山塊和チカの出会い
人力車が行き交う社前の大通り、人々の活気が土埃を舞い上げる。
山塊和チカ(ヤマカタリ・カズチカ)は、言いつけられた品物を懐に抱え帰路を急いでいた。訓練に使う防具を切らし、上席に酷く叱られたからだ。一刻も早く持って帰らなければまた酷い折檻を受ける。和チカは、防具の入った小袋を握りしめた。
目の前が暗転し、何かにぶつかったような強い衝撃を受ける。和チカはそのまま道端に尻餅をついた。何が起こったか分からなかった。和チカはコンマに満たない時間で体を立て直し、臨戦体勢に入った。
【ありえない】
和チカはそう思った。国家有数の戦闘部隊である”ラク字”(ラクザ)集落。その”三階”の身分である自分が、一般道で尻餅をつくなど【ありえない】のだ。
こんなところを上席や同僚に見られれば、折檻などでは済まない。降格処分、下手をすれば"ラク字"に泥を塗ったと集落からの追放もありうるだろう。
和チカは青ざめた顔で周囲に視線を切った。幸いに誰も自分の尻餅には気づいていない。当然といえば当然だ。一般人からすればコンマ数秒に満たない出来事なのだ。
目の前に見慣れない男女が立っていた。
尻餅は彼らの仕業か。
和チカは警戒を強めた。ラク字に仇をなす敵方の奇襲か、どこかで個人的な恨みを買ったか、いずれにしてもこいつらはそれなりの手だれだ。触れられるまで一切の気配がなかった。
和チカは、周囲を巻き込まない程度に力を内転させた。細い手足にバチバチと寒色の雷が纏わりつく。
眼前の男女は和チカの威嚇を無視した。男の方は腑抜けた表情で周囲を見渡していて、女は地面にうつ伏している。
「ここ大正時代? 違う世界線じゃないの?」
男は和チカに目もくれず周囲の建物や人物を観察している。上下見慣れない青い服を身にまとい、歳の頃は而立といったところだろうか。二秒は経った。臨戦体勢の和チカに男はまだ一瞥もくれていない。
【取るに足らない存在だと言いたいのか】
プライドを逆撫でされ、和チカの熱は更に昂った。
「貴様、名乗れ。ワチシが”ラク字”とわかっての襲撃か? 回答次第では即撃つ」
男は驚いた表情をした。
「お、言葉がそれなりにわかる」
男はまだ和チカの内転させた力に一切の警戒の色を見せず、不用意に近づき目の前にしゃがみ込んだ。
「お嬢さん、何かようかな? 迷子なのかな?」
和チカは男の舐め切った態度に憤慨し、間髪入れずに初撃を入れた。
外術の空空滑車。
溜めを排除し、様子見程度の威力で放った。
相手が距離で躱すか、力で弾くか、同様の外術で相殺するか、いずれにせよ相手の力量と系統が知れる。
結果は、和チカの想定したどれにも当てはまらなかった。男は何の対処もせず、和チカの指先から放たれた豆粒大の空気圧をそのまま腹部で受けた。
和チカの内心は穏やかではい。
【瞬時に威力を見切り、対処するまでも無いと判断したのか】
和チカは手だれ相手の本息戦闘を覚悟し、内転した力の全てを足裏に集中させた。”走術(トウ術)”はラク字の真骨頂だ。
次の瞬間、和チカの予想は再び裏切られる。男は、腹から血を溢していた。噴き出た血流が地面の土を黒く濡らす。
「十蔵」
地面に俯していた女が男に駆け寄る。
「いくら何でも死ぬのはやすぎじゃないですか」
女の問いに、男は力なく笑っていた。