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第1話 『時は2013年2月』

「今日から、この学校で皆さんに英語を担当することになった中司です、よろしく。」

翌日。火曜日には行われない臨時の朝礼が行われていた。新任の教師の中司真也を紹介する為だった。

 彼は、体育館に集まっている中等部の生徒たちを前にステージの壇上に立って話している。その様子を、二日酔い気味になっていた雅も他の中等部の教員たちの列で聞いていた。『本当に”教師”としてここに来た………本当に分かりやすいわ………』

ズキズキと痛む頭でも雅は中司の様子をしっかりと見つめている。彼女と彼の間には、複雑な過去があるのだから。


朝礼が終わった後、その日は月曜日の朝礼と同じ時のように朝のホームルームは無くて、そのまま一時限目の授業が始まる。

「それでは行きましょうか………中司先生。」

職員室では雅の正面の位置に席を与えられた中司を見てそう言った。

「柏木先生、今日から本当によろしくお願いします。」

中司はなんとなくわざとらしく答える。雅の本名を知っているのは、ここには彼しかいない。二人は職員室を出て、中等部の教室棟に向かって歩き始めた。

「それにしてもさ、本当にここって女子校なんだよな。しかもお嬢様ば~っかりってやつ?」

「決まってるじゃない、ここは女学院なんだから。」

「雅、お前もここのOGなんだろ?」

「なんでそれを知ってるのよ?」

「学園長に聞いたのさ。」

当たり前のように答える中司に、雅は怪訝そうな視線で言った。

「………とにかく………学校ではちゃんと話しなさいよ。」

話の内容はともかくとして、あまりに馴れ馴れしい彼の態度に雅は憤りを感じている。二人の関係から自然とそうなるのかもしれないけれどとは思っがいた彼女ではあったがここは職場、しかも女学院の名が付いている、そんな学校なのだから。

『先が思いやられるわ』

雅はそう思った。

 それから数分も経たないうちに、二人は教室の入り口の前にいた。

「ここが、今日から副担任を務めていただく事になる1年A組。」

「なるほど。」

雅の説明に、あっさりと切り返す中司。

「じゃ、入るわよ。」

雅はドアに手をかけると、1年A組の教室に入っていった。

 その時、彼女のコミュニケータに情報が表示された。

”どう?学校の様子は。中司君の事だけど、やっぱりその通りよ。十分気をつけて。”

『って、なんてタイミングで………でも情報ありがと』

雅はそう思いつつも、普段の様子でそのまま教壇に上がった。




第1話 『時は2013年2月』




「あ、真也から?」

僕はコミュニケータへ回線をつなぐように念じる。すると、瞬間的に目の前の勉強机の空間に映像が表示される。

「何、真也?こんな時間にめずらしいじゃん。」

「おいおいお前、なんて格好してるんだよ。」

風呂から上がって間もなくのコール。そして、相手が真也だったから僕は回線を開いたのだ。まだ、上半身は裸のままだ。

「悪いね、今風呂からあがったところでさ。で、どうしたん?」

僕は背後にある箪笥からTシャツを1枚取り出す。

「ああ、今日俺のところにも届いたぜ。」

「あれが?」

「おう。で、お前はどうするんだと思ってさ。」

「うーん、まだ決めかねてるんだ。」

僕はTシャツを着ると、勉強机の椅子に腰掛ける。真也はというと、あいつはベットに座りながら僕にコールしたようだ。背後には、車のポスターが貼られているのが見えるからだ。

「戦争っていってもさ、僕らは最前線に出る訳でもないしさ。」

「まぁ、それはそうだけど。でも日本だって、こうなってくると、いよいよって感じがしなくもないか?」

「ああ、確かにそうかも知れないけどさ。」

「いま、まだ不景気なわけだしだからと言って選んだ大学も、適当に選んだんだしな。どうするかな。」

「僕は、ゆっくりと考えてからにするよ。両親や妹のこともあるし。」

「そっか、そうだよな。」

「じゃまた今度。わりいなまさ。」

真也は、そう言うと軽く左手で敬礼するようなポーズをしながら回線を切った。


 僕と真也は、大学への進学が決まっている高校3年生。しかし世の中は、朝鮮半島で再び始まった戦争を契機に、中国が台湾に侵攻し、中東ではイスラエルとパレスチナの勢力が戦っている。後世の歴史が言う、世界は”第3次世界大戦”といわれる状態の中にあった。そして、日本も例外ではなく、自衛隊から再び軍組織に戻された新・日本軍が、さかんに新卒兵などの募集を行っている。

 僕や真也のところにも、例外なく軍から募集の案内書が郵送されていた。高校の他の友達のところにも、届いていると聞いていた。

 日本はアメリカやEUと同盟関係にあって、戦争はあくまで有利に傾いていた。というか、石油や食料品などの物価は多少あがってはいるけれど、あまり平時と変わらない状態が続いている。過去の第2次世界大戦の頃の日本では無いことは明らかだ。


 翌日の学校の2時間目。もう2月も19日。卒業試験も終わり、あとは卒業までの思い出作りの学校。授業もないし2時間目と言っても、ただ教室でクラスメイトと話をすることが中心。しかし、男子生徒の間では軍から届いたパンフレットの話しが持ちきりとなっている。

