場合によってはカリンちゃんとの約束を後回しにしてしまう俺は、実は変態シスコン野郎ではないのでは……?
日曜日の朝。
子供向けの特撮番組『仮免ロジスティクスジャー(仮免なのに大型トラック乗って運送業営んじゃう系運ちゃんのお話)』が終わったあたりで、カリンちゃん(俺の妹)は2階の自室から下りてくる。
毎週日曜朝8時から放映される女児向けアニメ『プリティア』シリーズを視聴するためだ。
「トウヤ、チャンネルー」
「変えてあるよ」
「おー。気が利く兄貴だ」
『ぷりってぃあ♪ ぷりってぃあ♪』←アニメのオープニング
プリティアと言えば。とある件について、後ろめたさから切り出せずにいた話がある。
俺はカリンちゃんに言わなければならないことがある。
「カリンちゃん、来週の連休のさ、」
「静かにして。今いいところなの」
カリンちゃんに叱られた。いいところて。オープニングじゃん。毎週同じの流れるじゃん。
とは思うが、趣味へのこだわりは人それぞれ。口を紡ぐ。
歌が終わってCMが流れ始めたところで、
「どしたの。さっき言いかけたやつ」
カリンちゃんが聞いてくる。
「来週の連休、どこかで東京行こうって話してたじゃん。プリティアのコラボカフェやってるからって」
「うん」
「ごめん、その連休で友達と旅行いくことになった」
CMが終わって、テレビの中ではアニメーションが動き出す。
カリンちゃんが、画面から俺に表情を向けた。
眉が少し眉間によって、目じりが少し下がって。
少し悲しそうな表情。罪悪感を刺激されて息が詰まる。
「なんで?」
カリンちゃんの問いかける声。
俺はきっと選択を間違えている。約束の順序もカリンちゃんが先で生徒会連中との話はそのあとだった。今の俺は筋が通っていない。
ただ旅行の話をキャンセルするのも生徒会連中に義理が立たない。
俺はどうすればいいんだ。
話は数日前に遡る――――――――
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放課後の生徒会室。一番先に来たのは俺だった。
他の連中が来るまで一服しようと思い、昼休みに買ったボトルコーヒーの飲みかけを呷る。
空のペットボトルをゴミ箱に放り投げる。俺のノーコンぶりが発揮されて、ボトルはゴミ箱の淵に弾かれた。
拾ってそのボトルを捨てる。部屋に一人で良かった。見られていたら少し恥ずかしい。
席に座ってラップトップを立ち上げる。
ちょうどそこで生徒会室の扉がノックなしに開かれた。入ってきたのはミユキ(うちの書記。苗字は知らない)と副会長(苗字は姫路さん)だ。
「北海道はでっかいどー!」
ミユキが脈絡なく奇声を上げる。
「ミユキ声でかい。うるさい」
俺がミユキをたしなめるが、ミユキは俺を無視して話を続ける。
「北海道、いいですよね! ね、先輩方!」
「そうですね。観光地がいくつもありますし、食事もおいしいと聞きます」
「はい、まずは姫路先輩から1票ー! トウヤ(俺の名前)先輩は? 北海道好き?」
「別に、好きとかはないが」
「別にって何ですか!? じゃあ嫌いってことですか!?」
「嫌いでもないけど。まず、興味がな――」
「じゃあ好きってことじゃないですか! はい2票目ー!」
ミユキはいつもテンションが高い。事情を呑み込めていない相手に対して、説明もなく 暴走するきらいがある。
「副会長、ミユキのこのウザさの原因は何だ。性格以外で。俺の預かり知らぬところでなにかあったのか?」
本人に聞いても要領をえない恐れがあるので副会長に訊ねる。彼女の理性には信頼が置ける。
「はい。ついさっき私とミユキちゃんで話をしたばかりなのですが――」
「旅行行きませんか? 生徒会メンバーで!」
ミユキが副会長の言葉を遮って言った。
「旅行? また随分と急な話だな」
「全然急じゃないですよ! みんなで遊びに行こうねって話は前々からあったじゃないですか! GWとか、夏休みとか!」
ミユキの言う通り確かにそんな話は度々出た。そしてそれは副会長の都合がつかないことが多く全て流れていた。副会長の家はどうも有数の名家であるらしく、家での重要な用事が多くあるらしい。
「来週、大型の連休あるじゃないですか! シルバーウィークとかってやつ。みんなと遊べないかな? 姫路先輩の都合は付くかな? と思って今さっき話をしたらなんと! 来週は特に用事も無いと!
