五話
だが二人はすっと体を離した。
どちらが止める事もしなかった。信玄はその場に座ったままだったが、謙信は立ち上がった。
そしてはあっと豪勢にため息をついた後、言った。
「あ~流石景綱だぜ。行動が早い早い」
と、大げさに肩を竦めながら。
信玄はその謙信の動作に笑みを浮かべながらも、立ち上がる。
そして、一歩下がった。
「全くだ。お主のところもだが、我のところも早いものだ」
そう言って、二人は間隔を空けた。
いつの間にか大人しくなった雨音に紛れて何かが聞こえた。
馬の蹄の音だった。
その音は一方からではなく、謙信と信玄、双方の後ろから聞こえてきた。
そしてその音はどんどんと大きくなってくる。
「さて、どうする武田信玄」
謙信が片手をあげて、言う。
「お主はどうする、上杉政虎」
信玄は腕を組んで、謙信を見つめる。
「ま、決まってんじゃね? オレ上杉だし。隠居したんだけどなー」
「隠居。まあ隠居したとて変わらぬだろう? 我とてそうだ。武田だからな」
そう言って、顔を見合わせる。
二人は同時にぷっと笑うが、先ほどのような穏やかな笑みではなかった。
「おっと、一つ聞いていいか?」
「何だ?」
謙信がふと思い出したと言わんばかりに話を切り出す。
「オマエ、前にオレの本陣から帰る時に何か言ったろ? あれ、何?」
と、一年の間ずっと気になっていたことを正直に聞いた。
もしかしたら一年も前の事だ、覚えてないかもしれない。そんな事も考えていた。それならそれでいい、と思ってもいた。
だが、信玄は組んだ腕を解いて、言った。
「もし、そなたと戦の無い世で出会えていれば。と言ったのだ」
じっと謙信の目を見据えて。
謙信はその瞳を正面から受け止め、ははっと笑った。
「戦の無い世とかあるのかね」
「さあな。だが、来世あたりにはあるといいな」
「はぁ? オマエ来世とか信じてんの?」
「何だ、お主は自分が毘沙門天の生まれ変わりと言う割には信じておらぬのか?」
そんな会話をする。ただの友人のように。
だが時は確実に迫っていた。
馬の蹄はどんどんと大きく二人の後ろに聞こえてきていた。
「ま、でもそうだなぁ……」
そう言って謙信は刀に手を伸ばす。
「もし来世ってーのがあるんなら、オマエとトモダチになりたいな」




