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山塊和チカの会合

和チカが本殿に到着した時には、すでに数人の上役とその部下たちが鎮座していた。皆、一様に頭を深く下げた姿勢を保っている。来たのが和チカだとわかると、誰かが頭を下げたままに軽く舌打ちをした。


和チカは本殿の隅、一番の末席に正座すると、同じように入り口に向かって頭を下げた。

"分分朝ジ家"の御大がいつ来るともわからない。最適解は常に最敬礼姿勢を保つことだった。


床の木目を数える時間が続いた。顔は上げられないが、気配で相応の人数が本殿内に集まったのがわかる。そこらかしこでヒソヒソ声で噂話が繰り広げられる。前ぶれのない突然の分分朝ジ家の来訪だ。噂好きの中間職たちが黙っていられるわけがなかった。


「もう三階なんだから、奥に座れよ」


横に座った男が、和チカに話かけた。低く籠った声で、バ賀ン(バガン)だとわかった。

和チカは返事をしなかったが、バ賀ンは喋り続けた。

「あんまり謙り過ぎても、余計嫌われるぜ。どうせ"あいつら"は俺らが何しても気に入らないんだ。堂々としてろよ」


そんなことはわかっている、と和チカは反論したかったが口を噤んだ。


ヒソヒソ声で渦巻く本殿に、和チカの上席である八マナハマナジの声が響いた。

「和チカ、なぜ末席にいる。位順に座れ」


バ賀ンは「ほらな」とイタズラに和チカの背中を叩いた。


和チカは顔を低く下げたまま、奥の席へ移動した。直接に見なくても、大多数の人間が和チカに敵意を向けているのがわかった。


一刻も経った頃、入り口から風と共に良い香りが吹き抜けた。金座慈の花のような、甘い煙のような香りだった。


「皆んな揃ってるのかな?」


皆一斉に口を黙み、これまで以上に頭を低く下げた。"分分朝ジ家"が訪れたのだ。弾むような軽い声が鼓膜をくすぐった。上役の数人は声の主を察して、低くした頭をさらに床に擦り付けた。訪れたのは"グリマグス1イッケイ"、分分朝ジ家の次世代筆頭の主力だった。


グリマグスは両脇で頭を垂れるラク字集の中央を歩き、上座に胡座をかいた。

上役の何人かが形式的な挨拶を申し上げようとしたが、グリマグスは不要だと言わんばかりに遮った。


「単刀直入に言うね。翌の月、ガ口字ガクチ ザと交流戦を行う。その後、見込みのあるものはラク字に迎え入れ、ラク字再編を行う。その逆も然りだね」


重苦しい空気が一気に広がる。意に返さずグリマスの軽薄な声色が弾む。


「そういうことだから、頑張って。詳細は使者と調整してくれればいいから」


甘い香りが移動し、本殿の出入り口に向かう。


「恐れながら」


一人の上役が声を上げた。特徴的なキンキン声。皆、頭を下げたままでも声の主が"ゴジ羽ン(ゴジハン)"だとわかった。周囲の制止を振り切り、ゴジ羽ンは甲高い声をさらに上ずらせた。


「私めの命を賭して、具申致します。我らラク字は、一昨年にア桜字アザクラ ザと再編をしたばかり。未だア桜どもとの連携もままならぬ中、さらに再編となればーー」


グリマグスは、何も聞こえなかったかのように振る舞った。

「あとよろしくね」


彼が去ったのだろう。甘い香りが消え、皆が今か今かと掛声を待つ。


調整役の「直って良し」の号令が響く。堰を切ったように本殿中で怒号が飛び交う。大半がゴジ羽ンと同じ、ガ口字との再編に強く反対する声で溢れていた。


烏合の衆が囀る中、低くの太い男の声が本殿に響き渡る。雑音を掻き消す鐘楼のような声。八マナ児が発したものだった。


「許可もなく仕える"家"に物申すとは、どう責任をとるつもりだ」


八マナ児の怒号の矛先は、ゴジ羽ンだった。上役の一人とはいえ、個人が直接に"家"の人間に意見するのは禁忌であった。下手をすれば集落全体が処分を受けかねない。


ゴジ羽ンは下役たちの制止を振り切って八マナ児に近づく。


「これ以上ラク字の血を薄められては例え"家"相手でも物申さない訳にはいかない。俺は皆の意見を代表して伝えたまで」


「いつからお前がラク字の代表になった」


ゴジ羽ンは黙り、冷ややかな視線を隣の和チカに移した。

「"外様"をうまく飼い慣らすお前は、これでいいのかもしれないがな」


八マナ児は木床を踏み抜く勢いで一歩前に進むと、羽織っていた黒半纏を和チカに放り投げた。八マナ児はに指を滑らせた。指先から紡がれた色字が空に浮かぶ。


「命を賭すと言ったな、二言はあるか?」


「無いな」


ゴジ羽ンは返答と同時に、同じ色字を書いた。直後、双方の文字が二者の間で燃え消える。


上役同士の本気の”戯戦"(ギセン)が始まろうとしていた。本殿の熱はこれまで以上に高まっていた。

八マナ児とゴジ羽ン、両上席が同時に”走術"を展開する。


野次、怒号、喝采、それらをかき分けて、二人は滑るような音速で外へ飛び出す。皆も我先にと追いかけ、本殿の大門は蜂の巣をつついたようになった。”走術”を展開するもの、”雨合羽”、"空傘"を使うもの、各々が羽虫のように彼らを取り巻き飛び回る。


命を賭けた上席同士の”戯戦”。血の気の多い戦闘集落にはこれ以上ない極上の物見なのだ。


和チカがようやく外に出られた頃には、快晴の空の下、二匹の獣が舞っていた。


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