お兄ちゃんはどうせシスコンでもなんでもない、女の子ならだれでも良いだけ。ただの変態野郎なんでしょ……?
柔らかな温もりの中で、まずは振動を感じた。
続いて、アラーム音が耳を刺す。電源を切って止めた。
このままだとスヌーズが鳴るから、画面を開いてそれも止める。
自宅の自分の部屋。時刻は午前7時ちょうど。
起きれたけどまだ眠い。あと少し寝ようかな。今日は休みだし。
平生であれば休日もトウヤ(あたしの兄貴)が起こしに来るから二度寝なんてできないんだけど、今日はいない。
トウヤはこの連休を使って旅行に行っている。場所は北海道。海の向こうだ。もちろん一人でじゃない。
姫路先輩(副会長)やミユキ(あたしの友達。書記もやってる)の生徒会の人たちと一緒に。
トウヤは今なにしてるかな。まだ寝てる?
……もしかして、姫路先輩と一つのベッドで寝ていたり。
いやあり得ないけどさ!? あり得ないけどね!? と思うんだけど……。
先日のとある一件があたしに突飛な想像をさせる。
あたしの心を不安にさせる。
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数日前、放課後。場所は1年A組の教室。
ミユキとだべっていたら帰る機会を逃して、気づけば西日の差す時間になっていた。
「てか話し変えるけどさ! トウヤ先輩ってどんな女が好みなの?」
トウヤの名前が出てきてドキリとする。しかもミユキから、少し意外なところから色恋に関する探りだ。
「もしかしてミユキ、トウヤのこと狙ってる? やめといたほうがいいよ。あいつ隠してるつもりでムッツリスケベだし」
「あはは! そうなんだ! 私は別に狙ってないよ、トウヤ先輩のこと。顔はいいけどね。あんまり可愛い感じじゃないじゃん。私可愛い感じの男の子が好みだし」
牽制してみるが軽くいなされる。本当に恋愛対象としてみてないような気もするが、わからない。ミユキはいつもニコニコ元気で裏の読めないところがあるから。
というか、トウヤは可愛いじゃん! 年も大して変わらない相手に対して年長者ぶって、背伸びして世話を焼こうとしたり。明らか異性の体に興味があるの視線でバレバレなのに必死にそれを隠そうとして気づかれていないと思っていたり! 可愛い男の子じゃんか!
「ほら私、トウヤ先輩や姫路先輩(生徒会の副会長)たちと旅行行くじゃん」
「ああ。トウヤから聞いた」
「この旅行、私にはとある企みがあるのですよ……。題して『トウヤ先輩と姫路先輩をくっつけちゃおう大作戦』!」
――姫路先輩。
生徒会の副会長で、会長であるトウヤの補佐をしている。
モデルみたいな体形で、すらっと高身長なのに出るところはしっかり出ている。首の上に乗ってる顔面も端整だ。
とても落ち着いた性格で、校内ではトウヤと一緒にいるところをよく見る。
トウヤに恋してる感じがしなかったから見逃していたけれど、思わぬ伏兵だ。
「二人ってそういう感じなの? 両片思い、みたいな」
「トウヤ先輩は分かんない。けど、姫路先輩はトウヤ先輩にホの字だね。
姫路先輩、みんなに対して親切だけど、トウヤ先輩にはさらに優しいんだよ。
で、『トウヤ先輩のこと好きなんですか!?』ってジャブいれてみたらあからさまに動揺しててさ。
言明はされなかったけどね。完璧恋する乙女になってますわ。あれは」
「へー。そなんだ」
トウヤの近くに好意を寄せる女。性格に難があるわけではなく、容姿は端麗。危機的状況だ。
「あんま興味ない感じ? 未来の義理姉さんかもしれないぜ!?」
「流石に高校生の恋愛でそこまでいかないでしょ」
というか、結婚とかされては困る。
「あはは! 現実的だ。
でさ、カリンの、妹の視点からズバリトウヤ先輩の好みの女性はどんな感じ?」
本当なら、トウヤの女性の好みなんて教えたくない。
だってあたしはトウヤのことを、実の兄を愛しているから。異性として。恋愛対象として。
もしもこのアドバイスで姫路先輩にトウヤが惹かれて、二人が付き合い始めたらどうするの?
