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2話


 ――――――


 ――――


 ――


「なんだ……?」


 エドワードは困惑した。視界いっぱいに広がったまばゆい光が収まったと思ったら、今まで見ていた光景とは全く違う景色が広がっていたのだ。


「ここは……、俺の家……?」


 エドワードは瞠目した。


「はあ……。とうとうおかしくなっちまったか、俺も」


 彼は自分の脳を疑った。これはアリシアの処刑に耐え切れなかった自分が、現実逃避で観た幻覚なのだと思った。その証拠に、見慣れたはずの我が家は妙に古臭かった。……実際は古臭いという表現が正しいのかは分からなかった。置いてあるもの自体は新品のように輝いているものの、それはエドワードの感性からしたらひと昔前のセンスだ。


「そうか……」


 エドワードは見当がいった。これは、自分の昔の家の姿なのだ。既視感もあった。つまり、現実逃避をした自分が、かつてアリシアと仲が良かった――、最も幸せだったころの記憶を見ているのだ。そうエドワードは推理した。


 そしてどうやらその推理があながち間違っていなさそうだということもわかった。


「あー、あー。んんっ――!」


 声を出しながら咳払いを一つ。やはり、自分の声が高い。エドワードは昔の姿に戻っていた。


「……6歳くらいか?」


 屋敷の中を歩いて、記憶を頼りに姿見を見つけ出すと、その鏡に自分の姿を映し出した。鏡に映りこんだのは古い記憶にある6歳ごろにの自分の姿。人は現実逃避を起こすとこうも鮮明な夢を見るのかと可笑しくなるくらい再現度は高かった。


「……」


 現実世界に戻った時に自分は一体どうなっているのだろうかと、エドワードの脳裏に不安が過ぎった。鏡には仏頂面の少年が映っている。記憶の中の幼い自分はもっと明るい表情をしていた気がする、とエドワードは無理矢理に笑顔を作ってみた。鏡の中の少年が笑った。心做しか気分も晴れたような気がした。


 ――そうして昔の記憶を堪能して一晩が経った。


「……いつ戻るんだ……?」


 現実逃避にはあまりに長すぎるとエドワードは訝しんだ。自分の心のことだ、自分が一番良くわかっているはずだと思っていたが、自分はこんなにも傷心していたのかと驚いた。後悔なら散々した。アリシアが嫁に行ってからの数カ月は自室に引きこもってずっと悔いていたのだ。


 それでもなお、現実逃避でこんな夢を見続けるだろうか。この夢の中ではすべてがあまりにリアルすぎた。話しかけた両親の対応、メイドたちの動き、すべてが記憶とピッタリと一致した。記憶力にあまり自信のない彼だからこそ、覚えてもいなかったことを夢として体験できるのだろうかと不思議に思った。


 そして、これが夢でないらしいと確信を得たのは、この記憶の世界で二回夜を明かしてからだった。


「おかしい……」


 三日目の朝、目を覚ましたエドワードはベッドの中でそう呟いた。こんな長く我に返らず、記憶の世界の中にいるのはおかしいと考えた。これはもしかしたら現実なのではないかと考えたのだ。


 昔――この世界を現実とするならばつい最近だが――母親に読み聞かせてもらった事がある。それは時間遡行をした主人公が不都合な未来を変える、という内容の物語だった。自分はその主人公と同じ状況に置かれているのではないか。


「ふふふ……、ははは……!」


 そう思うと、自然と笑いが漏れた。隣で着替えを手伝っていたメイドがぎょっとする。エドワードは、この状況こそ、神が自分に与えたチャンスなのだと思った。これなら、アリシアを処刑させずに救うことができるかもしれないと思った。それどころか、うまくやればアリシアと自分と結婚する未来があるかもしれないと妄想する。


「クククッ……!」


 その妄想に、こみ上げる笑いを我慢できなくなった。着替えを手伝っていたメイドは更にぎょっとして、エドワードの着替えが終わるなり、そそくさと彼の部屋から出ていった。


 アリシアを救う。そうと決まれば、それからのエドワードの行動は迅速だった。父に次の晩餐会はいつかを聞き出し、そこにアリシアが来るのかを尋ねた。急にそんなことを聞く息子のことを訝しみながらも来ると答えた父をよそに、エドワードすぐさま部屋を飛び出して自室で作戦を練ることにした。


 そして二日が経ち、晩餐会の日がやってきた。エドワードと父は馬車に乗り込んで会場へと向かう。着いた会場は、エドワードが名前も知らぬ伯爵家の別荘だった。会場に入るときらびやかな飾りつけに迎えられた。


 父に連れられて、いろいろな貴族のところへと挨拶する中、エドワードはアリシアだけを探していた。


 数人の貴族たちに挨拶が終わった頃、ようやくエドワードはアリシアを見つけた。


「スターベリー殿。ご機嫌麗しゅう」

「こんばんは」


 父がアリシアの父に挨拶をしたのに合わせ、エドワードは努めて子供らしく挨拶をした。


「おお、ワイバーン君。元気そうでなによりだ。エドワード君も。少し背が伸びたんじゃないのか?」


 アリシアの父、スターベリー侯爵はその地位の割に気さくな人で、エドワードの父の面倒を良く見ていた。冒険者上がりで、家名にもなったワイバーンを倒したという功績から男爵へと取り立てられたエドワードの父を、後見人となって貴族のいろはを叩き込んだのがこのスターベリー侯爵だった。


 そのような過去もあり、エドワードの父は彼には頭が上がらず、いつも晩餐会ではペコペコしていたとエドワードは記憶していた。


「こんばんは、アリシア様」


 記憶の中の父と同じようにペコペコしだした父の横で、エドワードは侯爵の影に隠れるようにして立っていたアリシアに声をかけた。


「……」


 しかし、その結果も芳しくなくあっけなく無視されてしまう。


「あの、アリシア様?」

「……」


 粘ってみても無視し続けるアリシアに、エドワードには計画が頓挫する音が聞こえた。

 続きます。次回は9/14の夜に投稿予定です。

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