第34話 財産分与の問題
「申し訳ありません、私のせいでご迷惑をおかけしてしまっているようで……。」
私は素直にそう謝った。
「いや、君のせいではない。未来とはいえ、私自身がしでかしたことの結果だ。
気にしないでくれたまえ。」
フェルディナンドさまは、あくまでもつとめて冷静にそう、私の謝罪を制した。
私もわかりましたと答えた。
「それでは、予定外に同席者がいるが、今回鑑定した魔法絵の結果について説明しようと思う。まず結果としてだが、時間を操る魔法のかかった魔法絵で間違いなかった。」
「そうですか……!」
私はその結果を聞いてホッとした。これで私の自立の目処が立ったのだ。
「時間を巻き戻すだけでなく、未来に行くことも可能だ。こんな魔法は前代未聞、いまだかつて研究こそされ、実現不可能であるとされてきたものだ。本当に素晴らしい魔法だ。
これは単純な魔法絵としてだけでなく、魔法そのものに使用許可が必要となる。」
「……つまり、どういうことでしょうか?」
「今回、この時間を操る魔法絵は、販売を許可することが出来ないということだ。」
私は思わず頭を殴られたようなショックを受けた。せっかく特別な魔法絵であると認めて貰うことが出来たのに、売ることが出来ないのであれば意味がないもの。
「君が描いた絵を購入したとしても、それに付随した魔法そのものの使用許可を持たなければ、使用すれば犯罪になるということだ。
使用許可のいる魔法のかかった絵を簡単に売ることが出来ないのはわかるだろうか。」
「はい、それはなんとなく……。」
「だからこの魔法絵にかかった魔法に関しては、魔塔が権利を保持することに対し、毎月権利料を支払う契約とさせていただく。」
「──え?」
そこで私は少し混乱してしまった。絵は売れないけれど、権利料が支払われる……?
「絵の販売は簡単に許可出来ないが、魔法は作ったものに権利の存在するものだ。
それを魔塔が管理させてもらう代わりに、権利料を支払う仕組みとなっている。」
「私が補足させていただいても?」
後ろからエイダさんが声をかけてくる。
「ああ、構わない。」
「魔塔は常に新しい魔法の研究をする機関になります。魔塔に所属する賢者が開発した魔法は、ただちに賢者、及び魔塔の管理下におかれ、権利が保持されます。その為に賢者たちに研究費や生活費を支払っているので、そこに特に金銭のやり取りは発生しません。」
ここまではよろしいですか?とエイダさんが微笑んでくる。なんとなく理解は出来たので、あいまいにうなずいた。
「この場合、もともと賢者とそうした手続きを結んでいる為、特別個人と契約書を交わすことはありませんが、外部の人間が開発した魔法に対して権利を主張する場合は、契約書の発行及び、権利料を支払うことで、開発された魔法を、魔塔の管理下に置かせていただくことに了承いただくことになります。」
「君の場合は、このケースに当てはまる。
魔法の使用許可の権利を魔塔が持つ代わりに、権利使用料が毎月支払われるのだ。」
「つまり……、絵が売れなくても、毎月お金が入るということでしょうか?」
「そういうことだな。」
「現代の人たちは、大昔に作られて、権利の切れた魔法を使用しているんですよ。例えばファルケンベルク卿が先日、ウンガーに使用した、魔法阻害の魔道具に使われている魔法は、まだ権利の存在するものですので、誰でもは使用出来ないものになりますね。」
「まあ、もうすぐ権利の切れるものでもあるから、そうなれば一般発売されるようになるだろうな。今は他の賢者の監督をする立場にある、魔塔の一部の人間や、王宮などの特別な場所にのみ、使用可能とされている。」
「犯罪利用が可能になる可能性のある魔法ですから、権利切れが心配ですけどね、私は。
……仕方のないことではありますけど。」
とエイダさんが言った。
「絵に描かれたものを召喚する魔法に関しては、既に存在する魔法であり、かつ権利の切れた魔法になるから、君に権利料は発生しないし、好きに売ってもらって構わない。」
そう言って、2枚の書類を出してきた。
「召喚絵は、召喚する元がなくなってしまえば召喚することが出来なくなるものだ。
本来の魔法絵とは異なる効果になる。」
1枚には鑑定保証書、と書かれていた。
もう1枚は、時間操作をおこなう時空間魔法に関する、使用権利許諾書、とあった。私はうながされて鑑定保証書を手に取った。
「つまりは描かれた花が枯れれば、魔法絵はただの絵になってしまう。動物や魔物を描けば、召喚した場合テイム可能だが、対象が死ねばそれもまたただの絵になってしまう。」
鑑定保証書には、この書類は召喚魔法を有する魔法絵であることを保証する。ただし描かれたものが失われた場合、その限りではない、と特記事項に記載がなされていた。
「そこは了承いただいたうえで、販売しなくてはならないということですね。」
「そういうことだ。それさえ了承した上であれば好きに販売することが出来る。」
次に時間操作をおこなう時空間魔法に関する、使用権利許諾書に目を通すよう、うながされ、金額の部分を読んで目を見張った。
「あの……、この金額、間違ってませんか?