 僕と真也も例外ではなく、

「まぁ、試験くらいは受けてみてもいいかもしれないとおもってさ。」

「雅、おまえ………。」

「ああ、あくまで試験くらいはだよ。僕みたいな体してるのが、軍隊で雇ってくれると思う?」

「まぁ、確かにそうかも知れない。」

真也は、妙に納得したような顔をしながら、僕の体を一目見る。身長162cm、体重47kg。女子と比べてみても、あまり変わらないくらいの高さ。

「雅、おまえが受けに行くって言うのなら、俺もつき合ってもいいぜ。」

「そう?じゃぁ、明日にでもつきあってよ。」

「明日ー?ずいぶんと急じゃないか?」

驚く真也に僕は、

「うん、ほらここみてよ。」

とパンフレットを開き、あるページを左の人差し指で示す。

「ああ、何?この地域の体験入隊検査日?確かに20日だな。」

「そうでしょ。高校ももう終わりだしさ。来なくたっていいわけだし。」

事実、教室を見回すと三分の一くらいのクラスメイトは、登校してはいないように見える。朝の、出席調査も飛ばされているくらいだ。

「だからさ、行ってみない?」

雅は、真也に押され気味になり、

「あ、ああ………わかったよ。」

と、答えた。


「それにしても、すごいサンプルが採れました。この結果見て頂けますか?」

「ん?結城雅………高校3年生。」

検査員と、その検査員が敬語を使い話している相手は、見た目では年齢はまだ小学校高学年くらいの年の少女だった。

「………なるほど、この結城雅という少年は、異常なまでに脳波が特殊だって事だな。」

それは、雅の脳波測定の結果であった。わずか10分間という短い時間の結果ではあるが、ある特異点が観測されている。

「これは、詳細を検査する必要があると思うのだが………。」

少女は、雅の脳波が記録されているロール紙を眼を細めて読みながら、そう呟く。少女のそのあどけない姿からは、出されるような口調は無かった。そもそもその少女は、男物というよりは、少年が着る服を着ている。その胸は僅かに膨らみかけているようにも見えているにもかかわらず。

「主任、どうしたのですか?」

真剣にロール紙を読む姿を見て、検査員とは別の、まだ20代前半くらいに見える女性が、背後から話しかける。彼女は白衣を着ていて、しっかりメイクもしている若い女研究員と言った風貌だ。

「ああ、松岡君か。まずこれを見てくれないか。」

少女は振り返り、ロール紙を松岡に見えるようにする。

「ここなんだが。」

少女はロール紙のある一カ所を指さした。

「クシー波ですか?」

「ああそうだ。ここなんだけどな。」

「こ、これは………。」

松岡は、そのロール紙を読みながら驚きの言葉を発した。

「そうだ、そういうことだ。分かっただろう?」

「これは、つまり………。」

「ああ、初の真の適合者かもしれない、ってことかしれないな。」

「確かに、そのようですね………。」

少女と松岡はお互いの顔を見ながら話す。

「ただな、分からないことがあってな、この結城雅という高校生、男なんだよ。」

「え?男?」

「そうだ。」

松岡は眼を丸くする。二度も驚きを覚えた。

「つまり非常に貴重な逸材、絶対に検証しなければならないってことさ。」

「そうですね………。」


 21世紀になり、脳波による電子回路の直接制御の技術が導入されはじめたが、現在では一般民生品にも、様々な分野で活用されている。

 そして、さらなる研究の結果、発見されたのがクシー波である。この脳波は、女性にしかみられていないと言われる脳波で、男性から発見されたのが、知る限り今回が初めてである。

 クシー波は、どの脳波よりも意識して明確にコントロールできる脳波で、その意味でも、軍事的な目的で利用できる可能性があった。

 兵器に対して、人が物事を判断し、手と足で操作する以前に、脳波でコントロール出来れば、正確にしかも比較にならないほど速い速度で反応することができるのである。


「しかも、この高校生のクシー波の脳波レベルは、一般女性の平均の3倍を超えている。何も訓練もせずに、平常時にだ。わかるだろう?」

「はい。」

「つまりだ、この高校生にはとてつもない可能性がある、と言うことなのさ。」

「それは、分かりますが………。」

「とにかく、何としてでもこの高校生の調査を行うようにするのだ。」

「はい、分かりました。」

困惑していた松岡も研究者の一人である。主任と呼ばれている少女の言葉に、強くうなずいた。




 2月27日。雅と真也は、1週間前に興味本位で受けてみた、軍の適性試験の中でおこなれた、健康診断の結果、健康的に問題があると指摘された。本格的な精密検査を受けるために、東京のある大学病院に来ていた。

「それにしてもさ、おかしくないか?」

検査の前に、更衣室で検査用の服に着替える二人の会話。

「何が?」

雅が真也の問いかけに、そう答える。

「この検査、全部軍が費用出してくれるって言うんだぜ。何か変じゃないか?」

「気にすることは無いと思うけど?」


 二人とも、それぞれ服を脱ぐその様子は、別室からモニタで監視されていた。その並べられたモニタの前に、少女と松岡の姿があった。二人が話している会話の内容も、しっかりと記録されている。

「無理もないというところでしょうか。二人には悪いのですが。」

「ああ、すでに極秘事項だからな。」

モニタの前で、二人の会話を聞きながら、少女と松岡は話していた。

「検査着にも、盗聴器が仕掛けてあるのですよね?」

「ああ、そうだ。」

松岡の問いに、少女はぶっきらぼうに答える。今日のその少女の姿は、ピンクのロングワンピースに、赤と緑のチェックのヘアバンド。短い白の靴下と、ピンク色の靴を履いている。

「それにしても松岡君。なんでこのような格好をしなければいけないのだ?」

「仕方ないでしょう?そのような格好をしていただかなければ、逆におかしいですから。」

「まぁ、確かにそうなんだが。」

「主任、このような事をなさると決めたのは、主任なのですから。」

「ははは………。」

その少女の笑い声は、乾いた声であった。




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