例えば、繰り返される選別のような話
実際に見た夢の内容を文字起こししてみました。
「やあみんな、おはよう」
教室の扉を開けると、見慣れた生徒たちの視線が集まる。いつも通りの日常が始まる。
「先生!あのね!」
「どうした?」
「算数ドリル…忘れました…」
「わかったよ。そしたら明日、ちゃんと持ってくること。ちゃんと謝ってくれただけで先生は嬉しいよ」
「はーい!」
何気ないやり取り。こうして職が全うできることの心地よさよ。
私がこの学校に配属されたのは、それこそ今年の四月であった。児童は1学級あたり13人、ひいては全体で13人である。そんな山奥の学校にあって、数ある役割のうち私が賜ったのが担任である。
「さ、今日の一時間目は…」
「体育!」
「残念、図工だ」
「やったー!」
もうすぐ小さな秋休みが来る。平和な日々もあっという間だ。
「じゃあ絵具セットの準備を…そこ!挨拶が終わってから行きな!」
タタタタと軽快な音が響く。
ドアを開け、飛び出した児童が次の瞬間、赤い塊となって飛ばされるのが見えた。
異変に気付いた児童たちにパニックが訪れる。破壊されたドアを押しのけて、顔も見えない集団がやってくる。
彼らは何も言わずに、掃除するように子どもを射殺していった。私は棒立ちのまま、自分の番が来るのを待っていた。
* * *
目が覚めると、自室の天井が見えた。数えることのなかった染みがぐるりと脳裏を回転する。死んだ感覚はない、が、石榴にも似たあの児童の姿が網膜から離れない。夢とも現ともつかぬまま、呆然と教室へ足を運んだ。
明確に違うのは、1人の児童。ハイライトを喪った瞳が虚ろに泳いでいる。白く透き通りそうな肌は現実として背景を淡く映しており、まるでそこにいないかのようだ。夢の中ではあんなに元気で、明るく教室を飛び出していったのに。
「…1時間目は図工だ。みんな…」
目の前で赤く何かが飛び散った。
見たくない気持ちを押しのけ、斜め下を見る。先ほどまで自分に向けられていた真剣な眼差しは、眼球、顔面、頭部を道連れにしてはじけ飛んでおり、赤い噴水が天井へと放たれる。
「みんな伏せろ!机の下に…」
指示も通らぬまま、窓から注ぐ鉛の雨は教室を掃除していった。恐怖と驚嘆は、激しい吐き気と共に意識の底へと沈んでいった。
* * *
日常を復元するように、朝は訪れるし目も覚める。倦怠感にうなされながら鏡に向き合うと、心なしか青白くなった両手と顔面が見えた。
「…全員、そろっているんだな」
児童がそろって教室にいる。心のざわめきは、確実に声として体から漏れ出ていた。
破裂音が響く。
「先生…手が…」
言いかけた児童は手首より先の無い腕を掲げ、同時に響いた破裂音により面の皮を紅い髑髏に変えた。
もう嫌だ。
これ以上は見たくない。
そんな光景を見させるな。
思考は無数の爆音に遮られ、教卓に身を隠した自分自身を除いて教室は火の海と化していた。原型を残しているものなど最初からないような、更地に変わった教室を確認し、視界は黒に染まった。
* * *
異変は確実に訪れていた。どんなに歩いても足の感覚がない。代償として、頭に何かが乗っている感覚がある。触ろうが撫でようが確認できないので、頭痛の一種であると納得する。
何よりも、教室に机が足りない。目の前と壁際だけぽっかりと空いている。同様に記憶からも抜け落ちており、誰が座っていてどんな顔だったかも思い出せない。
「じゃあみんな、完成した作品は棚に戻して、算数の準備をしようか」
「…先生、見て」
