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愛しのカリンちゃんに俺が『変態シスコン野郎』だとバレることはあってはならない。絶対に

 ――幼き頃。過去の記憶。


 カエデさんが仕事に出かけると、この部屋はさらに広いように感じた。


 壁も、床に敷かれたカーペットも。すべてが知らない人の家だ。


 リビングのテレビには日曜の朝にやってる女の子向けのアニメの録画が流しっぱなしになっている。


 やることもなくて。ひとの家でどう過ごせばいいかわからなくて。


 興味はなかったけど、そのアニメを眺めていようと思った。


 テレビ正面のソファに座ろうとして、その時僕以外に誰かがいることにきづいた。


 ソファの端で丸くなって寝ている女の子。


 この時が僕の――俺の記憶にある限りで、カリンちゃんとの初めての出会いだった。


 ――――――――――

 ――――――――――――――

 ――――――――――――――――――



 ~~現代・カリン視点~~


 休日、あたしはミユキと遊びに出かけている。


「歩き疲れた! 小腹も空いたしさ! ちょっと休んでこ!」


 あたしはミユキに引っ張られて個人でやっている雰囲気のレトロな喫茶店に入った。

 

 ミユキはあんまり有名じゃないお店や知らない場所に臆さず入っていくタイプだ。

 

 あたしはチェーン店(スタバとか、マックとか)以外は入るのがちょっと怖い。だからミユキのこういうところはすごいと思う。


 髪を後ろで纏めたさっぱりした印象のおばさんがオーダーを取りに来る。

 

 注文を済ませておばさんが去った後で、


「おしっこ!」


 といってミユキはトイレに行った。


「――ヨウスケさん、だっけ。金の話は素直に助かるよ。頼ることがあるかもしれない」


 後ろから聞き覚えのある声。


 ちらりと後ろを振り向くと、あたしの真後ろにはトウヤが座っていた。トウヤに対面しているのは、この前ママのお客さんとして来ていた紫スーツのおじさんだ。


 …………。


 ~~トウヤ視点~~


「ヨウスケさん、だっけ。金の話は素直に助かるよ。頼ることがあるかもしれない」


「ヨウスケさん、か。他人行儀だな。パパって呼んでくれてもいいんだぜ」


「冗談。今更でしょ」


 俺の目の前に座っている男。名は柏木ヨウスケ。どうやら俺の父親らしい。目鼻立ちは俺ととても良く似ているし、物心ついたばかりのおぼろげな父親の記憶と雰囲気も合致する。まあ本当に俺の親父なんだろう。


 カリンちゃん(俺の義妹)とカエデさん(俺の義母)は俺と血縁関係にない。

 十数年前、このヨウスケさんが蒸発して、さらに俺の産みの母親が病で死んだ後、俺はカエデさんに引き取られた。

 カリンちゃんだけがこの事実を知らない。


「しかし、本当にいいのか」


 ヨウスケさんがコーヒーを軽く口に含んでから続ける。


「俺と一緒に暮らさないで。というか、カエデの家を出なくて」


「あのさ、俺の認識だとヨウスケさんはほぼ初対面の知らないおじさんだからね?

 知らないおじさんと二人暮らししたいって男子高校生はなかなかに稀有よ?」


「トウヤが俺と暮らしたがると考えてはいないさ。

 しかし、お前の従妹の……いや、妹のカリンはめちゃめちゃ美少女だろう。

 その、あんなかわいい子と一つ屋根の下だと毎日ドギマギしっぱなしじゃないか?」


「……別に?」


 なんだこのおじさん。

 核心をついてくるな。いや核心じゃないが。

 俺は別にカリンちゃんの谷間とかおへそを見てドギマギなぞしていないが。


「そうか。

 俺がお前ぐらいの年の頃はカエデの下着姿と鉢合わせるたびに、

 その日はムラムラして一睡もできなかったものだが。そうか。

 俺の杞憂だったのなら良かった」


 ぶっこんで来るなぁ、変態エピソード。

 とりあえずこのおじさんは金輪際カエデさんに近づけてはいけないな。


「やはり健常者であれば家族に情欲を抱くことは無いということか。

 異常者は社会で生きづらいからな。お前が正常で良かった」


「ああ――いや、」


 何を血迷ったのか、俺はこんなことを考えた。

 ヨウスケさんに俺の秘密を白状しても、カリンちゃんに話が伝わることは無いと。

 俺のやや倒錯的なカリンちゃんへの愛を話してしまっても良いかなと。


「正直、カリンちゃんのことはめっちゃ性的な目で見ちゃってるよ。

 毎日ドキドキして、すげー異性として意識してる」


「ほう。ならば、カエデの家を、カリンと同じ家での暮らしをやめるというのはお前にとって益のある選択の一つになろう」


「いや、それはない。絶対に」


「なぜ? カエデの家で暮らしを続けてカリンと恋仲にはなれまい。母役のカエデはどんな顔をしてお前たちを見守ればよいかという話になるからな。

 しかし、兄妹でないとバラして別々に暮らせばカエデはさほど恋の障害にはなるまい。世間様の目も兄妹同士でいちゃついていれば厳しくもなろうが、従妹ならば法的に結婚可能な程度に親等もななれているからな」


