作家、3時のおやつを食べる。
藤原一喜がデスクトップパソコンから目を離し、ふと壁にかかる時計をみると、午後3時になっていることに気が付く。
藤原は50代半ばの、筋肉質でとても大柄な男だ。人から建築業や格闘家に間違えられることもある。
黒いシャツと黒いスラックスを着ている今でもわかるくらい、彼の筋肉は隆々としている。
しかし、彼の職業は作家である。一軒家2階の自分の部屋にこもって、毎日ひたすら文字で何かを打ち続ける男だ。
藤原はシガレットケースからマルボロを一本取り出し、近くにあった銀色の灰皿を自分の近くに寄せた。
マルボロに火をつけ、煙を吐き出す。普段から厳つい藤原の顔は緩みだし、呆けた表情になる。
ディスプレイをみた。今度出す新刊のアイディアを考えていた。それを企画書にまとめようとしていたのだ。
ネタ帳も全部見返すほど見たが、どれもしっかりとした形にならなかった。
彼は企画書を担当編集に、期限までに提示しなければならない。
しかし、7時間ほど椅子に座り、企画書を書いては没にし、書いては没にしていた。消耗した、今の藤原は何かを思いつく程度の活力はなかった。
そういえば、今日を妻と外で食事だ。
と思った瞬間、突然、強烈な空腹感が藤原を襲う。
そういえば何も食ってなかったな、と今日これまでを振り返る。
「……おやつ……」
獰猛な野獣のごとく低い声で、藤原はぼやいた。
藤原は原稿のファイルを保存し、バックアップもとって、パソコンを消した。
この部屋以外禁煙なので、吸っている途中だったマルボロを惜しみながら灰皿の上でつぶすと、下のキッチンに向かった。
「あんぱん……」
藤原がぼやいた。
ぎっしり詰まった冷蔵庫を見る。
まず目に飛び込んできたのは、袋に包まれたアンパンだった。
「チョコレート……ベーコン……食パン……たまご……」
色々と目に入り、気になった食物をぼやく。
今日の夕飯のために胃をセーブしておきながら、なおかつ現在の空腹を癒すもの。
板チョコもよかった。少しかじって夕飯に備えるか、と思った。
しかしーーー
「……アンパンが…食べたい……」
藤原は自分の欲求に忠実なのだ。
藤原はやかんに水をいれ、大きめのカップにスプーンでインスタントコーヒーの粉末を入れた。
やかんの水が沸騰するまで、キッチンで待機する。
「コーヒーメイカー、ほしいな……」
藤原はやかんを見ながら思った。
学生の頃、豆までかって、グラインドして、コーヒーを入れていたのを思い出す。
学生にしてはずいぶん贅沢したもんだと、今の藤原は思ったし、しかし、ふと、グラインダーなどの装置を買うためにバイトしたのも思い出した。
今の経済状態なら、すぐにそれ相応のものが買えるだろう。
彼は火をとめた。やかんからは蒸気が上がり、沸騰した湯が入っている。
彼はまず少量、湯をカップに入れ、どろっとしたインスタントコーヒーの粉末をかき混ぜた。
そこから少しずつ湯を足して、コーヒーを薄めていく。
こうすると、インスタントコーヒーも風味が変わってくるのだという。
しかし、学生の頃、自分で入れたコーヒーのほうが美味だったように感じる
「…めいちゃんに相談してみるか……」
藤原は腕を組んだ。めいちゃんとは妻のことである。
袋に入ったアンパンとコーヒーをテーブルにおき、近くにあったリモコンでテレビをつけた。
チャンネルを回したが、地上波はどこもドラマの再放送か、ワイドショーだった。
藤原は若干不機嫌な表情になった。
BSもまたしかりだった。と思ったが、ドキュメンタリーでカピバラの特集をやるらしい。
藤原はすぐチャンネルをかえた。カピバラの特集番組ははじまったばかりだった。
藤原はアンパンの袋をあけ、テレビをじっと見つめた。
動物園のカピバラが一心不乱にキャベツの葉っぱを食べている。
口全体を動かして、歯をしっかり閉じ、キャベツの葉を嚙み砕いていく。
もっもっもっもっ。
そんな擬音が流れてくるようだ。
ところで気が付けば、藤原も同じように食べている
しっかり一口をかみしめ、咀嚼している。
もっもっもっもっ。
藤原は途中でコーヒーをすすった。
ふと藤原の頭に何かがよぎった。
近くにあったチラシの裏に、これも近くにあったペンをとって、文字を書きだした。
『美食家カピバラ探偵』
児童文学作家、伊豆夢吉こと、藤原喜一は降りたネタをチラシに描きだした。
その様子をを半分かけたアンパンや、コーヒーカップはみていた。




