第二章
一先ず騒動は収まり、真宵と忌玖は地上への転送装置のところまで来ていた。
というのも、ヨミの情報でドッペルは真宵に成り代わっているらしいとのことで、地上へ向かわなければいけなかった。
「これが転送装置か。前に家族に会いたいってヨミちゃんに泣きついても許可が下りなかったっけ」
「それはそうでしょう。転送装置をむやみに使うのは冥法違反です」
これには理由があった。
『死者は生者に影響を与えて花入らない』
これが冥界の理念だった。ゆえに冥界人や元人間の真宵であっても、おいそれと許可は下りない。しかし何事にも例外はある。例えばシンだ。無理やり地上との通路を開け、生者にいろんな影響を与えてしまう。そのため、シンは即拘束の対象となっていた。
「しっかし、久しぶりのわが家か」
「緊張でもしているのですか?」
「そんなんじゃねえよ。ただ……」
「ただ、なんです?」
緊張、とは違う感情だった。ただ、どう言葉にしていいかわからず濁す。
「とりあえず行こうぜ」
真宵は転送装置を起動させる。ヴォンという音とともに真宵と忌玖がスキャンされる。
「対象ヲ確認。二名ヲ地上ヘ送リマスカ?」
機械音声にアナウンスされ、真宵はオーケーボタンを押す。
「冥王ノ許可ヲ確認。コレヨリ転送ヲ開始シマス」
視界が明るくなっていく。目の前が真っ白んみなったと思ったら、急に無重力に支配される。
「うおっ! これ、大丈夫なのか?」
「心配ありません。わたくしも過去に使用したことがありますが、しばらくすると地上です」
忌玖が淡々と説明してくれる。しばしの無言タイム。真宵は気まずさを感じ、何か話題を探そうとしたが、また視界が明るくなっていき、次の瞬間真宵たちは地上に到着した。
「ここは……」
真宵の目の前には、かつて当たり前の存在だった家があった。表札には『篠塚』と書かれている。
「何をしているのです?」
「え? あ、あぁ……」
忌玖に言葉をかけられ、我に返った真宵は頬を軽く叩いて気合を入れる。
「よし! 行こうか!」
真宵は元自宅の玄関を開けようとし、すり抜けた。
「ぬおっ!?」
その後ろから忌玖が堂々とドアをすり抜けて入ってきた。
「何をしているのです?」
「いや、すり抜けるのかよ!?」
忌玖は小さくため息をついた。自分は知ってますよと言わんばかりの態度に、真宵は若干イラっとする。
「冥界人は、地上の物に基本的に干渉できません。そのため壁などはすり抜けます」
「じゃあここに立ってるのはどういうわけだ?」
「それは立っているように錯覚しているだけです。実際には霊力で足場を作ってそれを踏んでいるだけですよ」
しかし、真宵は霊力を使って足場を作った覚えはない。不思議そうに足元を見ていると、忌玖がコンコンと地面を突く。
「人間の本能なのでしょうね。ここから落ちるわけがないと感じると、無意識に足場を作るみたいです。でも、ほら」
忌玖は無意識ではなく、意識的に足場を作り、見えない階段を上っていく。
「おお、スゲー」
真宵もこれには感嘆の声が上がる。真似してみようと練習してみた。
「こんな感じか?」
忌玖ほどスムーズではいないが、足場の作成に成功した。
「やったぜ!」
真宵は、初めて霊力での足場作りにはしゃいでいた。
「遊ぶのは結構ですが、本来の目的もお忘れなきよう」
忌玖から指摘され、子どもっぽかったかと反省し、改めて家の中を探索していく。これだけ騒いでいても家から反応がないということは、家族は外出中なのだろうか。
「こっちでは何時なのか確認しようぜ」
そう言って真宵はリビングに行く。静まり返った部屋で、時計だけがカチッ、カチッ、と動いていた。外は明るかったため、現在は午前の十時半。
「お父さんは仕事だな。お母さんもパートか。んで、朝霞は学校だな」
「朝霞、とは?」
「妹だよ。あたしの」
真宵は懐かしい顔を思い出していた。よく笑う、自分とは真逆の大人しい性格の女の子。真宵が高校二年生で、朝霞が中学三年生だった。真宵と同じ学校へ行きたいと言っていたが、結局どうなったか真宵にもわからなかった。
