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何度、崖から突き落とされようとも

作者: ウォーカー
掲載日:2023/11/06

 行楽の季節、晴天の日。

男3人と女2人の5人の学生たちが一緒に山に来ていた。

5人の学生たちは、最初はほんのハイキング程度のつもりだったが、

興が乗って歩が進み、いつしか登山道に入り込んでしまっていた。

なだらかだった野原は、険しい山道へと変わっていった。

雲行きまで怪しくなり、あっという間に辺りは暴風雨。

崖道で身動きができなくなった5人は、倒木にしがみつくようにして、

暴風雨が過ぎ去るのをじっと耐えることになった。

他の登山者を見かけなかった理由に、今更ながらに気が付いたのだった。


 「みんな、生きてるか!?」

先頭の男子学生が、後ろを振り返りながら叫ぶ。

「う、うん!」「なんとかね。」「ええ。」「もちろん。」

後ろからはそんな声が暴風雨混じりに返ってくる。

崖道には倒木以外に何もなく、風雨を避けられる場所もない。

5人の学生は腰を低くして必死に崖道に踏み留まっていた。

しかし、前から2番目の女子学生が体勢を崩したことで、均衡が崩れた。

「あぶない!」

真ん中の3番目の男子学生が、女子学生に手を伸ばして支えようとする。

崖から落ちそうになった女子学生を助けたと思ったのも束の間。

「止めろ!」

大きな声が聞こえたかと思うと、

その男子学生はドン!と背中を突き飛ばされ、

崖下へと転がり落ちていったのだった。



 真っ暗な闇が意識を覆っている。

その男子学生が目を覚ますと、しかし目の前には闇しかなかった。

「僕は・・・死んだ、のか?」

すると真っ暗な空間の上方から、天の声が降り注いだ。

「そうだ。お前は死んだ。

 ここは天国でも地獄でもない、あの世とこの世の狭間。

 お前はここで、やり直しをする権利を与えられた。」

天の声が聞こえる上の方に向かって、その男子学生は声を上げた。

「ここはどこ?あなたは誰だ?やり直しってどういうこと?」

厳かだが拒絶的ではない天の声が返ってくる。

「人間は死ぬと、生前の行いによって天国か地獄へ送られる。

 ここは死者の行く先を決めるための、狭間の世。

 私は狭間の世の番人。もう永い間、一人でここを治めている。

 善行を積んだ死者は天国に行くのだが、

 その前に、死ぬことになった事象をやり直す権利が与えられる。

 やり直しとは、時間を少しだけ戻して、

 死ぬことになった事象に干渉することだ。

 お前は死ぬ間際、自らの命を犠牲にして、3人の友人の命を救った。

 その褒美として、これからお前に2回、やり直しをする権利をやろう。

 やり直しで見事、死なずに済めば、その世で生き続けられる。

 さあ、やり直しで何に干渉するか、考えるが良い。」

天の声の説明に、その男子学生は理解が追いつかない。

しかし今、現にこうしてこの世とは思えないところにいるのだから、

天の声が言うことは事実なのだろうということは納得できた。

「分かった。やり直しについて、詳しく教えて欲しい。」

そうしてその男子学生は、やり直しについて考えることにした。


 死んだ時の事象に干渉し、死なずに済む世を選ぶ、やり直し。

山道の崖から落ちて死んだその男子学生は、やり直しをする権利を与えられた。

それには兎にも角にもやり直しのルールを知る必要がある。

今それを聞ける相手は唯一だった。

「やり直しをする前に、やり直しについて詳しく教えて欲しい。

 そのやり直しっていうのはどんなことなんだ?」

不躾な質問にも、天の声は答えてくれた。

「やり直しというのは、死ぬ少し前に時間を戻し、干渉することだ。

 体を失った意識だけの幽体の姿になり、この世に戻って行う。

 しかし人は神ではない。できることには限度がある。

 まず、戻す時間は僅か、この世で言うところの数分程度。

 干渉できる対象は、生き物ではない無生物に限られる。

 それも極めて微弱な力で、石ころを動かせる程度だろう。

 もしも干渉によって事象を変え、

 死なずに済むことができるようになったら、

 お前はその世で生き続けることができる。

 干渉をした結果、結末が変わらなければ、その者は元に戻る。

 またこの狭間の世に戻ってくる。