この好機を逃す手はありませんぜトウヤの旦那!」
来週の連休か。
俺とて現生徒会のメンツで何か一つ学外の思い出を作りたいという気持ちはある。
しかしなぁ。
来週の連休は既に約束がある。
カリンちゃんと東京へ、プリティアのコラボカフェに行くという約束が。
先の約束がある以上、後から出てきた話を優先するというのは筋が通らぬ。
「なるほどな。その提案はとても魅力的なのだが。すまない、俺は既に用事があるんだ」
「そう、だったんですね。でしたら旅行の話は別の機会にしましょう。会長抜きで遊びに行っても、それは寂しいですから」
そういって副会長は物わかりよく引き下がろうとするが、
「はぁああ!? トウヤ先輩に用事!? そんなのどうせカリンと(ミユキはカリンちゃんのクラスメイトでもある)じゃないですか!」
「まあ、そうだが」
「具体的な内容は?」
「プリティ……アニメのコラボカフェに行く」
「そんなのカリンとトウヤ先輩ならいつでも行けるじゃないですかー!
今回ばかりはキャンセルしてください!
生徒会で遊びに行けるのは、姫路先輩と遊びに行けるチャンスは今回が最後かもしれないんですよ!」
それはそう。
カリンちゃんとは一緒に出掛けようと思えばいつでも行けるからな。
今回ばかりはカリンちゃんを後回しにするべきか……?
「ミユキちゃん。無理を言って会長を困らせてはだめですよ。先約を反故にするは道理に適いません。
なにより、そんなことをしては会長の妹さんが悲しむでしょう」
副会長がミユキをたしなめる。
ミユキは俺が注意をしても受け入れないが、副会長には素直に従う。ミユキはおとなしくなった。
他の生徒会の連中が部屋にやってきて、この話はおしまいとなった。
…………。
業務が終わり、副会長を含めた生徒会の面々は既に帰宅した。
まだ残っているのは俺とミユキだけだ。
「ミユキ早くしてくれ。鍵を掛けられん。それとも、お前が鍵を閉めて職員室に返すか?」
「嫌ですよ。私が持ったら失くしちゃいますもの。カギ」
ミユキが荷物をカバンにまとめて廊下に出た。
俺も電気その他火元が消えているのを確認して部屋を出る。
「さっきの旅行の話なんですけどね。あれ、私から切り出した話ではないのです」
職員室から持ってきたカギの束は似たような大きさのカギばかりが付いており、どれが生徒会室のモノかは一目で判然としない。
俺がいくつかのカギを差し込んでは確かめている間、ミユキは話を続ける。
「姫路先輩から話が合ったんです。GWの時も、夏休みの時もダメだったから、今度こそみんなで遊びに行きたいって。
最初は京都か北海道に行きたいねって話していて、トウヤ先輩はカニが好きだって聞いたから、じゃあ北海道の方がいいねって。
先輩、普段はとても落ち着きがありますけど、今日は心なしかはしゃいでいるように見えました。
カリンと先に約束をしていて、それが理由で旅行いけないって言われたら、それが正しいのかもしれないです。
でも、私は姫路先輩と、みんなと遊びに行けたらいいなって思います」
ようやく正しいカギに当たった。捻る。ノブを回して引いて押して、カギか掛かっているか確認する。
ミユキのだらだら話している内容など9割方聞き流していたが、
俺はこの時に北海道へカニを食いに行くと決めたのだ。