想いにふけっていると、他の部屋で物音がした。ドッペルかと思い、真宵は無言で忌玖を見る。忌玖もコクンと頷き、警戒を強める。その時、不意にリビングのドアが開かれた。そこにいたのは、朝霞だった。
「朝霞……」
真宵は思わず声をかける。しかし、声すら届かないようで真宵を見ることはなかった。
「……ははっ。わたしより背が伸びちゃって。しかもその制服、あたしと同じ学校か」
真宵は、大人びた朝霞を見て目に涙を浮かべる。成長した朝霞は真宵が知っている背中に隠れる女の子ではなく、立派な大人の風体をしていた。しかし、朝霞の表情は明るいものではなく、むしろ暗かった。
「お姉ちゃん……」
朝霞はリビングにあった真宵とのツーショット写真を見ていた。
「……姉想いのいい妹さんですね」
忌玖は茶化すでもなく、思ったことを呟いた。
「……まあな。だからこそ、心残りでもあったんだ」
朝霞は少しシスコンの気があったので、真宵がいなくなった後落ち込んでいないか姉としては心配だった。その予感は的中しており、朝霞は以前の明るさを失っていた。
「さて、行ってきます」
朝霞はそう言うと、リビングを出て出かけて行った。おそらく部活だろう。その証拠に、楽器ケースを担いでいった。
「さて、それじゃああたしの部屋も確認するか」
「妹さんはいいのですか?」
忌玖が気を使ってくれたことに、真宵は少し驚いた。結構な毒舌でやりあったから、嫌われているのかと思ったからだ。
真宵は首を横に振って自分の部屋の方を見る。
「いいんだ。無事ならそれで。それより早くドッペルを捕まえないと逆に朝霞が危ないだろ」
忌玖はそれ以上言葉にしなかった。二人は真宵の部屋へ行くことに。真宵の部屋は二階にある。というか二階は真宵、朝霞、両親の部屋しかない。ドッペルが勝手に使うとしたら真宵の部屋だろう。真宵の意考えでは、朝霞や両親の部屋が使われている可能性は低いと見積もっていた。理由は、ドッペルが真宵に成り代わり、家に居座っているなら朝霞の態度はおかしい。死人が生き返ったように見えて動揺した後、ドッペルに取り入られて明るさを取り戻しているからだ。それがない以上、真宵に成り代わっているが真宵の家を活動拠点にしていないと踏んでいた。とはいえ、知らない間に部屋くらいは漁られているかもしれない。だから調査が必要だった。
真宵の部屋に入ると、真宵が死んだ当初のままだった。ホコリなどはなく、定期的に掃除はしてくれているのだろう。ただ、私物は当時のままである。
「こりゃ、ドッペルはここには来てないっぽいな」
「そうですか? 結構物が雑に扱われていますが」
忌玖は椅子に掛けっぱなしの部屋着用のパーカーに視線を送る。
「悪かったな。そりゃ前からだよ」
忌玖はやれやれとため息をつく。
「まったく。メイドとしては看過できませんが、良しとしましょう。どうせ干渉できませんし」
「こいつ……」
確かに真宵はキチンと整理整頓するタイプではない。とはいえ、外見には気を付けている。その証拠に仕事着はオシャレだし、インテリアもかわいいぬいぐるみなどを置いていた。行動すべてが雑なだけなのだ。
「しかし、手がかりがありませんね。どうするんです?」
忌玖に促され、しばし考える。家はとりあえず無事。ならドッペルはどこにいるのだろうか。前提として、ドッペルは今真宵になっている。つまり真宵が普段行きそうな所は逆に知り合いに見つかって指摘される恐れがある。しかし、乗っ取るために聞いた声だと安心し、乗っ取られやすい。なので真宵が行きそうで人気がないところ、あるいは人混みが多くて雑多なところにある。範囲が広すぎだ。
「とりあえず行動しないと情報も集まんねえな。とりあえず学校にでも行ってみるか」
真宵たちは篠塚家をあとにして母校へ向かうことに。
真宵の通っていた学校までは徒歩で四十分くらいで着く。それまでに商店街を抜けていくのだが、結構にぎわっていて真宵は驚いた。
「あれ? 今日はなんかあんのか?」
「なにかある、というより今日は土日なのでは?」
