第4話 『接触』(Part-C)
「………僕は、いったい………?何があったんだ?」
どれほど時間が経ったのだろうか。雅が意識を取り戻したその場所は無機質な白い壁に包まれている。各ベットを仕切るように設計されている、天井からの釣りカーテン。彼が横たわっていたベットは、病院で使われているような物だった。
この部屋には、彼以外にはいないようで、彼が使っているベットをあわせると5つおいてある。彼が使っている物だけマットレスの上にシーツが引かれていて、体には薄い毛布が掛けてある。
「病院………?」
ベットに横たわる彼の体には拘束具などはついていない。雅は自由に体を動かせた。
「ん………?」
彼は、上体を起こすと自分の状態を確認する。服に乱れはない。点滴もされていなければ、体のどこも今朝家を出た時と変わらぬ状態。
「いったい………。」
彼は何が起こったのか理解出来なかった。彼はベットから降り、何も体に痛みがないことを確認してから静かに立った。
「あの、誰かいますか?」
そこには診察用に使うのだろう医者の机といくつかの薬箱、そして消毒液につけられた脱脂綿を入れたケースなどが見える。病院と言うよりは、学校の保健室のような場所のように雅は感じた。でも、四方を囲む壁には窓はない。
誰もいなかったので雅はその部屋から出ようとした。1カ所ある鉄の扉、保健室には似合いそうにない扉を開けようと、ドアノブに手を掛けた。
「ん、開かない?」
扉は全くの動かない。何度か軽く力を入れてみたが、ぴくりとも動かない。
「鍵でも掛けてあるのかな。」
と、その時だった。突然その鉄の扉が右にスライドして開いた。
「うわっ!」
とっさに左手で持っていたドアノブを離す。ドアの向こうには数日前雅の家を訪れた、あの女が立っていた。
「お目覚めの気分はどうかしら?」
女は、雅のあっけにとられたその姿を見ながらそう言った。
「あ、貴方………確か、何日か前に家に来ましたよね。」
女はその言葉に少しを間をおいてから、答える。
「…………覚えていてくれたの。」
「はい、たしか松岡さんでしたね。」
「あら、名前まで。」
「………って、ここはいったいどこなんですか!?」
目の前の松岡の姿、見知らぬ保健室のような場所、そして何が起こったかわからない状況。普段はおとなしめの雅も、さすがに取り乱す。
「ここ?詳しいことは話すことは出来ないけれど。大丈夫、今日中にはしっかりと家に送り届けますから。」
松岡は、あの時家で見せたのとはまったく別人のような表情だった。冷静で沈着、もしかしたら、冷酷で残忍とも思われそうな表情で答える。
「今日中に………って、いったいどういうことなんですか!?」
雅は大きな声で、松中に質問をする。
「あら、可愛い姿が台無しね。」
その声は小さな声で、激しさを増している雅には聞き取れない。
「はい!?」
「とにかく、こういう方法をとったのは謝ります。でも、ついてきなさい。結城君、貴方に会わせるお方がいるの。」
激しい雅、そしてあくまでポーカーフェイスな松岡。雅は、この人には何を言っても駄目かもしれないと思い、素直に従うことにした。
「あ、そうそう。その前に………貴方のコミュニケータは、機密上私たちが預からさせていただいています。」
「え………」
彼は釈然とはできなかったけれど、彼女にはおとなしく従うしかなかった。彼の直感が、そうさせていたのかもしれない。
医務室を出ると3分ほど、冷たいコンクリート製の打ちっ放しの廊下を歩いた後、2重の分厚い鋼鉄の扉によって保護されたある部屋に通された。途中、いろいろな部屋に別れているのだろう鋼鉄の扉が並んでいた。どうやら、普通の建物では無さそうだという事は、雅にも理解できた。
「結城君、こちらに来て。この扉の向こうに会っていただく方がいます。」
3枚目の扉は、今度は高級そうな木目調の戸だった。
「ここですか?」