 そして、これが最も重要な注意事項。

 やり直しの干渉によって自分自身以外の人間を殺めてしまった場合、

 お前は無限地獄に落とされる。心しておくが良い。」

「無限地獄・・・。」

その男子学生は一つ身震いをした。

何故なら、その男子学生は崖から落ちる時、誰かに背中を突き飛ばされた。

つまり、誰かが意図的にその男子学生を殺した、ということになる。

その男子学生はやり直しをすることで、

自分を殺した犯人を殺してしまおうかとも考えていた。

もしも、やり直しの注意事項をよく聞かず、復讐を成し遂げていたら、

その男子学生は無限地獄に落とされていたところだった。

犯人を殺してはいけない。

自分を突き落とした犯人を見つけて、死を回避する。

やり直しでその二つのことを成し遂げなければならない。

しかし。その男子学生は考える。

あの崖道にいたのは、仲の良い友人同士の5人だけ。

そんな友人たちが何故、自分を殺す必要があったのだろう?

それから天の声は、やり直しは2回とも言っていた。

何かが引っかかる。

それが何なのかは、今はまだ分からない。

「準備は良いか?では、時間を戻してお前をこの世へ送るぞ。」

その男子学生の思考は、天の声によって中断させられたのだった。



 暴風雨の中。5人の学生たちが崖道で立ち往生している。

近くにあるのは、それなりの大きさの倒木が一つだけ。

5人は縦一列になって、身動きが取れずに腰を低くしている。

そんな様子が、眼下の世界に広がっている。

その男子学生は今、意識だけの存在となって、

死ぬより数分前のこの世に戻ってきたのだった。

何にせよ、まずは事態の推移を見ることにした。

生きている時は体に縛られていたので、

自分の目と耳を通したことしか分からない。

しかしこうして体を失ってみると、事態の全貌を見ることができた。

5人の学生は縦一列。

先頭に男子学生、2番目に女子学生、3番目に自分自身、

4番目に女子学生、最後尾に男子学生、という順番。

これから2番目の女子学生が体勢を崩し、

それを助けようとした3番目のその男子学生が背中を突き飛ばされるはず。

風雨は強く、誰も身動きすることができず、倒木にしがみつくのがやっと。

崖道は狭く順番を入れ替えることは難しい。

そう考えると、犯人はその男子学生の後ろにいる2人に絞られる。

まずは4番目、真後ろにいる女子学生。

物静かで勉強も運動もそつなくこなす女子学生だが、

口数が少ないが故に何を考えているか分からないところがある。

次は5番目、最後尾にいる男子学生。

ひょうきんだがずる賢い性格で、実のところあまり得意な相手ではない。

自分を突き落としたのは、このどちらだろう?

位置が近いのは4番目の女子学生だが、

手を伸ばせば最後尾の男子学生もありえるだろうか。

やり直しで干渉できるのは無生物に限られている。

人間の行動に直接干渉することはできない。

できるとすれば、石ころを目に向けて飛ばして視界を奪うくらいか。

4番目の女子学生か、最後尾の男子学生か、どっちだ?

眼下で2番目の女子学生が体勢を崩し始めた。

間もなくその男子学生が死ぬ事象が始まる。

考える猶予はあまり残されていないようだった。


 やり直しの世で、自分が死ぬのを防ぐ。

そのために干渉するべき相手は誰か。

4番目の女子学生か、最後尾の男子学生か。

その男子学生が選んだのは、そのどちらでもなかった。

やり直しの世で、その男子学生は、何にも干渉することもなく、

自分自身が崖から落ちるのを黙って見ていたのだった。

結末が変わらなかったので、

意識だけの存在となっていたその男子学生は、

またしても真っ暗なこの世とあの世の狭間へと戻ってきた。

「どうした?何にも干渉しなかったのか。

 何にも干渉しなくとも、観測しただけでもやり直しは成立する。

 お前がやり直しができる回数はこれで1回分減ったぞ。

 残り、後1回だ。」

すると、その男子学生は、真っ暗な狭間の世でニヤリとして天の声に答えた。

「ああ、それで良いんだ。

 今のやり直しでやりたかったのは、情報収集だからね。

 やり直しで干渉しなかったことで、色々と分かったよ。

 ところで、幾つか確認させて欲しいことがあるんだけど。」

「ほう、それは何か。」

「まず第一に、僕がやり直しをするのは、これが初めてじゃないね?