そういえば時間は確認したが曜日までは調べていなかった。というか朝霞が昼前に出かけたことを、もっと考えるべきだった。
「確かに土日だとこんな感じだな。ドッペルってあたしたちが見えるんだよな? なら、視線が合ったやつを調べていくか」
そう言って真宵たちは商店街を歩き回る。誰も真宵たちを認識しない。たまに正面からそのまま向かってくる人を、ぶつからないのによける動作をしてしまう。
「こんだけ人が多いと気が散るぜ」
「それはそうですね。ですが、だからこそドッペルが紛れ込んでいても不思議ではないでしょう」
「確かにな」
人ごみにいる自分探しなど、難易度が高いものになる。ひとりひとりに意識を向けられないからこそ、自分が紛れても見落としてしまう可能性がある。
真宵は辺りを警戒しながら商店街を抜けようと歩を進める。
「――あれ? あの人……」
「どうかしましたか?」
真宵は一人の女性を見つめた。というか、見つめあっている。
「あいつ、あたしに気付いてる?」
「おかしいですね。ドッペルは今、あなたに成っているのでしょう?」
真宵たちの考えがまとまらないまま、件の女性からこっちに近づいてくる。
「……ドッペルだったら、わざわざこっちに来ると思うか?」
「それはないでしょう。わたくしなら一目散に逃げます」
二人の前にピタッと立った女性は、怪訝な顔をしながら真宵たちを見つめた。
「……驚いた。あんたら、もしかして死人?」
真宵は忌玖と顔を見合わせる。
「……そういうアンタはナニモンだ? 普通の人間は、見えないはずなんだが」
真宵の言葉を聞いて、女性はぱあっと顔を明るくした。
「やっぱり! ねえねえ! 死人ってことは死後の国とかあるの? それとも地縛霊? いや、それにしてはここらへんで殺人とかあったっていうニュースは聞いたことがないし……」
「おいおい、質問してるのはこっちだぜ」
真宵は、いざっていう時のためにポケットに手を入れる。
「ああ、ごめんなさい。わたしは鬼ケ原千世。ただのOLよ」
女性、鬼ケ原千世は自己紹介して身分を明かした。だが、ただのOLなら真宵たちを見ることはできない。真宵は警戒を解かずに半歩後ろに下がった。
「あ、君たちが見えることよね。わたし、霊感が強いんだ」
「霊感?」
真宵は自分が冥界人だというのに、変なものを見る目で千世を注視した。
「大丈夫でしょう。霊感うんぬんも、本当だと思いますよ」
忌玖が警戒を解いて一礼する。
「わたくしは九曜忌玖。こっちは死乃塚真宵。別け合って冥界より地上に来ています。このことは、どうかご内密にしていただけると助かります」
「おい、勝手に自己紹介してんじゃねーよ」
忌玖は真宵を無視したまま千世を見つめる。千世はいやらしい目で真宵たちを舐め回す視線を送ってきた。
「やばいぞこいつ。あたしの直感がそう言ってる」
「物珍しいものを見ると、人は高揚するものですからね」
「そういうレベルじゃない気がするんだが……」
千世はニコっと笑うと指をピースにした。
「それは、こちらの要望を受け入れてくれると?」
忌玖が確認するが、千世は首を横に振った。
「いんや。条件が二つある」
「条件?」
面倒ごとに巻き込まれたな、と真宵のこれまでの仕事の経験からそう思った。
「一つ目。あんたたちを取材させて! 大丈夫、どこにも情報は出さないから! わたしが知りたいだけだから!」
千世は忌玖に顔をずいっと寄せる。さすがの忌玖も、視線を逸らしながらしょうがないと言った様子で頷く。一方千世は満面の笑顔だった。
「じゃあ二つ目! 最近、職場で視線を感じるっていう社員が多いのよ。ほら、わたしは霊感があるから、たまにそういうことがあっても幽霊を見つけてなんとかしてきたんだけど、今回はどこにもそれらしいものがいなくって困ってるのよ。だから調査に協力して」
要は職場にある謎の視線の究明の依頼だ。しかし、真宵たちにはドッペル捕獲の件がある。真宵は忌玖に相談することにした。
「どうする? 正直、ドッペルとは無関係そうだけど」
忌玖はしばらく考えをまとめていた。
