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冥探偵・死乃塚真宵の迷走  作者: 身陰とろ
プロローグ
2/6

第一章

 死乃塚真宵しのつかまよいが最後に夏を経験してから三年が経った。

 四季のない冥界の生活にも慣れてきてきたと言える。

 自宅兼事務所のソファに腰掛けながら、真宵は日課のニュース番組を眺めていた。

 真宵は冥探偵だ。探偵である以上、情報収集は欠かさない。

そんな真宵だが、お年頃の女の子らしいピンクのプルオーバーパーカー、下に黒のホットパンツに白いスニーカーというストリート系のスタイルに身を包んでおり、およそ探偵らしい恰好とは言えない風体をしていた。

ニュースでは特に関心のない内容が続き、あくびを噛み殺しながら退屈しのぎに自慢の長い金髪をいじって遊ぶ。

「続いてのニュースです。また『シン』が不穏な動きを見せているとの情報が入りました。これに冥王様は、詳しい内容は情報の精査が終わってからコメントすると発表しました」

 テレビから流れてきたニュースに、真宵の手が止まる。

「これは……、事件の匂いがするぜ」

 さっきまでの余裕はなく、口をへの字にしながら詳しい内容を聞こうとしたその時。

 コンコン。

 ドアがノックされる音が鳴る。

「真宵よ。死乃塚真宵。おるのか?」

 真宵は、声のするドアの方を一瞥しながら「開いてるぜー」とぶっきらぼうに返事する。ギィ……、という重苦しい音とともに扉は開かれ、現れたのはさっきニュースで見た冥王その人だった。

「邪魔するぞい」

「冷やかしなら帰ってほしいもんだぜ」

 冥王、つまり冥界の王相手に真宵はため息交じりに皮肉をぶつける。全員真宵みたいかというと、そんなことはない。普通はビビるし、頭を垂れる。

「まったく……。一応冥王なんじゃがな、わし」

「知ってるぜ。むしろ冥界でヨミちゃんを知らねえやついねえだろ」

「ヨミ、と呼ぶのもちゃん付けするのもお主だけよ」

「可愛いからいいじゃん」

 真宵はヨミに抱き付きながらヨミの頭を撫でる。ヨミはされるがまま大きなため息を吐いた。

「かわいくていいことなどないわい。冥王としての威厳が欲しい……」

 冥王ことヨミの容姿は、よくて小学校高学年くらいである。冥王の証である派手な刺繍があるマントを羽織っていなければ冥王だと気付かないくらいちんまりしていて、吊り目も相まってクソガキ感を醸し出していた。

「お主こそ、今日もかわいい服ではないか」

 ヨミが真宵の服に目をやり、真宵は自信満々にその場でくるっと一回転する。

「だろ? オシャレは女を輝かせるかなら」

「そんなに目立っては探偵としてやってけんだろうに」

 真宵はチッチッチ、と舌を鳴らしながら指を振った。

「探偵じゃなくって、冥探偵だぜ」

 ドヤ顔でベレー帽をくいっと上げる。それを見てヨミは頭を抱えた。

「まったく……お主は変わらんな」

「あたしはいつでも永遠の十六歳だぜ」

 真宵はふふんと胸を張る。冥王は呆れたのか、真宵の許しを待たずに家の中へ入る。

 ちなみに冥界では日本というよりは、アメリカやヨーロッパ圏の文化に近く、部屋は土足がスタンダードである。

 冥王は来客用のソファに座り、真宵は缶コーヒーを冥王の前に差し出す。

「……これ、苦くはないか?」

「あー? 試しに飲んで、苦かったら砂糖ぶち込んでシェイクすればいいんじゃね?」

 ヨミはゴクリと生唾を飲み込み、ちびっと缶コーヒーに口を付ける。

「……真宵。砂糖をくれんか?」

「やれやれだぜ」

 そういうことろが可愛いんじゃないかと真宵は内心思っていたが、口には出さなかった。それよりヨミがご所望の砂糖とラップを取りに台所へ向かう。

「シュガースティックは二本でいいか」

 真宵はビンに刺してあったシュガースティックとラップを持ってヨミの元へ戻る。そして缶コーヒーに砂糖を入れてラップをし、バーテンダーよろしくシャカシャカとシェイクした。

 ほどよく混ざったタイミングでラップを外し、再度ヨミに差し出す。

「これでどうだ?」

「う、うむ……」

 ヨミはまだ恐る恐るといった様子だったが、流石に甘くなったことを確認してからはほっぺが落ちそうな表情で満足していた。

「よし、じゃあ要件は済んだな。お帰りはあちらだぜ」

 そう言って真宵はドアの方を指さす。当然、ヨミの要件は単にコーヒーを飲みに来たわけではないことを真宵はわかっているが、絶対に面倒ごとだと勘が言っているため、全力で帰ってもらおうとした。

