すました顔して取り繕ってるけど、お兄ちゃんは変態シスコン野郎でしょ!?
朝。瞼越しに感じる輝き。
うっすら目を開けると、カーテンの隙間から朝日が差して、顔にかかっていた。
寝返りを打って、ついでに布団をかけなおす。薄手のパジャマだから、朝は寒い。
あたしは朝に弱いわけじゃない。目は冴えている。けど、しばらく体を横たえる。目をつむって。
軽くノックがあって、あたしの部屋の扉が開かれた。
そうやって、毎朝トウヤ(あたしの兄貴)はあたしを起こしに来る。
「カリンちゃん、起きな。朝になったよ」
声を掛けただけじゃあたしが起きないから、トウヤはあたしのベッドの端に腰かけて、優しく頭を撫でてくる。
「カリンちゃん、朝だよ」
「ん、おはよ」
このあたりで目を開ける。あたしを優しく見つめている黒髪イケメン。あたしの兄貴。首筋と喉仏がマジでエロい。鎖骨もみせろ。
「朝ご飯できてるから。早く降りてきな」
トウヤがベッドから立ち上がる。
あたしは掛布団を剥いで両手をトウヤに伸ばした。
「抱っこして。起きるのめんどいから」
胸元のボタンを外してあるから、トウヤの視点からだと肌色が目立つはず。
トウヤは少し目を見開いてあたしの胸を見たのち、ふいと顔をそむけた。
「嫌ですー。カリンちゃんはもう高校生なんだから。抱っこなんてしません。
先行ってるから早くおいで」
むっつりめ。意識してるな。もっと意識しろ。
トウヤが去って、あたしの部屋の温度が幾分下がった気がする。きっとトウヤが近くにいる間、あたしの体温が上がってただけなのだろうが。
あたしはトウヤのことが、実の兄のことが好きなんだと思う。多分。恋愛的な意味で。
他人の兄妹がイチャコラしていたら『キッショイな』と思ってしまう感性の持ち主ではあるけど。
トウヤはなんか、別なんだ。あいつめっちゃイケメンだから。
見つめれば飲み込まれてしまうような理知的な瞳。綺麗に通った鼻梁。程よくふっくらしていてむしゃぶりつきたくなる唇。
鎖骨の窪みがエロ過ぎるし、乳首がピンク色なのは女の子かよって感じで可愛い。筋肉質にしまったお尻とか、もうずっと撫でていたくなる。
こんな異性と毎日一緒に暮らしていたら、兄妹とか関係なしにドキドキしてしまいますよ。
内面はまぁ、そこまでイケメンってわけじゃないけど。
強いて言えば、小さいころから勉強とかめっちゃ頑張る努力家で、初めてのことや不慣れなことにもすぐ挑戦しちゃって。学校のイベントにも積極的に参加して、生徒会みたいな責任ありの仕事も嫌な顔せず引き受けて。
毎日あたしのご飯用意してくれるし、あたしのこと毎朝起こしてくれるし、あたしが少しごねれば映画連れて行ってくれるし一緒に買物行ってくれるし、
こんなのあたしに惚れてるで確定でしょ!?
……まあ、妹として可愛がってくれてるだけかもしれないけど。
あたし以外にも、母さんにもクロビカリ(ペットのオオクワガタの名前)にも優しいのもトウヤのかっこいいところだから。
朝ご飯や身支度を済ませて、家を出る。
通学は途中まではトウヤと一緒。
歩いてる途中でお互いの友達に会えばあとは分れて登校する。
だから朝に友達と合うと、嬉しいけど、邪魔だとも思う。
トウヤの横を歩く時間が減ってしまうから。複雑だ。
「街路樹もちらほら色づいている。街並みに秋の兆しが見えてきたね。
カリンちゃん、朝来ていたパジャマじゃもう寒いんじゃない。帰ったら秋物だそうか」
「去年のか。あたし着れるかな」
「大丈夫じゃない? 防虫とかもしてちゃんと仕舞ってあるよ」
「そうじゃなくて、ほら。成長してるから」
そう言って、胸元に手を当てる。
「……あーね。着てみてから考えたらいいよ」
トウヤの頬が若干赤くなっている、気がする。照れてるな。
女としては意識してくれてる、と思うんだけど。
あたしがトウヤの彼女になるのは、めちゃめちゃ難しい。てか無理かも。
やはりそれは実の兄妹だから。許されない。
まずは世間が許さない。これはあたし的にはどうでもいいけど、生きづらくはなるんだろうな。
次に、きっとお母さんが許さない。親が祝福してくれない恋は不幸だ。
それでも、トウヤが愛をくれれば、乗り越えられる。気がする。
でも、それこそ無理な話だ。
なぜなら、兄妹での恋愛などはトウヤが一番許しそうにないから。
真面目で堅物だから。そこもいいんだけど。
あたしとトウヤが恋人になる可能性なんてきっとないんだろうけど、
それでも、もしもを願ってしまう。
……一番あり得るルートはトウヤが発情して既成事実ができるパターンだと思うから、挑戦はするけど。
「なんか寒いかも」
そう言ってトウヤの腕に抱き着く。
「……どしたの」
「寒いから。人間カイロ」
「歩きにくいでしょ。やめて」
「でもあったかいでしょ」ふにふに
トウヤの腕に胸を押し付ける。陥落しろ、ムッツリ変態シスコン野郎!
「俺は別に、今は寒くないから」
トウヤの頬は紅潮している。
「あたしはあったかいから」
「……そう」
トウヤはあたしを振りほどくのを諦めて、されるがままになる。
今日はこのまま学校まで二人きりでありますように。
「――会長、おはようございます」
後ろから、女の声。
振り向けば、いたのは見覚えのある女。モデルみたいにすらっとしてて、出るとこは出てる。首の上に乗ってる顔面も端整だ。
名前は確か、姫路なんとか。生徒会の副会長でトウヤと一緒にいるところをよく見る。
「おはよう、副会長」
「……おはようございまーす」
トウヤがあたしの目とトウヤの腕を交互に見てくる。意味は『腕組をやめて』だ。
抱きしめる力を緩める。トウヤの腕があたしから離れる。
「昨日会長が帰宅後にバスケ部とバドミントン部から要望が持ち込まれまして、この件について相談をしたかったのですが、後にした方がよいですか?」
姫路先輩がうかがうようにあたしを一瞥する。あたぼーよそんなの! 全然急ぎじゃなさそーじゃん!
「構わないよ。この後カリンちゃ……妹は妹で友達と合流するんだ。歩きながら話そう」
トウヤが軽くあたしに手を振って、二人は早足にあたしから離れていく。
……つまんな。
つまんないな、つまんないなと一人でとぼとぼ歩いていたら、『おーはーよー!』と後方遠くからやかましい声。一番よくつるんでいるクラスメイトのミユキだ。
最初はトウヤと、後からは友達と。いつもと同じ通学路。
秋風が吹いて、あたしの体を撫でる。
お腹に残ったトウヤの腕の暖かさも、風が絡めとってしまった。