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序章

「覚えてるわよね………あの頃の事。」

「あの頃って、いつ頃の事?」

答える男は、わざとらしく焦らして答えた。

「もう………」

「あの頃の頃か、忘れる訳ないじゃないか?」

彼はあきれ顔の彼女の顔を左手に見ながら、グラスを傾けた。

「こうしてまたおまえと話すことが出来るなんて、夢にも思っていなかったよ。」

「………夢………か………」

隣に座る彼女も、彼と同じように両手で持ったグラスを口元に運んでいく。

「で、今は何をやってるんだ?」

「今は、一人の教師に過ぎないわよ。」

整った顔立ちなのに無精ひげの男と、長髪の美女。暗がりのカウンターで二人で飲んでいるその姿は、周りには不釣り合いに見えた。

「そっか………そうだな。」

彼女に相づちをする彼。そして、彼女がカクテルグラスから口を離すと、わずかにダークレッドのルージュがグラスに残った。

「今は、これで良かったって思ってるわ。あれからもう十年は経つのよ。」

「ああ………こうして酒を飲めたのも良かったもんさ。」

彼はそういうと、ストレートのバーボンを飲み干した。



彼らが出会ったのは、二人がまだ中学生になって間もない頃。それは第三次世界大戦の前だった。



「なあ、いまでもまだあの仕事してるのか?」

「だから、言ったでしょう?今は一人の教師に過ぎないって。」

彼の質問に、彼女は少し言葉を選んで答えていた。

「おまえさ、有名人じゃん。でもさ、同じ名前だったし………まさかなぁとは思っていたけど、それがマジだったなんてさぁ。」

「わたしはみやびまさじゃないんだから。」

「ふーん………」

「あら、疑ってるの?それに今の私は柏木よ。結城じゃないんだし。」

「ああ、そうだったな………。」

「昔の事よ。戦争も終わっているんだし、私はもう切れたのよ。」

彼女はそう言うと、黒の革製のポシェットからシガーケースを取り出した。

「ん?おまえ煙草吸うんだ。」

「普段はあまり吸わないけどね。こういう時は吸うのよ………。」

彼女はそう答えると、細長い煙草を一本取り出した。



「新しい任務しごとは、この女についての周辺調査だ。

何枚かの写真と、十数枚に及ぶ彼女に関する資料を前に、二人の男が立っていた。

「これは………」

机の上に置かれた写真と資料を、任務を任された中司が手に取った。

「柏木雅、海軍の元軍人。第一艦隊第十六大隊麾下の特務部隊の隊長にして最終階級は少尉………。」

中司が資料に目を通している。彼の目にはこのような線が細い女性が、本当に軍人であったのかどうか疑問に見えた。彼の上官は言った。

「君も知っているだろう。前の戦争で首都圏の空爆を阻止したと言われている部隊の隊長だ。本当なら英雄に等しい人物なのに、表彰すら受けていない。詳しい事は、以前分からないままだ。」

「ええ、この噂は知っています。しかし、この部隊はもう解散したのではないですか?それに、第一六大隊といえば横須賀の研究機関ですね。そのような人物がなぜ実戦に?」

「確かに、部隊は解散しただろう。ただ、当時の将兵のほとんどが生きている。それに、海軍が開発していたというのは、人の形をした汎用兵器だと言うではないか。」

「それは幻ではないですか?」

中司の疑問の問いに、上官は言った。

「だから、それが知りたいのだ。上層部は、少なくとも今でも海軍がこれの開発を進めているのではないのかと思っている。」

「それで………私を?」

「君とこの女………柏木雅………いや、結城雅まさとの関係は調査済みなのは知っておろう?」

上官のその言葉に、中司は答えることは出来なかった。




「ここがあいつが教師をやっているっていう学校か。ずいぶんと立派なもんだな。」

中司は任務のため柏木雅みやびが現在教師として教鞭をふるっている、神奈川県横浜市の私立学園に潜入することになった。同じ、教師として。その陰には、中司が所属する組織の力がある。私立学園の教師として潜入するのは、たやすいことであった。


 そして、新任の教師と言うことで校長と教頭に連れられ、はじめて職員室に入った時そこにいたのが、あの結城…否…柏木雅だった。

「おはようございます。そちらにいらっしゃる方は失礼ですけれど?」

彼女はいくつかの茶封筒を両手で胸に抱きながら話す。

「ああ、柏木先生。おはよう。こちら来週から当私立学園で教鞭をふるって貰うことになった、中司真也先生です。専門教科は………。」

校長は、言葉を詰まらせ、中司の顔に視線をずらす。

「はじめまして。中司です、専門は英語です。」

「そうそう、中司先生は専門は英語ですな。こちらは、柏木雅先生、1年部の英語を担当してもらっています。」

校長が柏木の簡単な紹介を続け、一息つくと、今度は教頭が、

「中司先生にも、柏木先生と同じく1年部と2年部の半分のクラスの英語を担当して頂きますので。」

「はい、そうですか、わかりました。よろしくお願いいたします。」

中司はそう言うと、左手をすっと柏木に差し出した。

「こちらこそよろしくお願いいたしますわ、中司先生。」

するとごく自然に柏木は左手を差し出し、握手を交わした。中司の手に、柏木の感触が伝わってくる。それはたしかに大人の女の手、細くてしなやかな感触。柏木の爪には、薄いピンク色のマニキュアが施されていた。

「それでは、参りましょう。他にも案内する場所がありますから。」

校長に促され、教頭と中司は職員室から出て行く。

「…………中司真也………、まさか………ね。」

職員室に残る彼女の口から、小さな声が漏れた。



「まさかあの時は本当に真也君だとは思わなかったけれど。」

「はは………ひどいなそりゃ。」

中司の新任歓迎会の三次会を、柏木が良く行くというバーで二人、という訳である。

「それにしても………?」

「それにしても?」

「結城、本当に女になってたんだな、お前………。」

美しい高めの声。長く伸びる黒髪はストレート。口にはダークレッドのリュージュ。赤いタイトなスーツは、彼女の豊満な胸を主張する。スカートはミニスカートで、伸びる足にはダークブラックのストッキング。そして、黒い色のハイヒール。肌の色は透き通るように白く、かなりのレベルの美女である。

 どこをどうみても軍に入隊が決定し、別れた時のあの頃の面影はどこにも見あたらない。

「あら………いろいろ大変だったんだから。真也君、貴方も私みたく女になればよかったのかしら?」

「あはは。それは勘弁してほしいな。」

「でも、一度くらいはアレとか体験してみれば女の気持ち、わかるんだから。」

「そう?」

「そういうものなのよ。言ったでしょ、人は十年も経てば変わるって。」

「そう………かもしれないな。」

「だって、真也君。あの貴方がうちみたいな学校の教師でしょ?貴方も、人のことなんて言えないんじゃなくて?」

「そうか、そういうものかな。」

「きっと、そうなのよ。」



 二人の三次会はこうして、夜遅くまで続いていった………

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