かなり桁が多いように思うのですが。」
「間違ってはいない。魔塔主が決めた金額に相違ない。それだけ特別な魔法なんだ。」
そこには、年間大白金貨1枚を、ひと月ごとに分割して振り込むものとする、と書かれていたのだ。だって、ロイエンタール伯爵家のメイドの年俸が大金貨3枚なのよ?
大金貨が10枚で小白金貨1枚。
小白金貨10枚で中白金貨1枚。
中白金貨10枚で大白金貨1枚なのだ。
「それを君が生きている限りは君の口座に毎年支払うことになる。魔法の権利が切れるまでは、君の死後も、財産を引き継いだ者、まあ親類縁者の口座に振り込むことになる。」
「あの……、魔法の権利が切れる期間が、使用権利許諾書に記載されていないようなのですが、それはいったい何年間なのですか?」
「それは法律によって変わってくるので、私にはなんとも言えないが、現時点では100年間だな。少なくとも今後法改正が行われない限りは、君がどれだけ長寿であっても、生きている限りは支払われるだろう。」
ひゃ、100年間の間、毎年、年間大白金貨1枚だなんて、ちょっとした領地の運営資金なみだわ。おそらく公爵家夫人の品質維持費くらいあるんじゃないかしら。
少なくとも私の実家のメッゲンドルファー子爵家の年間領地収益は、大幅に超えてくると思う。1人で生きていくお金としては、じゅうぶん過ぎるくらいだ。
あとは下手に贅沢をしたりして、私がそれだけの収入があるということを、知られないようにする必要があるわね。
そうでなければ、アンの村には住めないもの。強盗や泥棒に入られかねないわ。かといって警備を置いたら目立ってしまうし。
「金額に納得がいったなら、サインをしてくれ。絵の保証書は、時計の絵ではなく、最初に預かった絵のものだ。必要でなければ、こちらに対しての金額は請求しない。」
「絵が売れた時に初めてつけていただきたいので、現時点ではお願いしないつもりでおります。鑑定保証書をつけられる旨を説明すれば、販売交渉時になくても問題ないかと。」
「わかった。ではこちらは引き下げよう。」
私は使用権利許諾書にサインをした。
銀行口座を作っておいて良かったわね。すぐに口座番号を記入することが出来たもの。
「──あ、もう少ししたら、名字が変わる予定でいるのですが、その場合は契約書を書き直さなくてはまずいでしょうか?」
私はふと思い至って尋ねてみた。銀行口座は名前が違っても、そのまま使用することも出来るし、あとから変更することも可能だと言われたけれど、契約書はどうなのかしら?
「生体認証魔法を組み込んであるから、そこは銀行と同じと考えてもらっていい。
名前が変わったからと言って、契約が無効になることはないから安心すると良い。」
「わかりました、ありがとうございます。」
「ぶしつけなことをお尋ねしますが、……ひょっとして離婚をお考えですか?」
エイダさんが踏み込んで尋ねてくる。
「ええ……。まあ……。それで自立の為にお金が欲しくて、魔法絵を売りに出す為に、鑑定書が欲しかったんです、そもそもは。」
「でしたら、商会をお作りになったほうがよろしいかと思いますよ。振込先を、フィリーネ・ロイエンタール伯爵夫人個人ではなく、商会にしてしまうんです。」
「ええと……、それはなぜでしょうか?」
商会を作る?そこに振り込んだほうがいいというのは、どういうことなの?
「離婚の際の財産分与の問題です。私も実は離婚経験者なのですが、貴族の財産は、領地を運営する商会に所属することが殆どです。
親の個人財産、つまり邸宅や別荘、現金ですね、これらは死亡時に相続されます。」
「そうなんですか?」
「女性にはあまり馴染みがありませんよね。
私も初めて離婚時に知りました。」
エイダさんが苦笑しつつ教えてくれる。
「領主を息子に引き継ぐ際、渡されるのは領地を運営する商会の権利だけです。そこから給与を貰う形で生活をします。自宅は親に借りて住んでいるもので、それらはすべて離婚時の財産分与の対象にはならないんです。」
「はあ、なるほど……。」
「ですので慰謝料という形で請求する他ないんですね、女性が財産を得ようとすると。それがとても大変なんです。なのにですよ?」
エイダさんは人差し指を立てて、眉間にシワを寄せて前のめりになる。
「妻が稼ぎを得ていると、それは分配対象になってしまうんです。私は研究費用と生活費が、魔塔から大金を得た扱いになって、逆に夫から離婚時に財産分与を請求されました。
夫人のお金が夫に半分取られますよ。」
「それは困ります……!」
せっかく大金を稼いでも、それがイザークに半分もいってしまうなんて冗談じゃない。
「そこで商会です。領地運営の為の商会同様に、商会のお金は個人のものではありませんので、手出し出来ません。まずは商会を作って、商会専用の口座を作って下さい。
契約書を書くのはそれからが良いかと。」
「本当ですね、教えていただいてありがとうございます……!でも商会の作り方なんて、いったいどうしたらいいのかしら……。」
「どなたか商会を持っている、または身内にいる知り合いはいらっしゃいませんか?」
そう言われて、私はイザークのライバル商会の令息、ヴィリの顔を思い浮かべた。
ヴィリとはアデリナ嬢とピクニックの約束をしているのだ。その時に聞いてみようかしら。私は契約はそれからにしたいと伝え、いったん契約を保留することにしたのだった。
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