「引き受けましょう」
忌玖から出てきたのは、意外にも依頼を引き受けるものだった。
「マジか。メリットがないぜ」
「メリットならあります。正直、我々だけでは情報収集に限界があります。なので、現地の人間に協力してもらいましょう」
「利用されるだけじゃなくって、こっちも利用しようってことか」
忌玖はコクンと頷く。
「幸い、一件目の依頼である取材。あれはわたくしたちに興味があるということ。ならば、この程度の交換条件は引き受けてくれるでしょう」
「それは、確かにな」
真宵は本当に大丈夫か心配だったが、他に選択肢もないため引き受ける旨を千世に伝えた。
「ありがとー! それじゃあまずは取材だね」
「取材もいいが、こっちの条件も忘れんなよ」
「わかってまーす」
紆余曲折合って、真宵たちは千世の自宅へ向かうことにした。
千世の自宅は、当初向かおうとしていた真宵の母校の近くにあるマンションの一室だった。ワンルームの普通の部屋。廊下にキッチンと、その向かい側に風呂とトイレ。廊下を渡った先に六畳ほどのワンルームが広がっていた。シンプルな構造で、なんの変哲もない部屋だが、テーブルを埋めつくしている、大量のお酒の空き瓶が嫌でも目についた。
「正直、ダメな大人の一人暮らしのリアルを見たって感じだ」
「失礼ね。これでも綺麗にしてるつもりよ?」
「どうしてわたくしの周りには掃除ができない人ばかりが……」
三者三様の意見が飛び交い、千世は座椅子に座った。
「悪いわね。来客なんて基本的に考えてないから座布団とかないわ。適当に座って頂戴」
真宵は千世の正面に座り、忌玖は立ったままだった。千世はクスっと笑い、メモ帳を開く。
「それじゃあ早速だけど、よろしくね」
真宵は「へーい」と適当に返事する。
「まずは、あの世って存在するの?」
質問に対して、真宵から答えることはない。すべて忌玖が担当することにした。冥界のルールとして言っていいラインは、忌玖のほうが確かだからだ。
「あの世、と言うべき世界は存在します。我々は冥界と呼んでいますが」
「冥界ね。それじゃああなたたちはやっぱり幽霊?」
「いいえ。基本的に冥界に住む者を、冥界人と呼んでいます」
「冥界人ね。いいねいいね!」
真宵には、何が楽しいのかわからず余計なことをしないか千世を見張っている。
「それじゃあ、冥界人はこうやってこっち……、生きてる世界によく来るの?」
「いいえ。冥界人は原則、地上との接触は禁じられています」
そこで千世は「あれ?」と首をかしげる。
「わたしはいいの?」
そこで忌玖は弱めの殺気を出しながら目を細めて圧をかけた。
「もちろんダメですよ。だから、他言無用といったでしょう?」
「そ、そうね……。約束は守ります……」
小さくなって丸くなる千世を見て、真宵はふんと息を鳴らす。怖いもの見たさで首を突っ込んだしっぺ返しの大きさは、自分がよく知っているからだ。
「で、では次に、あなたたちの目的は?」
忌玖の肩がピクッと震える。警戒レベルを上げた証拠だ。真宵もどこまで踏み込んでくるのか。それに忌玖はどこまで応えるのか気になった。
「……忌玖?」
長い沈黙に、真宵のほうが心配になり声をかける。
「……失礼。目的は伏せさせていただきます」
「そ、そう……」
明らかに残念そうにしている千世。とはいえ、本当のことを言ってパニックになられても困る。その時は約束を反故にして危険だぞと言いふらす恐れがあった。
「とはいえ、これだけは言っておきます。冥界や地上には悪い幽霊、通称シンと呼ばれる存在がいます。その調査のために来た。わたくしが言えるのはここまでです」
「シン……」
ドッペルはとりわけ危険なシンだ。他人に成り代われるということは、信頼していた友人が実は危険人物になっていてもわからないということだからだ。
「じゃ、じゃあさ。わたしの職場で起きている謎の視線。それってシンが犯人だったりする?」
千世の考えに、忌玖はまっすぐな目で返答する。
「可能性はあります。もちろん、人間の犯行の線が一番濃厚ですが」
