五話
「政虎様、出陣の準備整いました」
「ご苦労、景綱」
早朝、上杉陣営では合戦の準備が行われていた。
戦装束に身を包んだ政虎は、側近の直江景綱の一声にそう返事を返した。
景綱は、政虎の顔を見て、はてと顔を顰めた。
「政虎様、お顔の色が少し優れないのではありませぬか?」
そう景綱の鋭い一言を聞いて、正直どきりとした政虎であったが、取り乱さず、答えた。
「なに、少し寝不足なだけだ。心配はない」
「寝不足!? いけませぬぞ、政虎様! 合戦の最中に寝不足などとは……」
「五月蝿い! とっとと行くぞ、ジジイ!」
「じ、じじい!?」
がーんという擬音が聞こえそうなほどに酷い顔をしている景綱をよそに、政虎は足を進める。
「今日こそ、終わらせる、この戦!」
同じ頃、武田陣営でも合戦の準備が行われていた。
「信玄様、こちらいつでも出る準備は整っております」
「うむ、ご苦労だ勘助」
そう言って、軍師山本勘助に答える。
信玄はじっと自分の手を見つめる。
そして思った。
昨日愛した女を、今日は殺すかもしれぬ、と。
だが、そんな事はすぐ頭の中から消えた。
そして、声を上げる。
「今日こそこの合戦を終わらせる! 皆の者、準備は良いか! 今日こそ上杉政虎の首、しかと取ってまいれ!!」
「この川中島、三度目の正直だ! 必ずこの戦で終わらせるぞ! 武田信玄の首、このオレの前に持って来い!!」
そして始まる。
三度目の、川中島の戦いが。
「「出陣!!!」」




