八話
そんな事を考え、ようやく、晴信の言った本当の意味にたどり着く。
そして頭でその言葉を理解すると、ああなんだ、そういう事か。と納得した。
が、みるみるうちに景虎の顔は赤くなっていく。
「なっ……! ち、違っ!! オレは別にあんたを襲ったわけじゃなくて!!!」
そう、確かに違う。
襲うという事自体は間違いではないだろうが、晴信の考えている“襲う”と景虎の行った“襲う”は文字は同じでも行動が違うのだから。
そんな慌てふためく景虎の様子を見て、ついに晴信は大声をあげて笑った。
「あっはっはっはっは!!」
「いや、ほんっと誤解だから!! まじで違うから!!!」
「ははははは!! 分かっている……くくっ、少しからかっただけなのにここまで驚かれるとは……」
「は……からか、った?」
晴信の言葉に景虎は目が零れんばかりに丸くする。
晴信はその景虎の顔を見て、もう一度ぷっと笑う。腹を抱えながら。
「!! お……っまえ!!」
気づいた景虎は顔を更に真っ赤にさせて怒っている。
着物の色も顔負けなくらいに赤い。
だがそのような鬼気迫る顔を見ても、晴信は笑い続ける。
景虎はそんな晴信を見て、自分の中の何かがぷつんと軽く切れる音を聞いた。
「もう、知らん!!!」
「ん? どうした由布。どこか行くのか?」
景虎は晴信に背を向け、ずんずんと歩き始める。
晴信は、まだ笑い足りないようだが、何とか笑いを堪えて景虎に問う。
「帰る!!」
「何処に?」
「越後に決まってるだろう!」
景虎は後ろを振り向かず答える。
すると晴信の足音が聞こえてきた。どうも着いてきているようだ。
来る時とは逆に、景虎が先を歩いて、晴信が着いてくる。
それに気づいて癪に障ったのか、景虎は足を止め、勢いよく晴信の方を振り向く。
「着いてくるな!」
「別に着いていっている訳ではない。ただ帰るなら一言言おうと思ってな」
「何だ!!」
もう女の格好をしている事など頭には全く無い。
声を張り上げて晴信に怒鳴りつける。
だが、当の晴信は気分を害する様子も見せず、懐からがさがさと何かを探し出し、景虎に近づく。
景虎はびくっと震え、後退しようと思うが、晴信の手がそれを許さなかった。
晴信の左手が背中に回り、ぎゅっと景虎は目を瞑った。
本能的に殺されるかもしれないという予感がよぎったからだ。
だが、それは意味をなさなかった。
晴信はすっと景虎の髪を上げ、その髪に一本の簪を挿した。
「……ん?」
「ずっと下ろしたままでは暑かろう。それもやる、つけていろ」
うっすらと目を開けた景虎の前には晴信の姿。
そして風が吹いて、すーっと景虎の首筋を通っていく。
少し、肌寒いような気がした。
「……」
景虎は目の前の晴信を睨む。
だが晴信は顔色を変えずに、景虎を見返す。
それを悔しく思ったのか、景虎はくるっと晴信に背を向け、また再び歩き出す。
「どこへ行く?」
晴信が背中に向かって語りかける。
「帰る!!」
景虎は振り向かず答える。
「何処へ?」
それを追わずに晴信は問う。
「越後!!」
足を止める事はせず、景虎は言う。
そんな先ほども交わした会話に軽く笑みを浮かべた晴信は声を大きくして景虎の背に向かって投げかけた。
「また、気が向いたら来ればいい。その姿なら歓迎しよう、由布よ」
その言葉を耳にした景虎は、ぴたっと足を止めた。
そしてがっと晴信の方へ向き直り、
「もう来ない!!!!」
と言い残し、また歩き始めた。
そんな景虎の後姿を、見えなくなるまで晴信は見つめていた。
そして、景虎の姿が見えなくなってから、一言誰にとも無く呟いた。
「ーーーー想像以上に、変な奴だーーーー」