「でも、盗撮や盗聴は調べたよ? でも、それらしい機械は出てこなかった」
それについては真宵が答える。
「わかんねえぜ? 最近ではわかりにくくするガジェットが多いからな。シンよか執念深いストーカーのほうが怖い可能性もあるぜ。よく言うだろ? 人間が一番怖いってな」
「それは……」
千世も人間の怖さを知っている側なのだろう。それ以上追及してくることはなかった。
「とはいえ、本当にシンが関与していないかの調査はするつもりだぜ。無関係だけど、聞いた以上は無視できないしな」
「死乃塚さん……」
「真宵、でいいぜ」
真宵はウインクしながらニカっと笑う。少し安心したのか、千世もほっと一息つく。
「会社って次はいつ出社なんだ?」
「うちは土日休みだから、次は月曜日よ」
「じゃあ、月曜日まではこっちの用事を優先させてもらうぜ」
「それで構わないわ」
「よし、それじゃあ視線の謎は、この冥探偵・死乃塚真宵が引き受けた!」
真宵は立ち上がり、ドッペル調査のため出ていこうとする。部屋を出る直前、真宵は立ち止まりくるっと反転する。
「じゃあ、また夜になったら来るぜ」
「え? 依頼は月曜日からよ?」
真宵はチッチッチッと指を振りながら悪い顔をする。
「協力してもらうって言っただろ? いちいち冥界に帰るのも面倒だから、しばらくここを活動拠点にさせてもらうぜ」
千世は目を見開きながら反論する。
「ちょっと! 聞いてないわよ?」
「言っただろ? 協力してもらうって」
「ええ、聞き込みとか情報収集とか、そういうのでしょ? それは了承したけど、拠点うんぬんは聞いてないわよ?」
真宵は千世に意趣返しとばかりに顔を近づけて言い放った。
「いいのか? 断るとこわーい冥王様からどんな仕打ちをさせるのか……」
「め、冥王!?」
真宵は自分を抱きしめるようにしながら、空を仰ぐ。
「冥王様は怖いぞ? から揚げにレモンをかけたり、何がとは言わないがキノコを推していたりするあたしだが、冥王様を怒らせることだけはしねえ。命がいくつあっても足りないかなら」
千世はゴクリと生唾を飲み込む。顔は青ざめ、若干震えてすらいる。
「そんな冥王様が、もし! 万が一! 千世さんのせいで特命が失敗したら……。きっと罰はあたしだけじゃ済まないだろうなあ?」
完全にビビらしにいった真宵の思惑は、無事成功した。千世は、この場にいる誰よりもプリティな冥王を勝手に恐怖の大魔王と勘違いし、結果押しに屈したのだった。
それだけ言い残して街の調査に戻った真宵に、忌玖から出会った時のような毒を吐かれた。
「まったく。言いたい放題でしたね」
「終わりよければすべてよしだぜ」
真宵は悪びれもせずにガッツポーズする。
「どこの冥王様が怖いのですか?」
「ヨミちゃんも怒らせたら怖いんじゃね? 知らんけど」
真宵は、この場にいないヨミが今頃くしゃみでもしているのではとか考えていた。
「冥王様はどこまでもお優しい方ですよ」
「だろうな。知ってる」
真宵の言葉に嘘はない。ヨミは優しい。実際、真宵はヨミが怒ったところを見たことがない。だから日を追うごとに舐めた態度が大きくなっていったのだが、それでもヨミは真宵を咎めなかった。
「……それに、さりげなくあだ名に戻ってるじゃないですか。鬼ケ原さんの前では冥王様と呼んでいたのに」
「そりゃ、冥王って肩書だけ聞くと怖くね?」
これも、知らないから恐怖を生むのだ。ヨミに会えば千世も戸惑い、その愛らしさに惚れ込むかもしれない。
「鬼ですか、あなた」
「鬼はあっちだぜ。『鬼』ケ原千世」
真宵は手で鬼の字を書く。
「まったく……」
「不満か? 拠点をこっちで構えることに反対しなかったから同罪だぜ」
「それについては咎めていません。むしろ好都合でしょう」
「なら、問題ないな!」
真宵は胸を張り、えっへんと鼻息を荒くした。
「……あなたという人物がどんどん理解していきますよ」
「そりゃ結構だな。理解した上でサポートよろしく」
真宵の銃を防いだ時は涼しい顔をしていた忌玖だが、ここにきてかなり疲れた表情を見せた。