高校生にもなって妹と二人で映画なぞ、行けるわけがなかろうが!
夕食は家族そろって食べる。
俺と、妹のカリンちゃんと、妹のペットのクロビカリ(オオクワガタ)。たまに、仕事の帰りが早ければ母さんも。今日はいない。
朝炊いた米の残りと値引き総菜をつつきながらテレビを見ている。
『劇場版! 二人はモツ食い! ハート圧搾プリティア! 絶賛上映中!』
「プリティアの映画なー。早く見に行かなきゃだけど」
カリンちゃんは日曜の朝から放送される女児向けアニメ『プリティア』シリーズの大ファンだ。保育園のうさぎ組の頃から高校2年生になるまで一朝も欠かさずに視聴している。いい歳だしそろそろ欠かしてくれてもいいのよ?
カリンちゃん内面がいわゆる普通とずれている残念な女の子だ。ペットがクワガタだったり、女児向けアニメが好きだったり。学校の成績も芳しくない。
長所といえば芸能人並みの目鼻立ちくらいだ。あと誰とでも仲良くなれる社交性があって、困っている人にも良く声をかけ、オシャレなどの自分が好きなことにはひたすら全力で、今はなんか短めの髪型なのだがそれがカリンの明るい髪色ととても似合っていて、というか同じ家に住んでいるのにどうしてこんなにふわふわのいいにおいがするんだ??……と、長所といえば精々このくらいしかない。
「ねーねートウヤ(俺の名前)、プリティアの映画連れてってよー」
「見たいならひとりで行ってきなよ」
「お金ないし」
「無駄遣いしてるから。バイトでもしなよ。もう高校生でしょ、カリンちゃんは」
「はぁ? まず無駄遣いなんてしてないですし? 女の子はオシャレにお金かかるんだよ。相対的にね。
そして、バイトなんて無理無理! あたしクロ子のお世話あるし」
カリンちゃんご飯のゼリーあげてるだけじゃん。それ以外のクロビカリの世話やってんの俺じゃん。ダニ取ったり、土交換したり。
「映画みたいみたいみたいー! お願いお兄ちゃん!(上目遣いで庇護欲を刺激するあざといポーズ)」
「いやですー。俺だってお金ないですー」
嘘である。無趣味な俺は、母さんからもらったお小遣いが溜まる一方。
何も使わないなら可愛い妹(マジでかわいい。世界一。カリンの前ではすべての女がヒゲの生えたジャガイモ)が喜ぶことに使ってやりたい。
しかし、それはできない。
なぜならば、そんなことをすればこの俺が『いい年して妹と女児向けアニメを見たがっている変態シスコン野郎』だと勘違いされてしまうではないか!
いくら天使のように可憐な妹の願いを叶えるためとはいえ、そのような事実無根かつ不名誉な誤解を受けるわけにはいかない。
「ケチ。トウヤなんて無個性人間でなんもお金使ってないじゃん」
「無個性だなんて失礼な。そんなに映画に連れて行ってもらいたければ、男の一人や二人作って連れて行ってもらいなよ」
「ふーむ、彼氏かぁ」
カリンは顎に手を当てて考え込む素振りを見せる。
俺は失言に気が付いた。
出来ちゃうんじゃないの? カリンに彼氏。
だってそうじゃん考えてみてみてよ。うちのカリンは絶世の美少女。下半身が服着て歩いているような思春期男子がカリンに告られでもしたらイチコロじゃないですか。
『カリン、トウヤのこと好きだよ。恋人に、なろ?(欲情を必死こいて押さえつけている理性を粉砕する萌え袖)』
想像しただけで無理ですわコレ。男女関係なく全人類即落ちですよ。
食事を終えて、自室に戻る。
ベッドに寝そべって漫画雑誌を眺めていても、視線はページの上をすべるだけだった。
……どうしようかな、カリンが日焼けしたヤリチnみたいな男を家に連れてきて、
『トウヤ、紹介するね。あたしの彼氏』
『ウィース。お兄さんよろしくっす。ウェーイ』
なんてことになったら。
俺の心は焦るばかりだ。しかし打開策はない。
しかし、どうして一部の漫画雑誌は巻頭にヒゲの生えたジャガイモみたいな女の写真を載せているのだろう? どこに需要があるのだ? 漫画雑誌を買う人間は漫画を求めているわけだから、漫画だけ乗せておけば良いのに。たまにある、魅力に欠けた懸賞の応募企画なぞも一体何のために……。
……懸賞か。
俺は一つの案を思いついた。
そしてそれを実行することに決めた。
数日後、俺は久々に自炊でもと料理をしていた。といっても肉や野菜を切った後に煮るか焼くかするだけだが。
「ただいマグロ漁船で遠洋漁業~」
カリンちゃんが帰宅した。うちの妹は今日も可愛い。まず帰って来た時のあいさつが可愛い(?)。
「おかえり。これをカリンちゃんにあげよう」
俺はポケットから映画のチケットを2枚取り出して、カリンに渡した。
「え! これプリティアの映画じゃん!? トウヤ買ってくれたの!?」
「まさか。雑誌の懸賞でほしいものがあってね。応募していたんだが本命は外れて、代わりにそのチケットが当たったんだ」
嘘である。
俺の作戦はこうだ。まずチケットを買って用意する。そしてそれを懸賞で当たったがいらないと言って。カリンちゃんに渡すのだ。
そうすれば俺は妹を甘やかす変態シスコンではないし、カリンちゃんも映画が見れて大喜び。
みんなが幸せになる。
「それでも嬉しいよ! 今度の休みに一緒に見に行こ?」
「いや、俺はいいよ。誰か友達を誘って行ってきな」
俺が行けるわけなかろうが!? もしこの流れで俺がカリンちゃんとプリティアを見に行ったとすれば、俺は『変な嘘をついて妹にチケットを渡し、妹の方から映画に誘わせてから一緒に女児映画を鑑賞する変態シスコン野郎』に成り下がるということだぞ!? そんなこと、あってはならぬ。断じて!
「これ女児向けのアニメだよ。あたし高校生。友達みんなティーンエイジ。誘ったら最後社会的死ですわ」
それはそう。
「なら一人で見てきたらいいじゃない」
「子供の中に一人高校生がいたら恥ずかしいでしょ。道連れがほしい。
……一緒に行こうよ」
カリンが俺の服の裾をつまんで軽く引っ張る。
…………。
結局、週末に二人でプリティアを見に行った。
意外と面白かった。