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越後の龍と甲斐の虎~異聞伝~  作者: カイル
邂逅
6/38

六話

少し間を置いてから景虎は口を動かす。

空を見上げ、木々の間から零れ落ちる光に目を細めて、答える。



「見てみたかったのかもしれない、この国を」

「甲斐を?」

「そう」

「何故?」

「どんな国か知りたかったから」



そう、どんな国か知りたかったから。

あの男が治める国を。

武田晴信が治める国をこの目で見てみたかったから。

そんな思惑が自分の心のどこかにあったのかもしれない。

そう思いながら景虎は言葉に出した。



「そうか……」



晴信は景虎の言葉を聞いて、答えた。

その言葉を小さく、そして長く呟いた後、目を開けた。



「……越後に、長尾景虎という人物が居るのを知っているか」



突然晴信が言い放つ。

景虎はその名前を聞いてびくっと身を震わせた。

それもそうだろう、宿敵と呼ばれている男の言葉の中に、自分の名前が含まれていたのだ。

知っているも何も自分の事だ。誰よりも一番よく知っている。

だが、知っていると答えられなかった。

越後の国の英雄。知らない人間など居る筈もない。

だが景虎はその言葉を、その一言を紡ぐ事が出来なかった。

その様子を見ているのか見ていないのか、晴信は言った。



「その者と、我は二度ほど対峙した事がある。強い相手だった。気に食わない奴だったが」



気に食わない奴だった、そう言われて景虎は何か言い返してやろうかと思ったが、それでは今黙っていたのに意味がなくなってしまう。

晴信に怒りを覚えながらも我慢して聞くことにした。

大体気に食わないのは景虎も同じ事であるのだから。



「その景虎という人物は、何故だか気になる存在でな」

「は?」



うっかり声を出してしまった。まるで自分に問われた事かのように。

別に由布が気になるといわれたわけではない。

だがこの由布は長尾景虎その者なのだ。

あの武田晴信が、長尾景虎を気になると言った。

それがどのような意味かは分からないが、その言葉自体が景虎にとっては意味がわからない事だったのだ。この男は何を言っているのだ、と。

だがそのような景虎の声を無視し、晴信は続けた。



「あのような者が作る場所はどのようなものかと。越後とはどのような国なのかと。普段の長尾景虎とはどのような人物なのかと……」



晴信は空を見上げながらそう続ける。

が、その顔をくるっと景虎の方へと向けた。

晴信の顔を見ていた景虎は、いきなり自分の方に向いたことで驚き、軽く身を後退させてしまう。



「だが、お主を見ていたら何となく分かったよ」

「な……何がですか?」

「越後の国というところがだ」

「……つまらない国だと?」



先ほど自分が話した事からはとても良い風には聞こえないだろう。

そう思って景虎はそのように口にした。

だが、晴信はははっと高らかに笑って言った。



「いいや、むしろ面白そうな国だと思った」

「……はあ?」

「良い国なのだろうな、越後は」

「何故、そう思われるのですか?」



心底不思議そうに、いや実際不思議だったのだ。景虎はそう訊ねた。

すると晴信はまた目を瞑り、空を仰いだ。



「何でだろうな……」



その言葉を紡いだ後、晴信は言葉を発さなくなった。

景虎はその言葉の続きを待っていたが、いつまで経っても晴信から続きの言葉が紡がれることはない。

ふぅっとため息をつく景虎。



「晴信様?」



晴信の名を呼んでみるが、晴信からの返答はない。

耳を澄ましてみると、晴信からは規則正しい息遣いが漏れている。



「……寝てます?」



景虎はもう一度晴信に話しかける。

だが返答はない。どうやら眠ってしまったらしい。



「……んだよ、話の途中で寝るか普通」



言動をいつもの景虎のものに戻し、ボヤいてみる。

が、その言葉遣いに晴信は怒るでも、呆れるでも、笑うでもなく、すやすやと規則正しく息をしているだけ。

景虎はそんな晴信を横目にふぅっとまた一つため息をついた。



(しかし共も付けずに一人で出歩くなんて……どうかしてるんじゃないのか、コイツ)


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