3話
続きです。
家に戻ってきたエドワードは、自室で今後について考えていた。アリシアにああもそっけない態度を取られてしまうと立ち行きいかなくなる。しかし、まずは彼女と仲良くならないことにはエドワードが時間遡行してきた意味がない。
次の日、エドワードはベッドから立ち上がり伸びを一つする。ひとまず、アリシアに会えないことには始まらない。エドワードは次の晩餐会に向けて作戦を練り直すことにした。
エドワードは自室を出た。彼は考えが煮詰まったときにじっとはしていられないタイプだった。廊下を抜けて、ダイニングへ向かう。すれ違ったメイドたちからは、「最近の坊ちゃんは様子がおかしい」とひそひそと聞こえてきた。以前、着替えを手伝ったメイドが噂話を流しているらしかった。
ダイニングに入ると母と仲の良い年増のメイドが、座った母にお茶を注いでいるところだった。
「エド。貴方もいらっしゃい」
母がエドワードに手招きした。彼は頷いて母の隣に座った。するとすぐさま年増なメイドはティーカップを用意して、エドワードに差し出した。エドワードはそれを受け取ってすぐには口をつけなかった。猫舌の彼はこうして冷ましてから飲むのが常だった。
「エド。今度お茶会を開くのだけど、貴方も来ますか?」
エドワードはそれを聞いてすぐさま断ろうとした。アリシアのことで作戦を立てなければならないのだ。ご婦人たちの機嫌を取ってニコニコしていなければならないお茶会はごめんだ、と思った。
「僕はいい――」
言いかけてエドワードは思い出した。
「そのお茶会にスターベリー夫人はいらっしゃいますか?」
どうしてこんな大事なことを忘れていたのかとエドワードは思った。
「ええ、来るわ。珍しいわね、そんなことを貴方が気にするなんて」
そんな母の言葉に、エドワードはこくりと頷いた。エドワードの記憶が正しければ、そのお茶会にアリシアがついてくるのだ。その時にエドワードは脚を折ってアリシアに魔法をかけてもらう。10年も前の記憶で曖昧だったが、こういう流れだったのかとエドワードは合点がいった。
エドワードとアリシアが仲良くなったのは、そこで魔女であるという秘密を共有したからだった。つまり、このお茶会に参加しなければ今後アリシアと仲を深めるのは難しくなるということだ。
「僕も行きます」
「そうですか」
お茶を一口飲んで、エドワードは母にそう伝えた。母は頷いた。
これで、アリシアと仲良くなるというのはクリアできそうだ。エドワードは安堵したが、彼には一つ懸念があった。それはアリシアに魔法を使わさせるためには自分がわざと怪我を負わなければならないということだった。
一度目の怪我をした時は確か木に登っていたときに足を滑らせて落ちたはずだが、それがわかっている今回は、わざと木から落ちなければ記憶と同じ状況にならないのだ。そんな覚悟が自分にはあるだろうかとエドワードは胃が痛くなった。
そして、運命のお茶会の日がやってきた。
母とともに馬車に乗り込み、辺境伯の別邸へと向かう。そこは母の生家であり、エドワードにとってもなじみの深い場所だった。当時、辺境伯令嬢だった母は、一介の冒険者であった父と身分違いの大恋愛をしたのちにエドワードを身ごもった。そしてその辺境伯別邸でエドワードを産み、彼が3歳になるまでそこで育てた。
別邸の立派な門に懐かしさを抱きながら、エドワードは馬車から外を眺めていた。
屋敷に入ると見知ったメイドたちに歓迎された。美人ぞろいのメイドたちに、大きくなりましたね、とか可愛い、だとか揉みくちゃにされ、エドワードは満更でもなかった。
もう他の婦人たちは到着しているようで、すぐに会場であるテラスに案内された。そこでもエドワードは大きくなったと耳にタコができるほど言われ、頭を撫でられ散々にいじくられた。当時のエドワードはそれをうっとおしく感じていた記憶があるが、今されると懐かしさの方が先に来て、あまりに嫌な感じはしなかった。
しばらくそうして彼を中心に婦人たちの雑談は続いた。それから、記憶にある通りにスターベリー夫人が、会話に飽き飽きとした様子の彼女の娘を見かね、エドワードと一緒に遊んでくるようにと言った。
エドワードは待ちわびたその時が来て、心の中で拳を握りしめた。しかし、アリシアの表情は凍り付いていた。コイツと一緒にいるくらいであれば、婦人たちのつまらない話を聞いていた方がマシという感情がありありと見て取れた。
アリシアはその柔らかそうな茶髪の上に被ったシルクの帽子のつば越しに、エドワードを睨みつけるように見ていた。
「行きましょう、アリシア様」
エドワードはそんな絶対零度の視線にも負けず、果敢に話しかけた。やはり冷たい視線で睨まれる。
「アリシア」
スターベリー夫人は娘の名前を呼んだ。アリシアはその母の声音に、渋々エドワードの後をついていくことにした。
続きます。次回9/15 7:00に予約しました。
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