でも、この問いかけを拒むことはできない。
なぜなら質問を拒む正当な理由がないから。
適当な理由をつけて断って、あたしのトウヤに対する恋心を勘ぐられでもしたら? それは駄目だ。
世間は実の兄妹の恋を許しはしない。あたしの気持ちが学校中に知られたら、きっとあたしは少し生きにくくなる。
「別に家族だからって何でも知ってるわけじゃないけどね。
まずトウヤはおっぱいが好き。しょせん男ってことだよね」
家であたしが露出の多い服を着ていれば、トウヤは胸元ばっかりちらちら見てくる。
で、少し頬を赤くしながら『風邪を引くぞ』なんて言ってくる。
「服装はガーリーな感じが好きみたい。フリフリしたようなのとかも」
一緒に服を買いに行ったら、好感触なのはこれ系統の服装だ。
「あとはよく食べる女の子かな。ぽっちゃり系とかじゃなくてね。変に小食な子よりはいいみたい」
トウヤが良く作ってくれる豚の生姜焼きや野菜炒め。男の料理って感じなんだけど、あたしは結構好きな味で。あたしがおかわりって言うとトウヤは少し嬉しそうにしながら追加で作ってくれる。
「他にはなんだろう。ちょっと抜けてるくらいの子がいいのかもね。トウヤって人に世話を焼くのが好きみたいだから」
毎朝あたしを起こしに来てくれて。家事とかもママが忙しいから二人で分担って話になっているけど、気が付いたらあらかたトウヤが済ませている。
「だいたいそんなところかな。実際にあってるかはわからないけどね」
「ふむふむ! 非常に参考になったであります!
何かいい感じに進展したらカリンにも教えるから!」
聞きたくないな。
でもあたしの知らないところで二人の恋愛が進んじゃったら困るから、教えてもらった方がいいけど。
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そんなやり取りが数日前にあった。
どうしよう。トウヤが帰ってきたらいきなり、
『俺は副会長と結婚する。彼女に俺との子供ができたのだ!』
とか言ってきたら!?
いやありえないけどね? そも妊娠ってすぐわかるものじゃないでしょ。知らないけど。
でもな、旅先で近しいことがトウヤの身に起きる可能性はある。
よからぬ企みをしている女が同行しているわけだし。
変な妄想ばっかが頭の中をぐるぐると巡る。妄想だけで不安をどんどん募らせてしまう。
「……二度寝しよ」
トウヤもいないし。たまには、ね。
布団をかぶって目を閉じる。
…………。
まどろみの中。あたしの意識は夢と現の狭間にある。
あたしの部屋の扉が開いて、誰かが入ってくる。
ベッドの淵に腰かけて、その大きな手であたしの髪を優しく漉いた。
「カリンちゃん、まだ寝ていたの。休みの日だからって。時間がもったいないよ」
トウヤの声。あいつ、夢の中でまであたしを起こしにくるのか。
「ほら、速く起きて。プリティアのコラボカフェに行くんでしょ」
そうだよ。この連休はその予定だった。
でもトウヤが行かないって言ったんじゃん。姫路先輩たちと用事があるからって。
「ええい、さっさと起きなさい!」
「!!!」
布団を剥がされる。秋の冷気に晒されて、帯びていた眠気は吹き飛んだ。
「おはよう、カリンちゃん」
眼前にはトウヤの顔。目元には普段ない隈が出来ている。
「トウヤ!? な、なんでいるの……?」
「プリティアのコラボカフェ、俺が一人で行っても仕方ないからね。
カリンちゃんを迎えに来たんだ。ほら、早く準備して」
トウヤがあたしの部屋から出て、扉を閉める。
「俺ここで待ってるから。早く」
「う、うん」
トウヤは扉の向こうにいるみたい。
あたしはパジャマを脱ぎながら考える。何を着て行こう。出かけるなんて思ってなかったから何も決めてない。
「トウヤいつ帰ってきてたの? てっきりコラボカフェには行かないことになったと思ってた。連休中は旅行に行くから無理だって」
「何か勘違いさせてたかな。旅行に行くとは言ったけど、だからってカリンちゃんとコラボカフェに行けないとは言ってないよ」
いや明らかに別の用事できたからあたしと出掛けられないって言い方してたじゃん!!
