どこの馬の骨とも知れぬ男に、妹を任せられるわけがなかろうが!?
時は昼休み。
場所は俺が通う高校の、生徒会室。
部屋には二人、会長である俺と副会長が仕事をしている。
「会長は仕事熱心ですね。昼休みまで生徒会室にこもって」
「なに、俺は放課後に仕事を残したくないだけだ。早く帰れば自炊もできて金が浮く。
それに仕事熱心というなら副会長もだろう。
……もしかして、仕事を振りすぎだろうか。実際、キミの優秀さに甘えて、俺は遠慮をしていない。
もう少し仕事の分担を減らそうか。花の女子高生が仕事ばかりというのは、俺の良心が痛む」
「大丈夫ですよ。私もただ、放課後は早く帰りたいだけですから」
「そうか。俺はもう切り上げるよ。少しでも腹に何か入れておかねばな。午後の授業が辛い。
君もあまり無理はするな」
「ええ。ありがとうございます」
俺は生徒会室を後にした。
校庭の適当なベンチに腰掛けて、家から持ってきたおにぎりを2つ(具は昨日のおかずのあまり。豚の生姜焼き)を胃に流し込む。
それからベンチに横になって目を閉じた。
予鈴がなるまで、しばし仮眠をとる。
後ろのベンチから女子生徒の話し声が聞こえてくる。
「てかカリン今日マジでヤバかったよね!」
「えと、朝の?」
「そうそう!」
俺の後ろに座ているのはカリンちゃん(俺の妹)とその友達のようだ。
「靴箱開けたらラブレター入っててさ! しかも2通も!」
ラブレター!?
ラブレターだと!?
確かにカリンちゃんは絶世の美少女。世の男がカリンちゃんに惚れるのは当たり前のこと。
しかし、恐れ多くも高嶺の花を摘み取らんとする無知蒙昧がいたとはな……。
「春にあらかたの告白は振ったから、確かに久しぶりかな。ラブレター」
以前にも告白とかされてたの!?
くそ。妹の貞操の危機だったかもしれないってのに、全然知らなかった。
仮眠をとりたいというのに、後ろの話が気になって全く眠れぬ!
「今回はどっちもイケメンだよね! 一人はB組の荒井くん!」
荒井という名前には聞き覚えがある。
1年B組の荒井。度々染髪などの校則違反を犯し風紀委員会からマークされている。さらには他校の生徒とのもめ事の話も生徒会に入ってきている。うちの学校にはあまりいない、不良のようなタイプの男だ。
「で、もう一人は2年生の落合先輩!」
こちらの名前にも聞き覚えがある。というか友達だ。
俺と同じクラスの落合拳斗。ボクシングのスポーツ推薦で入学した男なのだが、勉学を怠けているわけでもなく、礼節も備わっていて好感の持てる男だ。
俺が生徒会長になったとき、役員の一人として落合を誘ったこともあったが、部活を理由に断られてしまった。
「二人とも今日の放課後にカリンのこと呼び出してたけど、どっちに行くかもう決めてるの?」
「まだ。どうしよっかな」
期限は今日の放課後だと!? 残り僅か数時間。これでは大した工作も仕掛れぬではないか!
授業が終わった後すぐに現場に向かいあとはアドリブで……いや、駄目だ。
生徒会の仕事で期限が今日中のモノがいくつかある。ここから俺が関与するのは難しいか……。
カリンちゃんが我が友人の落合を選べばまだいい。彼は信頼がおける。カリンちゃんを任せるに足る資質はあるかもしれない。……1ミクロンくらい。
しかし、荒井が選ばれれば地獄だ。将来大成の芽がない不良少年にカリンちゃんを任せることはできない。ありとあらゆる策を講じて破局させねば。最悪殺害も辞さない。
「どっちかっていうとどっちなの? カリン的には」
「うーん。落合先輩かな。トウヤの友達だし。信頼はできる。どっちかっていえば」
すこし、安心する。落合なら、まあ、許容範囲だ。まともな奴だしな。常識的だし。
……まてよ、落合が選ばれるのはまずいんじゃないか。もし彼が選ばれれば、
破局させる理由が、ない!
勉強はできる! スポーツはできる! 素行も問題なし! いちゃもんを付けれる要素がないではないか!?
『キーンコーンカーンコーン』
予鈴が鳴った。
「やば、授業始まっちゃう」
カリンたちが校舎に入っていく。俺も駆け足で教室に戻る。結局仮眠が取れなった。
しかしなぜ、俺はカリンちゃんと落合が結ばれた場合でも破局させることを考えてしまったのだ。
それではまるで、
『妹が他の男に取られて嫉妬してしまう変態シスコン野郎』のようではないか!?
とにかく、俺がこの件に関与できる余地はもうない。
――――――――
午後からの生徒会の仕事は思ったよりも時間がかかった。
カリンちゃんの告白の件が気になって全く仕事に集中できなかった。
昼休みに少しでも仕事を進めておいて良かったと思う。
夕食はスーパーで適当な値引き総菜を買って帰ることにした。一人分。
カリンちゃんは今頃カレシ(おそらく落合)とキャッキャウフフだろう。最悪朝帰りかもしれない。
家に帰ると居間からテレビの音が聞こえる。朝出掛ける時に消し忘れたのか。
居間ではカリンちゃんがソファに横になってテレビを見ていた。
「おかえリンゴ生産量1位は青森県で2位は長野県~」
「ただいま(カリンちゃんお帰りの言い方可愛すぎかよ天使か?)(?)」
「あたしめちゃお腹空いた。早くごはん~」
「はいはい」
食事の用意をする。勝ってきた総菜だけでは少ないので、他は冷凍のものでごまかした。
なんでカリンちゃんが家にいるんだ? という動揺は隠せただろうか。
告白の件はどうなったのだろう?
「カリンちゃんくらいの年頃なら彼氏でも作って、夕ご飯を食べてきたりしてもおかしくないと思うんだけど。カリンちゃんには全く浮ついた話ないね」
クロビカリ(カリンちゃんのペットのオオクワガタ。しかし世話は全て俺がしている)にゼリーをあげながら探りを入れる。
露骨過ぎたか?
「だって、トウヤ(俺の名前)あたしにカレシ出来たらどうする?」
「金属バットで殴りかかるけど」
「……なんでさ」
「俺如きにぼこされる男がカリンちゃんを守れるわけないから。腕試し」
「あそ。
ま、それが理由かな。
とち狂ったシスコン兄貴がいるから。
相手の男に危険じゃん」
「シスコンじゃないが?」
その点については毅然として否定する。なぜなら俺はシスコンではないから。
「はいはい、そーですね。
ともかく、トウヤの目が黒いうちはカレシとか作れないかな」
カリンが俺を見る。目と目が合う。彼女はにまりと笑った。
「だからトウヤは、あたしに寂しい思いさせちゃだめだから」
俺の妹は今日も可愛い。