第2話 『接触』(Part-A)
第2話 『接触』
険しい表情をした雅の両親と彼。そしてテーブルをはさんで、こちらも険しい表情の若い女性の二人組。
「…………………。」
重苦しい雰囲気に包まれていた。ソファーに腰掛ける長髪の若い女性2人は着ている服、メイクやヘアースタイルも違う。一見しただけでは分からないくらい似ている彼女たちは双子の姉妹で、海軍の研究者だという。
彼女たちが雅の家を訪れる数日前、海軍の横須賀基地に所属しているという若い女性の声で雅の家に電話があった。なぜ全く関係のない海軍が突然連絡をしてきたのか?それも不思議でならなかった。電話を受けたのは雅の母で、最初はかなり不審に思ったと話していた。
「海軍の方々がうちの息子をほしがるのか、あなた方のお話では到底理解することも出来ません。」
雅の父親が言った。
「いきなりこのようなお話しを伺っても困ります………」
母親も、やはり同じ考えのようだ。両親に挟まれて座っている雅は、ただその様子を見ることしか出来なかった。
「理由も無しに、なぜ息子を軍隊にやらないといけないのですか?日本は軍を復活させたけれど、このような事は無いはずですよね。」
父、雅彦は冷静に言った。若い研究者の二人である姉妹の方は説得に苦慮していた。関わっていることが兵器利用を前提とした新技術の開発という軍事機密である以上、海軍が雅を欲している理由を話すことは出来ず、どのように説得するか迷っていた。
「………それにあなた方は、こういう席の場においてもPCSを使っておられるようだ。無礼ではありませんか?」
こうして、海軍による最初の”説得”は失敗に終わった。
「本当に海軍の人たちが来たわね。」
母・美也子が心配そうな顔をして言った。
「海軍という割には女連れか。」
「あなたったら!!」
「そんな事はともかくとして………雅、本当にお前は何も知らないんだな?」
「うん、話したとおり体験入隊はしたけど………海軍に入るつもりなんて思ったこともないし。単なる小遣い稼ぎのつもりで行ったのに。」
確かに雅と真也は帰り間際に交通費と併せて6000円近くを支給されていた。でも、彼にとっては小遣い稼ぎのつもりだった。このことを真也には話していなかったから、このような小遣いがあるのを知った真也はビックリしていた。
「う~む………。」
雅彦は腕組みをして少し考えこんだが、息子の話を聞く限りでは間違いをしていないようだし怒る理由もない。海軍の人間が本当にやって来たことに、さすがの雅彦も困惑せずにはいれなかった。
「海軍中尉と少尉か………」
どう見てもそのようには見えない二人という印象が、雅と両親に強く残った。
説得に失敗した海軍ではあったが、
結城家には24時間体制で海軍の工作機関による監視がなされるようになっていた。
3月4日
結城家の玄関から一人、誰かが出てきたのを見て言った
「監視するのは………あの女の子か?」
L96A1(スナイパーライフル)の照準で見ている工作員の姿があった。
「結城雅、今年高校を卒業。」
その隣で双眼鏡で同じ方向を見ている彼の相方の工作員が答えた。
「雅だって?雅だと思ってたよ。かわいく見えるのに。」
「まー、確かに女の子に見えなくも無いけどな………」
「雅なんていう名前、軍のお偉方の令嬢かと思ってたけど違かったな。」
海軍はいくつかの柏木家のそばの空き屋やワンルームマンションの空室を探し出した。そして、その空室を海軍が偽名で借りているその部屋に彼らはいた。
「本当は女の子だったりしてな~。俺たちみたいなのに監視警護させる位だしさぁ。」
「ははは………っていうかさ、お前………それ(L96A1)で覗くのやめろよ。俺たちは狙撃しにきたんじゃないんだぜ。」
「そうなんだけどさ。おっと、報告しないと。」
彼はヘッドセットの無線機の電源を入れると、こう言った。
「こちらイーグル。ターゲットは徒歩にて自宅を出発、A地点を右折した。」
すぐに、
「アルバ了解」
「フォックスラジャー」
「コブラOK」
と、配置された工作員たちが無線で呼応した。
PCS:Personal Communicator System
裸眼に直接装着するコンタクトレンズ状のディスプレイに情報を投影表示し、脳波によって直接コントロール無線などで外部とアクセスするシステム。本体の大きさはマッチ箱2つくらいで、使用する本人から数メートル以内の位置にあれば問題なく動作する。/一般民生レベルまで普及していて、携帯電話や主要なモバイルデバイスの代替えとなっている。高速なネットワークに接続できる。一部の施設やTPOに併せて利用できないようにする信号を受信した場合、大幅にその機能が制限されるようにするように出来ることが義務づけられている。コンタクトレンズ状のディスプレイのものは、目の疾患・視力に問題のある人は利用できないため、メガネ・ゴーグルに液晶表示するタイプの物や、空間に投影するタイプの物などが存在している。本作に登場している”コミュニケータ”とは、このことを言う。