1.黒田 誠 オープン記念キャンペーン⑦
『まもなく【ポーラスター駅】に到着致します。お手周り品をご確認の上、落し物・お忘れ物のございませんよう…』
降車アナウンスが流れ始める。
降車駅だ…。
でも、何か…降りたくないなあ…。
隣りの関口さんは手際よく席を片付けている。
「も…もう少し居ませんか?」
俺は思いきって誘ってみた。
「う〜ん…乗り越し? 延長? できるのかな?」
タイミング良く…というか、その為に巡回しているのかはわからないが車掌さん(姿の店員さん)がやってきた。
「すみません。延長? 乗り越し? 可能ですか?」
関口さんが切符を見せつつ交渉を始める。
車掌(店員)さんは何やらタブレットを取り出して切符を確認しつつ…
「あぁ〜申し訳ございません。既に次のお客様がお待ちのようです。またのお越しをお待ち致しております」
と、答えてくれた。
がっくし…
仕方がないので手早く荷物を網棚から取り出したり自分の手が触れたかもしれない場所をおしぼりで軽く拭いたりと掃除する。
床にも酒が零れたのか足元がベタベタした。
はぁ……
床はお店の方にお任せするしかないか……
マスクを忘れずに着け、座席をできる限り元の状態に近づけた。
そしてトレイを抱え、降車するべく通路に並ぶ。
『ポーラスター駅〜。ポーラスター駅〜…』
ホーム側のドアが開き乗客達は次々と降車していく。
俺達も列車から降りる。
近くにトレイやグラスを回収しているワゴンがあったので、それらを返却しゴミをゴミ箱へ捨てた。
さて、帰らねば…と改札に向おうとしたが……
「あ…あれ?」
関口さんが見当たらない。
辺りを見回すと何故か彼女は売店の列に並んでいた。
「関口さん、帰らないんですか?」
俺は慌て気味に声をかける。
「帰るわよ。帰る前にポーラスター名物『バニラアイス』を買おうと思って…」
と、彼女は売店の側ではためく幟を指さす。
「ホームのベンチでなら座って食べられるそうだけどけど恥ずかしいからお土産に買って帰ってから食べようと思ったの」
ほぅほぅ…
何となく俺も付き合って買ってしまった。
「超絶固いって有名なアイスなんだって」
彼女の笑顔にこっちまで嬉しくなる。
そして、一緒に改札を出て店を後にした。
店を一歩出ればいつもの慣れ親しんだ街中だ。
でもなんだか…アルコールが回っているのかずっと電車に揺られていた感じがする。
「それじゃ、黒田さん。今日はお付き合いありがとう」
彼女が笑顔で手を振った。
「あ、送っていくよ」
俺は慌てて申し出る。
でも……
「大丈夫。自転車なの」
と、店舗脇にある駐輪場から自転車を取り出す。
「じゃ、黒田さん。また会社でね」
そう言って颯爽と自転車に跨り行ってしまった。
後にポツンと残された俺は……
「い…飲酒運転になるんじゃ……」
と、モゴモゴ呟きながら立ちつくす。
車じゃないから大丈夫なのか?
そもそもそんなに飲んでないのか?
アルコールで回らない頭でそんな事を考えながら家路を辿った。
心なしか秋風がいつもより涼しく感じる……。
追記
翌朝……
俺は財布の中身を確認し……
更に…秋風の…冷たさを味わう羽目になった。
旅行気分だっただけに……
飲み代も観光地価格だったのだ……。
1.黒田 誠 オープン記念キャンペーン 了