「そうです。」
そう言うと、松岡はその扉を開ける
「さ、入りなさい。」
「はい。」
雅は訳の分からないまま、部屋に通された。その部屋は、あらがち普通の会議室、テーブルは円形で、それを囲うように10脚ほどの椅子が均等に並べられていた。
そして、そのテーブルの1カ所の椅子に、一人の色違いの日本海軍の軍服を着た少女が座っていた。軍服を着ているがその体格、顔立ちといった印象から、小学生くらいと雅は判断する。なぜ、このような少女が海軍の軍服、しかも見慣れない色の物を着用しているのかは、想像できない。
「ようこそ、結城雅君。」
会議室に入れられた雅の姿を見て、少女は立った。身長は、やはり150cmくらいしかない。少女には女子の制服であっても、軍服は似合わない。そして、その少女からは、少女らしからぬ言葉が投げかけられてきた。
「いままでの君への無礼を許したまえ、私は日本海軍少佐、柏木正美だ。」
少女から述べられたその言葉に、雅は驚いてしまい、何がどういうことなのかよく理解できない。
「え、あ、海軍少佐………?」
「そうだ。私は海軍の少佐、柏木と言う。」
少女はそう言うと握手をしようと言うのか、右手を差し出す。
「あ、はい。」
拍子抜けしてしまった雅は、すぐに握手に答えることは出来ない。
「あ………。」
そして、5秒ほど間を置いてから雅は少女と握手を交わす。雅の眼には、少女の軍服の襟元にある階級章、そして海軍を示す徽章、さらに見慣れないなにかのバッチ、おそらく所属部隊か何かを指し示す物が入ってくる。それは、彼にとっては目線は下の方にあった。確かに、身長は150cm位だろう。
『海軍のパンフレットに書いてあった………確かに、この人は少佐の階級章を付けてる。このような娘が、どうして?』
そして握手を終えると、少女はコミュニケータを使用し誰かと連絡を取ったようだ。
『この建物は、たぶん地下………。どうしてコミュニケータが使えるだろう?』
脳波でコントロールする携帯電子コントロールシステム、俗にコミュニケータと呼ばれるシステムは、この時代珍しいことはなかった。このシステムは、人の意志によって起こる、脳波を感知して自動的に作動、そして音声やホログラフィーとしてその結果などを表示するシステムである。
しかし、電波の届かない地下では使い物にならないはずである。このシステムは、様々な用途で使われているが、少女は、一般民生用のシステムに近い物を使用しているらしい。ほんの僅かだが、”NOW CONNECTING”という。3cm四方の小さな表示が、彼女の左目の10cm位の場所で投影されたのを、雅はしっかりと見ていた。
そしてその表示が終わると間をおかずに会議室に、松岡が入ってきた。今度は白衣を着ている。
「柏木少佐、お呼びにより参りました。」
「うむ。改めて紹介しよう、こちらが私の部下の松岡特務少尉だ。」
「初めまして………ではありませんね、結城雅君。よろしく。」
二人は、雅の目の前に並ぶがどうみてもおかしい。少女の部下が大人の女性、いったいこれはどういうことなのだろう。
「は、はい。」
「結城君とは、一度結城君のお宅でお会いしましたわね。」
そして、松岡の雰囲気も医務室から会議室に来る時の松岡とは、ずいぶんと印象が違う。言葉に、しっかりとした暖かさを感じる。
「それでは、そちらに腰掛けてください。」
少女はそう言うと、先に結城が席に腰を掛けるのを見てから自分も腰掛ける。そして、松岡も、腰掛けた。
「さて、さっそくだが………、松岡君、君から説明してくれるか?」
少女の口調は、あくまでも風貌にはあわない。
「わかりました。結城雅君、これからお話することは軍事上の機密事項になります。この様な事をお話しするのは、貴方に力になってほしいからなのです。よろしいですか?」
「は、はい・・・?」
雅はその松岡の言葉に、そう応えることしかできなかった。