八話
「そんなに驚くような事だっただろうか」
本陣の中で、信玄と政虎、そして景綱との3人がいた。
先ほどの休戦宣言から、3人は場所を移動して、本陣の中で話している。
どこまで本気なのかとか、何故そんなことをとか、色々である。
ちなみに景家は驚いた家臣たちを静めるために外に居るのだが、未だに静まってくれない家臣たちを一人で相手をしているようだ。
「いや、驚くだろ……」
「驚きますよな……」
政虎と景綱が声を揃えて言う。
少し呆れたように。
「つまり、武田殿は北条が今動きが怪しいので、こちらに戦力を割く余裕がないと……」
「まあ、そういう事だ」
「んで、オレたちも北条とは争いを続けているから、丁度いいんじゃねえかと」
「まあ、そういう事だ」
景綱と政虎が目を合わせる。
「……それは、武田と上杉が手を組むということですかな?」
「いや、それはない」
景綱が少しの希望を持ってその言葉を口にした。
今回の一騎打ちを目の前で見た者なら分かるだろう。この二人が手を組めば、怖いものなど何もないのだ。
東の伊達にしろ、西の織田にしろ、敵ではないはずだ。
だが、そんな期待は信玄のはっきりとした一言で泡に消えた。
「武田と上杉が手を組むなど、ありえん話だ」
そう、きっぱりと。
景綱は目に見えて残念そうな顔をしたが、政虎は何となく分かっていた。
これだけ戦っていて、今更手を結ぶなどとはどだい無理な話なのだ、と。
「まあ、そうだよな。ってことはあれか、休戦も一時的か」
「流石政虎殿は賢しいな。そうだ。まあ双方一年もあれば十分だろう」
「一年……」
政虎は黙り込んだ。
一年。確かにそれだけあれば、北条を牽制しつつ体制を立て直せるだろう。
決して悪い条件ではない。その間、川中島に脅威がなくなるのならば。
「受けては如何ですか、政虎様」
ふいに景綱が声をかける。
政虎は少し驚いたように、景綱を見る。
「景綱?」
「ただし、こちらからも武田殿に条件を出せば良いのですよ」
「条件とは?」
信玄が口を挟む。
景綱が、そうですね、と言って、少し言葉を呑む。
「ではこういうのは如何でしょう。我々は一年の間、休戦をする。その間双方共に川中島に立ち入りはしない、というのは」
川中島は丁度甲斐と越後の真ん中に位置する場所。
戦をするにも丁度良い場所だ。
だからこそ、これまで四度もあの場でこの二人は戦ってきたのだが。
「……ふむ、良いだろう」
「……オレも、いいぜ」
何となく渋々そうではあったが、二人とも休戦書に判を押す。
それを満足そうに見た景綱は、うんうんと頷いて、休戦書を掲げた。
「これで一年、武田殿の軍を心配しなくて良いということですな」
「ああ……」
政虎が、短く返事を返す。
信玄はそんな政虎を目で追った。
そして、景綱に対し、言葉を放つ。
「直江殿。申し訳ないが、政虎殿と二人で話をしたいのだが」
そう言われて内心一番驚いたのは政虎である。
だが、顔には出さず、信玄を一瞥するだけだ。
きっと、景綱は止める。止めてくれる。そんなこと出来るわけあるか、と。
そう思っていたから安心できたのだ。
が、景綱は意外にもあっさりとこう言った。
「そうですか。ではわしは下がりますかの」
と。
政虎は内心ええええええ!?と叫んだが、やはり顔には出さない。
いや、出せなかった。
別におかしい事ではないのだ、休戦を結んだのだから。
一時的な物だったとしても、杯を交わすくらいはあってもいいのだ。
だが、心の中で政虎は思った。
あのジジイ、いつか殺す、と。
だが、そんな政虎の視線に気づかないほど景綱は休戦が嬉しかったのか、嬉々として本陣を去っていった。
そして本陣の中には、政虎と信玄だけが残された。