「たわけ。まだ用事は済んでおらんわ」

「チッ」

 全力の営業スマイルも無駄に終わり、諦めた真宵は覚悟を決め、ヨミの対面のソファにドカッと座る。

「それで? なんの要件なんだ?」

「お主も知っておろう。アレのことじゃ」

 ヨミはそう言って流しっぱなしのテレビに目をやった。真宵は「おや?」っと首をかしげる。

「あん? シンがなんかしたっていうニュースか? 詳しいことはまだ何も言ってないんじゃないのか?」

「そのとおり。じゃが、メディアに情報を流していないのは、お主に関係あることだからじゃ」

「あたしに?」

 真宵は目を細めて訝しげな顔をする。食いついたとばかりに、ヨミは不敵な笑みを浮かべた。

「今回のシンの事件。犯人はドッペルゲンガーじゃ」

「――っ!」

 真宵は思わず立ち上がり、言葉にならない声をあげる。自覚なく開いた口は塞がらず、手は強く握りしめてわなわなと震えていた。

「まあ落ち着け。と、言っても難しいかの」

「……いや、大丈夫だ。無関係じゃないことはわかった」

 真宵は諭されて一先ずソファに座りなおす。しかし、険しい顔は戻っていなかった。

「こやつを追って、冥探偵になったんじゃろ?」

「……ああ、そのとおりだぜ」

 真宵は元々ただの女子高生だった。しかし、ドッペルゲンガーによって体を乗っ取られてしまう。魂だけの状態になり、途方に暮れていたところをヨミに保護され、後天的に冥界人となった。なぜ自分が狙われたのか、真相を知りたい真宵は情報が欲しくて冥界にて「冥探偵」として日々生活している。

「ドッペルの手がかりは少なくての。こっちが気付くとすぐに別人に成り代わってしまうんじゃ」

「それが今回、脈アリだってのか?」

 真宵はずいっとヨミに身を寄せる。

「まあそうじゃ。なんせ現在成り代わっているのは、真宵の姿じゃからな」

「なっ! あいつ、性懲りもなくまーたあたしになってんのか」

「そういうわけじゃ。じゃからすぐにわかったぞ。だから急で申し訳ないが、ドッペルの捜査依頼を引き受けるなら今返事が欲しい」

 真宵は大きくため息を吐いて、感情を整えようとした。

 これはチャンスだ。ヨミが気を利かせて真宵に依頼を持ってきたのは、真宵がドッペルゲンガーに動機を聞き出したいということを知っていたからだ。断れば真相は闇の中なのは確実だろう。冥王軍が動いて、最悪そのまま処刑されるかもしれない。ならば、受ける以外の選択肢はなかった。

 真宵は自信満々に胸を張りながら親指を立てる。

「了解だ。この依頼、冥探偵・死乃塚真宵が引き受けた!」

「うむ、よろしく頼む」

 真宵はニカっと笑い、ヨミの手を握った。

「ところで真宵よ。わかっておると思うが、ドッペルゲンガーはシンじゃぞ。くれぐれも油断するなよ」

「わーってる。……シン。要は冥界出身のバケモンだろ?」

「まあ、そうなんじゃが……。普通の冥界人と違い、特殊能力を持っておる危険な存在じゃ。それに、ドッペルゲンガー以外にもシンがおるかもしれんしの。じゃから対策を講じてきた」

 ヨミはふふんと鼻を鳴らす。

「対策?」

「お主のボディーガード役じゃ。入れ!」

 真宵は誰のことかわからいまま、ドアがノックされる方を振り向く。ゆっくりと扉は開かれ、そこにいたのはメイドという他ない衣装を着た女性だった。見た目は真宵より二、三歳上といった感じだが、冥界人ならそれも当てにならない。なんせ、見た目幼女のヨミですら千はゆうに超えている。

ゆっくりとお辞儀した女性の一挙手一投足は、無駄がなく洗練されていた。

「初めまして。九曜忌玖くよういくと申します。冥王様のメイドをしております。お見知りおきを」

 丁寧にお辞儀した女性は、銀髪のショートカットがミリ単位で揃っていて、キレのいい吊り目は美しさすら醸し出す。服装にも乱れはなく、玄関に直立不動で立っていた。

「えっと……。とりあえず、中に入ったらどうだ? 突っ立っててもしんどいだろ」

「失礼します」

 真宵は、今まで会ったことのないタイプの人相手に珍しく緊張していた。とりあえずヨミの連れなのは確実なのだから、もてなさないわけにはいかない。真宵はヨミの隣の席に案内することに。