~~トウヤ視点~~
「トウヤいつ帰ってきてたの? てっきりコラボカフェには行かないことになったと思ってた。連休中は旅行に行くから無理だって」
「何か勘違いさせてたかな。旅行に行くとは言ったけど、だからってカリンちゃんとコラボカフェに行けないとは言ってないよ」
嘘である。
俺がカリンちゃんに旅行の話を切り出したとき、俺は別の用事が出来たためカリンちゃんと出掛けることができない旨を伝えるために話をしていた。
しかし、正直に話すことはできない。
なぜなら、本来連休中はずっと北海道で遊んでいるはずだったのに、置いてきたカリンちゃんのことが気になって急遽一人だけ1日早く帰ってきた、などと知られることがあればそれ即ち、
『結局は妹を中心に全ての行動を決定していて、妹の為に友達とは離れて急遽別行動をとるようないつまで経っても妹離れのできない変態シスコン野郎』との誤解を免れない!
故に、このような体を取る必要がある。
『旅行には行くって言ったけど、カリンちゃんとコラボカフェも行くつもりだったよ?
だから当初の予定通りカリンちゃんとお出かけするために帰ってきたよー?
これはもともと予定されていたことで約束だから他もみんなより一足先に帰ってきただけで、他意はないよー?』
と、このような体を!
「カリンちゃん、まだかかりそう?」
扉の横の壁に寄りかかって、カリンちゃんを急かす。
あまり急がせてはいけないんだろうけど。
こちらは昨日の夜から寝ずにここまで移動してきたわけで、何もせずじっとしていると眠りに引きずり込まれそうになる。
扉が開いてカリンちゃんが出てきた。
「ごめん、まだかかる。てかトウヤそこ邪魔。洗面台と部屋行き来するから。トウヤは居間で待ってて」
カリンちゃんが着ている服は、まだ着替えの途中なのだろうが、なんかすっごく可愛い!(語彙力欠如) 女の子女の子していてすごく良い! 良いのだけど……
「カリンちゃんそれ、すこし露出多くない? 風邪ひいちゃうよ」
どういった趣向なのかわからないが、カリンちゃんの着ている服は肩のあたりに布がなく、皮膚が外気に晒されてしまっている。季節は秋で外は寒い。
「可愛くない?」
「……可愛いよ」
「じゃ、いいじゃん」
「でもさ、」
言葉を続けようとして、詰まる。
他の男にカリンちゃんの体を見られたくない、だなんて。
どう伝えればいい?
「この服を着るのはね、お礼なの」
カリンちゃんが俺の胸に寄りかかるように距離を詰めてきた。
あどけなさの残る、可憐な顔が迫る。
ちょっと、急に何? 心臓の音聞かれたら、ヤバい。
「なんだかんだ、あたしのことを思って動いてくれてるお礼。
トウヤ、あたしのエロい格好好きでしょ? 変態のシスコン野郎だから」
「な!?」
は!?
カリンちゃんは俺から離れて洗面台に逃げて行った。
シスコンじゃないが!?
と、全力で否定したいが、ムキになれば逆に本物のシスコンっぽいか?
カリンちゃんに至近距離で見つめられて、心臓がバクついて、思考がまとまらない。
俺はカリンちゃんのシスコン発言を冗談だと受け流し、居間でおとなしく彼女身支度を待つことにした。
…………。
カリンちゃんと行ったコラボカフェは想像していたのと少し違った。
「カフェなのにケーキとかじゃないんだね」
メニューにはハツとかガツとか、焼き鳥屋や居酒屋みたいな品目しかない。
「二人はモツ食いだから。ハート圧搾プリティア」
「コンセプトに基づいてるなぁ」
意外とおいしかったし楽しかった。