 あなたは最初に僕に言った。

 僕は死ぬ時に3人の命を救ったので、やり直しできるのは後2回だって。

 それって数が合わないよね。

 3人の命を救ったのなら、やり直しはおそらく3回のはず。」

すると天の声は興味深そうに言った。

「ほほう、気が付いたか。

 自分で気が付いたのなら教えてやろう。

 そうだ、お前はもう既に1回、やり直しを行っている。

 お前にとってこれは2回目のやり直しだったのだ。

 やり直しで干渉して結末を変えられなかった場合、その者は元に戻る。

 それは即ち、やり直しをした人間の記憶も元に戻るということだ。

 これはやり直しを公平にするためのことだ、許して欲しい。

 お前は今回、何にも干渉しないことを選んだ。

 その場合は、記憶は引き継がれる。」

「答えてくれてありがとう。

 思い出したんだ。

 僕が突き落とされる時、誰かが止めろって叫んだのを。

 でも、やり直しで見てみると、誰もそんなことをする余裕は無かったんだ。

 あの場でそんなことができたのは、それこそ幽霊くらいなもの。

 だからきっと、あれは僕がやり直しで干渉した結果なんだと気が付いた。

 元に戻るのはその者だけって説明だったものね。」

「ああ、そうだ。

 干渉の結果、結末を変えられなかったとしても、

 干渉の影響自体はこの世に残る。

 人間はそれを幽霊だの怪奇現象だのと呼ぶがな。」

「幽霊の正体見たり枯れ尾花ってやつだね。

 それから次に、僕が何にも干渉しなかったのは、安全のためだ。

 狭い崖道で暴風雨に曝されて、そんな状態で下手に干渉すれば、

 僕以外の誰かが崖下に落ちてしまってもおかしくない。

 そんなことになれば、僕は無限地獄に送られる。

 それだけは避けたい。

 それからこれが最も重要な理由。

 僕を突き落とした犯人が分かったからなんだ。」

やり直しで、その男子学生が見たのは、こんな光景だった。


狭い崖道、暴風雨に曝されて、5人の学生たちが身動きもできずにいる。

すると、前から2番目の女子学生が体勢を崩した。

それを助けようと、その後ろの3番目にいたその男子学生が体を掴んだ。

急に体を掴まれたことで2番目の女子学生が驚いて、体勢がさらに変わり、

藁をも掴むようにして、前にいる先頭の男子学生の背中を掴んだ。

その影響で、先頭の男子学生も体勢を崩し、咄嗟に倒木に掴まった。

すると、倒木に亀裂が走った。

山道に放置されていた倒木は傷んでいて、あちこちが脆くなっていた。

先頭の男子学生が強く掴んだことによって、倒木が割れてしまった。

その影響で、同じく倒木に掴まっていた最後尾の男子学生は、

掴まっていた倒木が割れたことで体勢を崩し、

前にいる4番目の女子学生にぶつかってしまった。

その結果、4番目の女子学生は体勢を崩し、

前にいる3番目のその男子学生の背中を押してしまった。

結論として、その男子学生の背中を押した原因は、

巡り巡ってその男子学生自身の行動に起因したものだった。


やり直しにより、自分が崖から落ちた真相が分かって、その男子学生は言った。

「つまり、僕を突き落としたのは、詰まる所は僕自身。

 犯人なんて誰もいなかったんだ。友達を疑ってしまって恥ずかしいよ。

 僕が無思慮な行動を取らなければ、崖から落ちることも無かったんだ。」

反省しきりのその男子学生に、天の声が優しく言う。

「お前は何も恥じる必要はない。

 最初に言っただろう?お前の行動で、3人の命が救われたと。

 元々、2番目の女子学生が体勢を崩したのはお前のせいではない。

 お前が手を差し伸べてやらなかったら、

 連鎖的に3人が崖から落ちていたのだ。」

「そうか、それなら良いんだけど。」

ホッとするその男子学生。

しかし、真相が分かっただけで、何も解決してはいない。

このままではその男子学生はこの世に戻ることはできない。

「それでお前はどうするのだ?