「とりあえず自己紹介しとくぜ。あたしは死乃塚真宵。冥探偵をしているぜ」

 真宵はパーカーのポケットからサングラスを取り出し、ビシッと自己アピールする。

「存じております」

 忌玖の一言に、真宵はそんなに自分の名が広まっているのかと思った。

「別にこの探偵事務所が有名なわけではありませんよ。冥王様の訪問先なので下調べしたまでです」

「あ、そう……」

 真宵は自分の考えていたことを先回りで否定され、落胆する。せっかくのサングラスも触れてもらえず、そっとポケットに突っ込む。

「それよりも、先ほどからの冥王様とのやりとりを拝聴しておりましたが、厚かましいことこの上ないですね」

「あんだと?」

 真宵は怪訝な顔をしながら忌玖をにらみつける。

「よい。真宵の態度はわしが許しておる。忌玖がどうこう言う問題じゃないぞ」

 ヨミが助け舟を出すが、忌玖は構わず真宵を責める。

「いいえ。たかだか一般市民が冥王様にため口など許されるわけがありません」

「ほぅ。じゃあその許されないあたしはどうなるってんだ?」

 忌玖の言葉に、真宵は不敵な笑みをこぼす。

「決まっています。教育するしかないでしょう」

「あいにく、勉強は嫌いでね」

「見ればわかります。なので馬鹿でもわかるように尽力します」

「そうかい。なら、徹底的に遠慮させてもらうぜ!」

 そう言うやいなや、真宵はまたポケットに手を入れる。そこからおよそポケットに入りきらないであろう、デコりまくったボルトアクションライフルを取り出し、忌玖に向けて瞬時に弾を撃ち込んだ。

 ドゴン! という銃声が鳴り響き、衝撃で家具が散乱する。

「やったか!?」

「やってどうする! このたわけ!」

 ホコリが舞い、忌玖の姿は確認できないが無事では済まないだろう。

「ボディーガードなんだろ? この程度でやられてちゃ、いても邪魔なだけだぜ」

「いらぬ心配、ありがとうございます」

「なっ!?」

 視界が晴れ忌玖の方を見ると、そこには大きな鎌が目に入る。これまたどこに収納していたのか、忌玖の身長くらいありそうな大鎌を手にしていた。

「まさか、斬ったっていうのか!?」

「そうですが、なにか?」

 忌玖の涼しげな対応に、真宵は唖然とした。

 全くの無傷である。それに斬ったという言葉は嘘ではないのだろう。その証拠に、忌玖の左右に弾の被害が広がっていた。

「てか、アンタどっから鎌を!?」

「その言葉、そっくりお返しします。ポケットに入るサイズではないでしょう」

 それからはお互いににらみ合いになる。そこにパンっという柏手が鳴った。

「そこまで! もういいじゃろ」

 ヨミが強制的に待ったをかける。忌玖は素直に従い、それを見た真宵もしぶしぶ銃をポッケに仕舞う。

「驚いたじゃろ? 忌玖は死神なんじゃよ」

「死神? そんなんいたのか」

 初耳とばかりに忌玖をジト目で見る。

「死神とは、冥界の特殊部隊のようなもんじゃ。指輪に霊力を流して瞬時に専用武器を具現化できる。基本的に、死神とわかりやすくするために武器は鎌にしておる」

 真宵は忌玖の持つ大鎌に目をやる。シンプルで大きな鎌。無駄な装飾がなく、忌玖の性格を表しているかのような印象を受ける。真夜がずっと眺めていたからか、忌玖は鎌を指輪に戻した。もっと細部まで見たかった真宵は内心「ケチ」と思いながらヨミへ質問する。

「んで? 死神って具体的に何するんだ?」

「組織だった行動が必要な場合は軍を動かすが、少数精鋭で密偵なんかを任せる時は死神を使う。要は適材適所じゃ」

 真宵はスパイや殺し屋を想像した。そう考えると、確かに死神っぽいなと思った。

「ま、とりあえず役には立ちそうだな」

「むしろわたくしが不安なのですが。あなたを護衛、ないしサポートを行うと思うと心労で倒れてしまいそうです」

 忌玖の売り言葉にカチンときた真宵は、ノータイムで買って出た。

「はぁ? 現状戦闘力しか認めてねえんだが? ドッペル見つけるっていう探索力はあんのか?」

「それはあなたの仕事でしょう。サポートに丸投げするのは、自身の能力のなさを告白しているようなものですが?」

「あーん? 賢そうな見た目に反して具体案のひとつもだせねえのかよ。脳に栄養がいってねんじゃねえのか?」

「失礼。食事はもちろん、生活リズムも管理しているので栄養は十分なんですよあなたと違って」

 忌玖の視線は真宵の胸に向かっていた。それに気づいた真宵は顔を真っ赤にしながら反論する。

「はぁん!? 胸も身長も足りねえって言いたいのか!?」

「むしろ何が足りてるんです?」

 真夜と忌玖の間で火花がバチバチと燃え盛っている。今にももうひと悶着ありそうな様子に、さすがのヨミも呆れ返っていた。

「それくらいにせい。お主ら、パートナーになるんじゃぞ」

「まだ認めてねえ!」

「まだ認めていません」

 真宵と忌玖の言葉がハモった。ヨミはやれやれと首を横に振った。


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