体調が悪いでは済まされない青白さをした児童が、完成した作品を見せる。不意に、激しい吐き気と頭痛に襲われた。回歴する血まみれの記憶。描かれていたのは、機動隊のような重装備の男たちが発砲する様子と、散乱する赤い13の生首であった。
児童に顔をやると、朝から崩れることの無かった無表情は歪められ、口だけに笑顔を作り真っすぐにこちらを見ていた。やはり背景は透けている。
刹那、銃声が悲鳴と共に廊下を駆けた。もう飛び出さなくてもわかる。
教室に侵入した何者かによって機銃掃射が始まる。掃除の時間らしい。
まるで何も変わりないようにこちらを見ていた児童は、やはり無気力にうなだれていた自分に対し、わずかに口を開いた。それを確認して間もなく、目の前で頭蓋を爆散させた。
しかし、耳は言葉を捉えていた。
「せんせいがころせばいいのに」
* * *
見慣れた肌の色を保っている児童は少なくなってしまった。教室のだれもが、その事実を受け入れ始めていた。出席は9人、今日も欠席0だ。
当然の真実を確認するように、ドアを蹴破る侵入者たちが見える。
「死ねよ」
中指以下を曲げ、手で作った銃を向け、「バン」と言ってみる。
最初に紅く爆ぜたのは、侵入者であった。
驚嘆よりも歓喜が先に訪れる。廊下に飛び出し、目の前に見えるものすべてに魔法を行使した。悪夢を払拭するように、正義を実行するように、ただただ人が人でなくなる様を眺め続けながら校庭までたどり着いてしまった。
どうやら囲まれていたらしい。自信を取り囲む無数のヘリや盾を構えた軍隊がそれを物語っていた。初めて死を実感した。激痛だった。
* * *
最初に見た夢では、樹海にいた。首に輪をかけた集団と共に台から足を離した。窒息より先に脛骨が折れるのは本当らしい。
次に見た夢では、オフィスのような場所で拘束されていた。狂気に満ちた表情を浮かべた女に心臓を撃ち抜かれ続けた。同じ状況を4回ループした後、激しい痛みを土産に意識が落ちた。
最後に見た夢では、洞窟のような薄暗い場所にいた。定期的に訪れる爆発音と、それによって落ちてくる天井に潰されるだけの体験を7回繰り返した。
* * *
全ては夢らしい。何をしてもいいなら、子どもたちを守りたい。
その想いは叶ったようで、再び教室へ戻ってきた。確認したところ、足はもう鏡に映っておらず、頭には蜃気楼のような靄が付きまとっていた。手首から先は粘土の様になっており、強く念じたものに変形できるようになっていた。
最後に見た情景を求め、廊下を駆け、校庭へ躍り出た。あの時の絶望はもうない。無敵の盾を展開し、機関銃を真似た手を向ける。
「さあ、かかってこい」
敵の銃口は、背後の校舎をめがけて火を噴いた。爆風が自信を襲うが、痛みは背中ではなく、胸の中に響いていた。
手は拳銃の形に、そっとこめかみに当てた。痛みは感じなかった。
* * *
広い教室には、私と子どもが1人だけだ。
運命に抗う力はもう残っていない。
銃撃にも爆撃にも耐え、そのすべてが見えていないかのように表情のない子どもと、一方的なコミュニケーションを繰り返していた。
教室、いや、学校そのものが元の形を失い、自身の片手であるシェルターのような家の中で、永遠に感じる時を過ごした。
顔がないので髭面を気にしなくてもいいし、空く腹も痺れる足も枯れる喉もない。単調で、彩度の無い、充実した幸福な生活はここに実現していた。
去る季節すら数えなくなった頃、子供が口を開いた。幻覚と幻聴に感じたそれは、確かなメッセージを私に与えた。
「はやくひとりになってよ」
「…そうだね、そうしよう」
手は拳銃の形に、そっとこめかみに当てた。
「私が、最後の1人だ」
何もない部屋で「管理者」たちは語らう、ジョーカーの判りきった選別の話を。