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4話

 エドワードはアリシアを連れてテラスを出た。廊下を歩くと、幼い男女が二人連れ添って歩いてる様子に、メイドたちが黄色い悲鳴を上げた。


 エドワードはアリシアを中庭に連れてきた。平民の家が丸々一軒入ってしまうほど広い中庭には、その中央にエドワードの曽祖父が植えたという立派な大木が植わっていた。その大木を見上げ、エドワードは思い出した。なぜ自分が木に登ることになって、なぜそこから落ちたのかを。


 この後、突風が吹いてアリシアのシルクの帽子を飛ばし、帽子はこの大木の枝に引っかかってしまうのだ。そのせいでさらに不機嫌になってしまったアリシアの機嫌を取るために、エドワードは木に登り、降りてくる途中で足を滑らせた。


 それが今エドワードがふと思い出した過去の記憶だった。


「きゃっ――」


 彼の記憶の通り、強い風が吹いた。若草の匂いが鼻に抜ける。エドワードの視界の端で、ピンク色の何かが舞い上がった。アリシアの帽子だ、と彼はすぐに目で追った。彼女の帽子は空高く舞い、やがてその勢いを失ってふわりと木の枝へと引っかかった。その光景はエドワードの記憶と寸分の狂いもなかった。


「ぁ……」


 高い枝に帽子が捕まってしまったのを見て、アリシアは蚊の鳴くような声を上げた。アリシアはその白い下あごを目いっぱいに上げて、日焼けを全く知らぬ生白い首を見せつけていた。その白磁の肌の下には血管が(あお)く浮き、彼女が生きていることをエドワードに強く感じさせた。


「アリシア様、僕が取ります」


 脚を折ることの決心がついたエドワードは言った。


「え?」


 アリシアは何を言っているんだコイツは、と目を丸くした。貴族であれば木に登るなんて野蛮な発想は出てこない。しかし、エドワードは貴族とはいえ、その父は冒険者上がりの元平民だ。幼いころはよく村の同世代たちに交じって野山を駆け回っていた。エドワードは木に登ることになんの抵抗感もなかったし、野蛮だともおもってはいなかった。むしろ、木登りは周りの子よりも得意なくらいだ。


「あ、ちょっと……」


 エドワードは木の幹にしがみつき、少しの凹みや小さな枝に起用に手足をかけて、するすると上まで登っていった。当時はずいぶんと高いところまで登ったような印象だったが、案外登ってしまえば帽子にはすぐに手が届いた。このまま慎重に降りれば、きっと怪我はしないだろう。それでいいのではないかとエドワードは思った。本質的には、アリシアと仲良くなれればよいのだ。帽子を取ってあげた、という取っ掛かりさえあれば仲良くなれるような気がした。


 そう思ったエドワードが、慎重に次の枝を掴んだときだった。


「――っ?!」


 ポキリ。と軽い音がして、エドワードが掴んだ枝が折れた。体重を支えることができなくなった彼は、その大木から真っ逆さまに落ちた。


「あ゛っ――!」


 途中でバランスを取ろうにも時すでに遅く、エドワードは右肩を地面へとしたたかに打ち付けた。


「きゃあぁぁ!」


 アリシアがその衝撃的な光景に甲高い悲鳴を上げた。エドワードがむくりと起き上がったことに、最悪の事態は免れたと安堵の吐息を漏らしたが、彼の右腕が明後日の方向にひしゃげているのを見て、再び悲鳴を上げた。


 エドワードは結局こうなるのかと、痛みで脂汗をかきながら自分の運の悪さを呪った。


「だ、大丈夫ですか……?」


 エドワードがその痛みに悶えていると、アリシアがおずおずと近づいてきた。エドワードは咄嗟に作り笑いを浮かべ、怪我した右腕を背中に隠した。そして、左手にしっかりと掴んでいた彼女を帽子を差し出した。


「これ、取ってきました」

「あ……、え……?」


 ピンク色の帽子を差し出されて、アリシアは一瞬困惑した。そしてすぐに、エドワードが自分の帽子をとるために怪我をしてしまったことに気が付いた。彼女は決して頭の回転は遅くなかった。すぐにそのことに気が付いて、申し訳なさでいっぱいになった。


「……腕を見せてください」


 アリシア帽子を受け取ると小脇に抱え、エドワードに言った。エドワードはためらいながらも、ひしゃげた右腕を彼女の前に出した。


「大丈夫ですよ」


 彼女はそう言うと、エドワードの患部にそっと触れた。そしてアリシアの手が淡く光ったと思えば、エドワードの傷口はみるみるうちに塞がっていった。


「……驚かないんですのね」


 傷が治っていく様子を黙って見ていたエドワードの様子を、アリシアは意外に思った。エドワードはさすがに知っていたとは答えられず、曖昧に笑うしかなかった。


「秘密に、してくださいね?」


 アリシアは言った。エドワードはもげるほどに首を振った。


 この一件から、エドワードが予想した通りアリシアの彼への態度はがらりと変わった。


 エドワードは過去の後悔を雪ぐべく、晩餐会やお茶会、パーティーでアリシアに会うたびに積極的に話しかけた。それが功を奏したのか、彼の好意が彼女に伝わり、ついにはエドワードはアリシアと婚約することができた。


 彼は喜びのあまり震え上がった。


 そして何年かの月日が流れ、エドワードとアリシアは幸せな夫婦として暮らしていた。


 そんなある日、彼のもとに一通の手紙が届いた。彼の妻が魔女裁判にかけられるという内容であった。


 アリシアが魔女だと露見し、彼女は呆気なく処刑された。

 まだ続きます。

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