 やり直しはまだ1回分残っているが。」

心配そうな天の声に、しかしその男子学生はあっけらかんとしたものだった。

「それについてはもう考えてあるんだ。

 最後のやり直しをする前に、

 もう一つ確認させて欲しいことがあるんだけど・・・」

そうしてその男子学生の、最後のやり直しが始まろうとしていた。



 暴風雨の中、狭い崖道で5人の学生たちが動けずにいる。

「みんな、生きてるか!?」

先頭の男子学生が、後ろを振り返りながら叫ぶと、

「う、うん!」「なんとかね。」「ええ。」「もちろん。」

そんな返事が暴風雨の音と一緒に返ってくる。

周囲にあるのはボロボロの倒木だけ。

これではとても風雨は防げそうにない。

やがて、体力的に最も限界に近かった2番目の女子学生が体勢を崩した。

「あぶない!」

そう言って、すぐ後ろのその男子学生が手を伸ばす。

「止めろ!」

そんな叫び声を掻き消すように、突然、猛烈な暴風雨が巻き起こった。

「な、なんだ?急に雨風が!」

「これじゃ掴まってられない!」

今の暴風雨は先程までのとは様子が違う。

まるで洗濯機の中に放り込まれたかのような、雨と風の暴力。

とても耐えられず、5人の学生たちは、

一緒になって倒木と逆側の崖に落ちてしまった。

すると、そこには自然界ではありえない光景があった。

吹き荒れる暴風雨が、水と風のトンネルを作り出していた。

崖道から落ちた5人の学生たちは揃って、その水と風のトンネルに飲み込まれた。

トンネルの中は雨と風のウォータースライダー。

雨に洗われ、風に運ばれ、5人の学生たちは下へ下へと落ちていった。

そうして5人の学生たちがたどり着いたのは、

崖道よりも遥か前に通過した登山口。

雨風でも安全な場所まで戻って来られたのだった。

「何だ??何が起こった?」

「雨と風が、わたしたちを運んでくれたの?」

「あ、ああ、そうみたいだね。」

「まさか、そんなことありえないよ。」

「俺たち、夢でも見ていたのか?」

狐につままれたようにキョトンとする学生たち。

しかしその男子学生だけはもちろん事の次第を知っている。

最後のやり直しの前に、その男子学生が天の声に確認したこと。

それは、やり直しで干渉できる対象についてだった。

天の声の説明では、干渉できる力は微弱で、石ころを動かせる程度と言っていた。

しかし、その規模、対象の数については触れていなかった。

その男子学生はそのことに気が付いて確認したのだった。

返事は、その男子学生が望んでいた通り。

やり直しで干渉する対象の数に制限はない。

つまり石ころ程度しか動かせないが、石ころはいくつ選んでも良い。

そうと分かれば、材料は全て揃っている。

何故なら、暴風雨が吹き荒ぶ崖道には倒木しか無くとも、

雨と風は無数に存在するのだから。

その雨粒と風の一つ一つに干渉し、雨風のウォータースライダーを作り出し、

その男子学生は自分自身も含めて5人全員を安全に下山させたのだった。

お互いの無事を抱き合って喜び合う5人の学生たち。

その中で、その男子学生にだけ天の声が聞こえた。

「見事!やり直しによって、お前も誰も死なない世が見出された。

 まさか、やり直しが成功することがあろうとは。

 それを見たのは私も初めてだ。

 その世は、お前が作り出した、お前の世だ。

 これからお前は、その世で生き続けることが許される。

 ・・・短い付き合いだったが、私の役目はここまでのようだ。

 次にお前と再会するのは遠い先の未来であることを願っているぞ。」

厳かだった天の声が次第に細く弱くなっていき、

最後は耳の中で溶けるように消えてしまった。


 そうして、その男子学生と友人の5人の学生たちは、

無事に家に帰ることができた。

しかし、その男子学生は、一つ確認するのを忘れていたことがある。

それは、やり直しが成功した場合の、やり直しをした者の後のこと。

やり直しが失敗した場合は、やり直しをした者は元に戻り記憶も消える。

では、やり直しが成功した場合は?

その世で生き続けられるとして、記憶は?狭間の世との繋がりは?

それを知る者は少ない。

では、数少ない成功者の一人である、その男子学生はというと。

あの狭間の世から戻った後も、

度々、何もない天の宙空に向かって顔を上げると、

見えない何者かと親しげに話をして笑い合うのだった。



終わり。


 不幸にも事故で死んでしまった男子学生が、

やり直しという力を使って友人たちの無実を晴らし蘇る話でした。


死なずに済む世を選択した後、男子学生には友人がもう一人増えました。

その友人とはもちろん、目には見えないあの人です。


お読み頂きありがとうございました。


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