「カリンちゃんとイチャイチャするような関係は魅力的だけどね。

 でも違うんだ」


 遠い日のことを思い出す。

 

 それはまだ物心がついたばかりの頃。


 母が死んで、カエデさんに引き取られて、そして。


 カリンちゃんに出会った日のこと。


「ヨウスケさん、アンタがいなくなって。母さんが死んで。俺の家族はいなくなった。

 カエデさんが俺を引き取って、母親になろうとしてくれたけど。お互いどう接すればいいかわからなくて、最初は他人のままだった。


 カリンちゃんが初めてだったんだ。

 お腹が空いたって泣きわめくのを宥めて。一緒にプリティアごっこをして。疲れて寝ちゃったカリンちゃんにタオルケットを掛けてあげて。

 そうやって俺に妹が出来たんだ。

 今の家族の、最初の一人。


 カリンちゃんと恋人になれたら、それは素敵なことだけど。でも、それ以上に。

 俺はカリンちゃんの兄貴でいたいんだよ。

 だから、俺が自分からカリンちゃんの傍を離れることは無い。

 下心は全部押し殺して、近くに居続ける。

 カリンちゃんに俺が『変態シスコン野郎』だとバレることはあってはならない。絶対に」


 ――――――――――

 ――――――――――――――


 深夜。自宅、俺の部屋。


 夕方あたりからぽつぽつ雨が降り出して、今はバケツをひっくり返したような大雨になっている。雨滴の一つ一つが窓ガラスを強く殴りつけて、閃光がカーテンの隙間を抜けたと思えば雨雲は低く唸り声を上げた。


 今日は変な紫スーツのおじさんと話して疲れた。日付ももうすぐ変わってしまう。早く寝よう。


 そうして電気を消そうとしたところで部屋の扉が開いた。


「トウヤ―。あたし雷怖くて寝れない―。一緒に寝よー」


 扉の向こうに立っていたのはカリンちゃん。何故か夏モノのパジャマを着ている。この前秋用を出したはずなのに。おへそが出ていて非常に寒そうなパジャマだ。


「めちゃセリフ棒読みじゃん。カリンちゃん今まで雷怖がったことないしさ……。おへそ出してると雷様に取られますよ」


「じゃあトウヤが雷怖いってことにしていいよ。一緒に寝よ?」


 カリンちゃんは俺のベッドに上がって布団をかぶってしまった。


「今日は甘えんぼさんだね。変なことしないならいいよ。一緒に寝ても」


 電気を消して、俺も布団に入る。背中が少し掛布団からはみ出て寒い。


「別に甘えてないし。ただ、今日はトウヤの近くにいたいなって。

 トウヤこそエッチなことしないでよ」


「しないよ」


 手を繋いで目を瞑る。カリンちゃんの手。小さくて、柔らかい女の子の手だ。


 変なことは、しない。


 俺はカリンちゃんの兄貴でいたいから。


 おやすみ。


 …………。


 ――――――――――

 ――――――――――――――


 翌朝。


 俺とカリンちゃんが家を出る少し前にカエデさんが仕事から帰ってきた。


「ただいまー。……トウ君その恰好どしたの? 寒い?」


 カエデさんが俺を怪訝な目で見る。それもそのはず。俺は屋内にも関わらずマフラーで首元をぐるぐると覆っており、はたから見れば異質に違いない。


「う、うん。なんかすごく寒くて。少しでも暖かい恰好をと思って」


 嘘である。ぐるぐる巻きのマフラーのおかげで汗をかくほどに熱い。


 しかし、俺はこのマフラーを取ることができない。今日一日。


 なぜなら、マフラーを取れば首筋のキスマーク達がバレてしまう!


「あれ? トウヤ寒いっていう割には汗かいてない?」


 カリンちゃんが朝ご飯のフレンチトーストを食べながらニヤニヤと俺を見る。


 いや、カリンちゃんが元凶なんだが!?


 変なことしないって言ったのに!!


「んっ」


 カリンちゃんが自分の唇を舐める。


 ぷるぷるとしたリップ。


 あれが俺の首筋に吸い付いていたのか……。


 なぜキスされているときに眠りから起きれなかったのだ! 俺の無能が! 寝ていたから感触を全く覚えてないではないか!


「? どしたのトウヤ。じっと見てきて。あたしの唇に何かついてる?」


「いや別に。てか見てないし」


 平然を装う。というか平然そのものだ。


 カリンちゃんに俺が『変態シスコン野郎』だとバレることはあってはならない。絶対に


 俺がこの先もカリンちゃんの兄貴でいるために。


 そもそも俺は変態でなければシスコンでもないがな!



 おわり

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