5話
続きです。
エドワードが2度目となる眩い光をくぐった先には、やはり幼い頃の景色が広がっていた。
エドワードは最愛の妻を残酷な処刑よって失ってすぐに、眩い光に包まれた。
「……」
エドワードは目を開ける。彼はその光景にほんの少しの安堵を覚えた。そして再び絶望した。もう一度繰り返さないといけないのかと。
エドワードは屋敷の自室にいた。幼いころと同じ内装、子供の背丈に合わせたベッド。それは一度時間遡行を経験した彼にとってはもう忘れることができない。
エドワードはシーツにくるまった。一度は手に入れたはずの幸せを失い、絶望し、それすらもあざ笑われるかのようにまた時間遡行だ。前回の遡行では神に感謝した彼も、今回は神を呪った。いっそ、あのまま妻とともに殺してくれた方がましだとさえ思えた。
しかし、そんな鬱屈とした気分も、父に引きずられるようにして参加した晩餐会でアリシアを見かけたときに霧散した。
「アリシア……」
「……」
敬称をつけることすら忘れ、エドワードはうわごとのようにアリシアの名前を呼んだ。しかしアリシアは例のごとく無視だった。そのそっけなさすら、病んだエドワードにとっては心地よかった。
晩餐会を終えて、エドワードは来た時とはまるで別人のように浮足立った足取りで屋敷に戻った。それを見て動揺するのはやはり屋敷のメイドたちで、今朝まであんなに神妙だった坊ちゃんがあんなに明るいなんてと、とうとうこの屋敷の二代目が壊れてしまったのかと戦慄した。
自室に戻ったエドワードは、再び遡行した時とは打って変わって、穏やかな気持ちでシーツにくるまれた。
温かいシーツにくるまり、彼は考えた。彼女が不幸になってしまうのは自分のせいだったのではないかと。自分が彼女の秘密を知ってしまうことで、彼女が不幸な方向へと向かってしまうのではないのだろうか。そう思うと、エドワードはアリシアの幸せのためにもう出しゃばろうとは思わなかった。
一度彼女と結婚したことで満たされてしまった欲望は、彼に再び情熱の炎をともすことはなかった。
エドワードはただひたすら抜け殻のように生きた。母に誘われたあのお茶会も自分は行かないときっぱりと断り、アリシアと必要以上に関わらないようにした。
十年ほどが経ち、エドワードはひとりで暮らしていた。アリシアの幸せのために殉じるつもりであった彼のもとに、その知らせがやってきたのは春の終わりのことだった。
魔女の処刑の日時が決まったという内容の知らせであった。
彼は走った。王都の外れの広場には二度も見た処刑台が設置されていて、彼女の隣には処刑執行人がサーベルを持って立っている。エドワードは魔女の死刑を一目見ようと集まってきた観衆たちを押しのけ、何とかアリシアの顔が見れる距離まで進む。アリシアはうなだれて、ただ冷たい刃が下ろされるのを待っていた。
そして、貴族が号令をかけると同時に執行官がサーベルを振り下ろし、すとん、とあっけなくアリシアの首が落ちた。
ごろり、と重量感のあるそれがエドワードの足元まで転がってきて、彼は全身の血の気が引いた。自分が関わらなくても彼女は幸せにはならないのかと、彼は絶望した。神はどれだけ彼女の命を弄べば気が済むのだろうか。神はどれだけ自分のことを弄べば気が済むのだろうか。
エドワードは歯を食いしばった。頬の内側も一緒に噛んでしまい、彼の口の中が血でいっぱいになる。血の味がした。
そして三度、彼の視界が爆ぜた。
◇
「――ど――。ぁど――、――。えど――ど――。エドワード……?」
「――?」
エドワードはゆっくりと目を開けた。後頭部にはなにやら柔らかい感触がある。
「どうしたの? うなされていましたよ」
仰向けに寝ていたエドワードは、彼の顔を覗き込むアリシアの顔に絶叫した。彼の足元に転がってきたあの生首と重なったのだ。
「まあ、ひどい。人の顔を見て叫ぶなんて。悪い夢でも見ていたんですか?」
「悪い夢……? あ、ああ。そうかもしれない……」
エドワードはこれが三度目の遡行であることに気が付くと、胸を撫でおろしアリシアの隣に腰を下ろした。アリシアは、もう膝枕はいいのですか? とジェスチャーで問うがエドワードは首を振った。
エドワードが観察するにアリシアは16歳くらいに見える。自分と親しい様子から、これは一度遡行したときの世界なのだろうか、と彼は推察した。
自分が二度怪我を治してもらった辺境伯別邸にある中庭の大木の下で、エドワードはアリシアと腰かけていた。彼はこのまま時間が止まってほしいと願った。このまま数年すれば、またアリシアが処刑されてしまう。それを避けるにはどうしたらよいのだろうか。エドワードは考えすぎて頭痛がしてきて、アリシアの肩に自分の頭をもたれさせた。
続きます。ハッピーエンドになる予定ではあります。
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