していたことを思い出す。
「なんじゃ。あの弾はもうないのか?」
「実はそうなんだぜ」
なぜなくなったのかは、あえて伏せた。忌玖に撃ったのが最後だと知ったら、ヨミは呆れてさっきの涙を返せと言ってくるだろう。
「ちょっと待て。まだストックはあったはずじゃ」
「え、冥王様が保有しているのですか?」
忌玖は初耳だという様子でヨミを見る。
「ああ、あの弾の素材はな。実はシンなんじゃよ」
「シンが弾の素材?」
忌玖が気になる様子だったので、真宵から説明する。
「あたしには霊力を使って強力な武器を生成することはできないからな。ほかの要素で補うしかなかった。そこで目を付けたのが投獄中のシンだ」
「シンは冥王様の元、管理され――、なるほど、だから冥王様に確認を取ったのですか」
真宵はコクンと頷く。
「勝手に拝借するわけにもいかないからな。長い投獄生活で廃人同然になったシンを利用させてもらってる」
「シンを倒すための武器はシンだったと。これ以上ない皮肉ですね」
確かにそうだろう。シンを倒すのは、別のシンだ。悪いことをしたやつは、同じ罪を背負った者をぶつける。真宵的には因果応報だと思っている。
「そんなわけで二、三発は欲しいぜ」
「わかった。手配しておこう」
こうして準備を着々と進めていく。万全を期しても捕獲できるかわからない。備えはあればあるだけいい。真宵は一旦、弾の補充のため自宅へ帰ることに。そこで思い出したことがまた一つあった。
「家ぶっ壊れたままじゃねーか!」




