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最終話

 エドワードが深い絶望の中目を開けると、眼の前にアリシアがいた。


「ぁ……」


 何度やっても死んでしまったアリシアが、健在のまま彼の面前にいることに、エドワードはひどく安堵した。あまりに安心してしまった彼は、思わず手に持っていた()()()()をその手から落としてしまった。


「執行官! 何をしている!」


 情感の激昂する声が遠くに聞こえる。その声で、エドワードは自分の状況が把握できた。自分は()()()()()のだ。何度も時間遡行する前の、アリシアの一回目の処刑の日に。


 この日、自分がどうしようとしていたのかをエドワードはすべて思い出した。自分はこのままサーベルを振り下ろし、アリシアの首を刎ねる予定だった。エドワードは執行官であった。初恋の人の首を刎ねるという残酷な仕打ちに、数瞬前の彼は黙って従うしかなかった。これは王命であって、魔女の首を刎ねるという名誉ある仕事なのである。


 少し前の彼ならば、このまま任務を実行し最愛の人を亡き者へと変えていただろう。そして何週間か何ヶ月かそれを引きずり、酒を飲み、寝て、好きな女を見つけ、心の傷を癒やし、過去の記憶へと変え、また前を向いて歩いていくのだと、彼本人もそう思っていた。


 しかし、絶望の中首を落とされる彼女を何度も見てきた彼には、落としてしまったサーベルを拾うことはできなかった。


「おい! 何をしている! エドワード・ワイバーン執行官!」


 処刑台の下にいる上官が叫んでいた。魔女の処刑を見届けようと集まっていた観衆からも、一向に動く気配の無い執行人の様子を訝しみ、ざわざわと騒ぎ立て始めていた。


「……エド」


 首に来る斬撃に覚悟を決め、瞑目していたアリシアも様子のおかしいエドワードを見た。魔女が動いたことで、観衆にさっきとは違うざわめきが起こった。魔女が暴れ出すのではないかという恐怖と好奇心の混じった声だった。悲鳴を上げるものまでいた。


「おい! 何をしているっ!」


 その観衆の混乱にしびれを切らした上官は、とうとう処刑台まで上がってきた。


「貴様! やらないのなら私がやるぞ!」


 上官はサーベルを拾い上げた。そして、そのサーベルを振り上げ、振り下ろす。


 再び観衆から悲鳴が上がった。


「エドっ――!」

「き、貴様……! ななな、何をしているっ!」


 上官のサーベルが捉えたのはアリシアではなく、彼女を庇おうと動いたエドワードの脚だった。斬られた彼の脚からはおびただしい量の血が吹き出していた。


「狂ったか、エドワード!」


 部下の突拍子もない行動に上官は混乱していた。サーベルをエドワードに突きつけ、警戒の体勢をとっていた。


「神聖な執行官を誑かすとは……! この汚れた魔女め――!」


 上官はアリシアにサーベルを向けた。部下がおかしな行動を起こしたのは魔女の仕業だと思ったのだ。その切っ先はカタカタと震えていた。


「アリシア様、逃げましょう」

「ぇ……」


 だらだらと脚から大量の血を流すエドワードがアリシアに振り返り、言った。彼は覚悟を決めていた。時間を巻き戻してもどうにもならなかったことを、現在(いま)で変えようと心に決めたのだ。


「行きましょう……!」

「……っ」


 エドワードはアリシアの手を取った。アリシアもそれに黙って頷いて立ち上がった。斬りつけられて痛む脚を引きずりながらエドワードは処刑台の端に立った。アリシアもその隣に並ぶ。


「おいっ! 何をしているぅっ!!」


 上官の声は怒りを孕み、彼の喉を引きちぎらんばかりの大音声だった。その声を無視して二人は処刑台から飛び降りた。


「こっちです!」


 エドワードは処刑台の裏の森へ、アリシアの手を引き走り出す。あまりに突然のことに、上官や他の衛兵たちが跡を追おうとするころには、二人の姿は森の奥へと消えていた。


  ◇


 森の中をひたすらに駆ける。脚を怪我したエドワードは、温室育ちのお嬢様なアリシアはほとんど同じくらいのスピードしか出せなかった。


「ここまでくれば……」


 血を失っているからだろうか。エドワードは走っただけとは思えない程に息が切れていた。その額には脂汗が浮かんでいる。


「エド、大丈夫……?」


 同じように肩で息をするアリシアは、彼の足元に座った。


「怪我を見せて頂戴」


 そう言ってアリシアは力ずくに彼の厚手のズボンを破った。斬られたことで裂けていたズボンはアリシアの細腕であっても容易に破ることができた。


「すぐに治すからね」


 アリシアは一通り彼の患部を診たあとに、その患部に手をかざした。


「……」


 すると、瞬く間にエドワードの切り傷は塞がっていった。エドワードは瞑目して同じように手当てしてもらった日のことを思い出していた。これで彼女に怪我を癒やしてもらったのは二度目――時間遡行を数えれば三度目になる。そのときもこうして()()()()()()()()()()()()()怪我が治っていた。


「……!」


 そこまで考えて、エドワードの中で点と点がつながるように閃きがあった。


「俺を過去に飛ばしたのは……」

「……」


 アリシアは曖昧に笑った。


「やはり、アリシア様、なのですか……?」


 エドワードがそう言うと、アリシアはエドワードの足元から離れた。彼の脚はすっかり元通りになっていた。


「また、二人だけの秘密が増えてしまったわ」


 アリシアは立ち上がって朗らかに笑った。


「さあ、行きましょう。血を辿られて直に見つかってしまうわ」


 エドワードの手を取って立ち上がらせたアリシアは、服に着いた土埃を払った。


「これから、どこに向かうのかしら」

「隣国か、それか海を超えてどこか遠い国へ」

「そう。長い旅になるわね」


 二人は歩きながらそんな会話を交わす。後をつけられていないか時折後方を確認しながら、森の中を歩いた。


 ふとアリシアが歩を止めた。


「アリシア様……?」

()()()()救い出してちょうだいね」


 アリシアはそう言って笑った。

 完結です。読了ありがとうございました。

 初めての作風なので、良ければ感想などをお聞かせください。

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