八話
「あー蓮時さ、どっちが好き?」
「何が?」
「信玄と謙信」
そう、尭哉が口にする。
まさか尭哉の口から歴々たる武士の名前が出ようものなどと思わなかった蓮時は、少し目を丸くしたが、ふむ、と顎に手を当てて考える。
「俺は信玄かな」
「あ、やっぱ気が合わね。俺謙信」
まるでそう答えるのが分かっていたかのように尭哉は蓮時に答える。
その答えに、蓮時はムッとしたのか、ベンチの方へと無言で戻っていく。
「やっぱ謙信の方がかっこいいだろ?」
「お前、さっき知らないとか言わなかったか?」
「人物の名前くらいは知ってる! ほら、上杉って苗字かっこよくない?」
「普通だろ……」
蓮時は答えながらベンチに腰を下ろす。
今度は尭哉も隣に腰を下ろした。
そしてきょろきょろと辺りを世話しなく見つめる。
「……どうした」
もう聞くのも嫌だ。そう思いながらも蓮時は言葉を口に出していた。
「んー……いや、俺此処に来たの初めてなんだけどさ、なーんか初めてな気がしなくて」
「?」
蓮時は、ふと顔を横に向ける。
尭哉は懐かしそうな顔をして川中島の駅から風景を見つめる。
その視線を追って、蓮時もくるりと風景を見つめる。
何だか、懐かしい風が吹いたような気がした。
「……俺も、何だか初めてとは思えないな」
「マジで!? 俺ら、あれかもよ? 前世ここに住んでたのかも」
尭哉の突拍子もない台詞に、蓮時はその端正な顔を破顔させながら、尭哉の顔を見据えた。
「何、その顔」
「お前、前世とか信じてるのか……」
と呆れたように。
いや、呆れたというよりは意外だったのだろう。
「いんや?」
だが尭哉はそう答えた。
蓮時はこめかみに痛みを覚えつつ、もうこいつには話しかけまい、そう心に決めた。
だが尭哉は気にせず話を続ける。
「ただそういうのも面白くねぇ? 俺が上杉謙信で、お前が武田信玄! ん~永遠のライバル? ってやつか?」
「……ありえん」
ぼそっと蓮時が聞こえないように呟く。
すると駅にアナウンスの声が響いた。蓮時はさっと立ち上がりホームの前側に体を進める。
一足遅く尭哉も立ち上がり、蓮時の隣に立ち並ぶ。
「なあ、蓮時……」
少し神妙な声をして尭哉が話しかける。
無視をしようと思った蓮時だったが、あまりにもその声が神妙だったので思わず答えてしまった。
「何だ?」
「俺、大変なことに気づいてしまった」
真剣な顔で言葉を紡ぐ尭哉。
あまりにも普段の尭哉と違うその表情に、蓮時は顔を顰めさせる。
「どうした? 何かやり残した事があったか!?」




