五話
一体どれだけ時が経っただろう。
一体どれだけ斬りあっていたのだろう。
決着はまだ着かない。
だが、お互いの息がどんどんと途切れていくのが分かる。
どちらも、同じ力なのだ。
どちらが倒れてもおかしくないのだ。
家臣たちは皆一同にきっと同じ事を思っていた。
『この二人が手を組めば、きっと怖いものなどないのに』
と。
それが叶わぬ願いであると知っていても、そう願わずにはいられなかった。
それほどにこの戦いは凄まじく、美しかった。
「ぐっ……!」
その時、一瞬だが政虎が体制を崩した。
皆が目を剥く。
(くそ!! こんな時に!)
政虎は胃を抑える。
そう、嘔吐感がいきなり襲ってきたのだ。
体制を立て直して、攻撃態勢に戻そうとした。
だが、あの武田信玄がその一瞬を見逃すはずはなかった。
「はあっ!!!」
キィン!!!
政虎の刀が信玄の刀にはじかれた。
政虎はしまったと思ったが、時既に遅し、信玄が目の前に立ち尽くす。
その目は、知将武田信玄のものそのもの。
あの夜優しかった彼でも、三年前に出会ったその時のものでもなかった。
それは甲斐の虎、武田信玄の目。
「上杉政虎!! 首をもらった!!!!」
駄目だ、殺られる。
誰もがそう思った。上杉家の家臣も、武田家の家臣も、もちろん政虎自身も。
ぎゅっと政虎は目を瞑った。
首目掛けて信玄の刀は高速で下りてきた。
「信玄様!!」
だが、その刀は政虎の首、ぎりぎりのところで刃を止めていた。
政虎は来るはずの衝撃が来ない事に不思議を覚え、恐る恐る目を開けた。
その目の前には、信玄が先ほどと変わらず立っていた。
違ったのは、その顔が既に自分には向いていない事だった。
「何のつもりだ! 一騎打ちの邪魔をするとは!!」
信玄が声を荒げる。
政虎は信玄の視線の先に目をやる。
そこには先ほどまで居なかった、武士が息を切らしてひいっと声をあげた。
きっと先ほど「信玄様」と呼んだ者であろう。
その者は地べたに這い蹲り、申し訳ありませんと土下座した。
それでも信玄の怒りは収まらないのだろう、その横顔を眺めた政虎はぞっとした。
鬼のような、形相だった。
「お前、覚悟は出来ているのか!!」
「も、申し訳ありません、ですが!!!」
平伏す武士は、きっと死を覚悟したことだろう。
頭を上げずに、だが大声で信玄に物申している。
体が政虎から見てもわかるほどにがちがちと震えている。
武士は、言葉の先を震えながら話した。
「や、山本勘助様が重症を負われました!」
「……何?」
信玄の声に落ち着きが戻る。
刀は、とっくに政虎の首からは外れていた。
「どういう……」
ことだ、と言おうとしたのだろう。だが信玄はそこで言葉を止めた。
そして、顔をまた先ほどの鬼の形相のような顔に戻し、
「あの、馬鹿者があ!!」
と叫び、刀をその場に突き刺した。
武田の家臣たちは、その形相を見て、顔を青くさせる。
いや、それは武田方だけではなかった。上杉方の家臣たちも心なしか、体をがちがちと震えさせている。




