1.黒田 誠 オープン記念キャンペーン⑤
ホーム側の席に座っていた人がホームにいる売り子さんに声をかけ何やら料理を購入していた。
へぇ…あんなふうに買う事もできるんだ……
よし! 次に来た時にはホーム窓側に座ろう!
俺は密かに決意する。
ふいに関口さんがバタバタとマスクをし財布だけ持って席を立つ。
「ど…どうしたんですか?」
何事かと俺は問いかけた。
彼女は
「停車駅毎にその駅でしか買えない数量限定・名物料理が売り出されるの!」
と、答え慌てた様子でドアへ向かう。
「え? え?」
一瞬訳がわからなくなった。
……が、すぐに思考が追いついた。
数量限定の名物だって!?
………食べたい!
どんな料理か知らないけど食べなきゃ!
俺も慌ててマスクをし財布を掴んでドアへと向かう。
ホームへ降りると関口さんが駅売店から伸びかけた列の最後尾に並ぶべく走っているのが見えた。
俺も急いで彼女の後を追う。
運良く二人揃って列の最後尾に並べた。
視界の端に売り子さんが乗客達に囲まれてるのが見える。
俺が売り子さんの様子を伺っているのを察したのか
「限定料理は売り子さんからも買えるけど直ぐに売り切れちゃうの。売り子さんから買いたいなら停車と同時に買いに走らないとダメなのよ。出遅れちゃったし…確実に買いたいなら売店の方に並ばないと…」
と、教えてくれた。
ほうほう…と頷きながら彼女の話を聞く。
そして一番聞きたかった事を聞いてみた。
「ちなみにジェミニ駅の限定・名物料理は?」
「『双子の卵の温泉卵』だって」
温泉卵かぁ…
でもなんでそれが名物料理なんだろう……
ちょっと考えたけど全くわからない……
「何で名物料理が温泉卵なんですか?」
考えても考えてもさっぱり分からなかったので彼女に聞いてみた。
「『ジェミニ』だからでしょ。メニューに書いてあったわ」
彼女は何でもない事のように答えたが俺はますます意味がわからない。
「え?『ジェミニ』だと『温泉卵』なんですか?」
もう一度聞いてみたら今度は笑いだされてしまった。
「違うわよ『ジェミニ』って双子座の事なの。だから『双子の卵』の料理が『ジェミニ駅』の名物なのよ」
あぁ…なるほど〜
やっと理解が追いついた。
関口さんは楽しそうに意図的に黄身が2つある卵を生産する技術があるらしいとか、その卵が使われているかもしれないとか、黄身だけを後から入れた『なんちゃって双子の卵』が使われているのかはわからないとか話してくれる。
俺は俺で卵料理自体が好きなので楽しみだ。
しかし…後数人で順番が回って来るという時に……
『まもなく発車時刻になります。どなた様もお乗り遅れのございませんようにお乗り下さい……』
と、いうアナウンスが流れ発車ベルがホームに響きだした。
「え? え? 大丈夫なんですか? 戻らなきゃなりませんか?」
俺は焦って辺りを見回した。
「黒田さん、落ち着いて下さい。【本当に】【実際に】列車が動きだす訳じゃないんですから……」
あ…そうか…。
彼女の答えに俺は我に返る。
イカンイカン…相当酔っ払っているのか…。
余りにリアルな列車の旅の雰囲気に飲まれた結果、動くはずのない列車が動き出すように錯覚していたんだな…。
それでもホーム側に開いていた扉が閉まり列車の走行音が流れ出すと何となく落ち着かない気分になった。
そっと隣の彼女の様子を見たが特に慌てた様子もなく順番を待っている。
順番になったので予定通りジェミニ駅名物『双子の卵の温泉卵』を購入する。
「買えて良かったー!」
と、関口さんはウキウキだ。
そして【なんちゃって運転席先頭車両】の特急正面実寸大写真パネルの方へ向かって歩き出す。
俺も彼女の後に続いた。
ホームにはポツポツと乗客(?)らしき人達が同じ方向へ歩いている。
特急正面実寸大写真パネルの裏側には隠された通路が有り、ホームの反対側のドアに繋がっていた。
俺が驚いて目を瞬かせているのに彼女は何でもない事のようにドア近くのスイッチを操作しドアを開け列車内へ入っていく。
俺も慌てて彼女に続いて列車に入った。
そして俺達が入ったと同時にドアが閉まる。
何か…走行中の列車に忍び込んでるみたいだ…。
狭い列車の通路を縫うように移動し、時々料理を運ぶワゴンとすれ違いながらも、何とか無事に自分達の席に戻った時、俺はかなりホッとした。
黄身が2つ入った温泉卵に舌鼓を打ちながら彼女に
「ジェミニ駅が『双子の卵の温泉卵』なら次のデネブ駅の名物は何なんでしょうね?」
と、聞いてみた。
彼女は黄身をスプーンで掬いながら
「メニューに書いてあるわよ」
と、目線で俺の席の前に有る網のポケットを示した。
ハハハ……
今まで飲んだり食べたりが忙しくてメニューの存在をすっかり忘れてた……