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5.ロベルト・シュンク ヤーパン紀行①

 日本の夏は故国ドイツと暑さの質が違う。

 来日して数年経つが未だに夏だけはドイツに帰国したくなる。

 他の季節は好きなんだがなぁ……。


 あ、でも日本の夏の素晴らしい過ごし方が一つあった!

 ビアガーデンだ!

 夏の身体にまとわりつくような暑さの中、冷えたビールは格別に上手い。

 これは日本の夏の暑さでないと味わえないとは思う。

 そんなふうに日本の夏を満喫しつつ(?)仕事をしていたら、同僚の黒田さんに『紹介したいお店がある』と誘われた。

 私は同じく同僚でもあるフランス人のジャン(フルネームは覚えていない)も誘って行くことを決める。

 我々の上司でもある野崎課長も一緒だ。


 そして現在……

 我々は滝の様に汗をダラダラ流しながら黒田さんに案内され駅前通りを歩いている。

 すると、賑やかなヤパーニッシュサウンドが街の喧騒に紛れて聞こえてきた。

 『祭囃子(マツリバヤシ)』という音楽だ。

 世界的に蔓延した感染症の流行で地域の小さな祭りから大きな神社の祭りまで中止が相次いでいるご時世(って言い方で合ってるか?)に珍しいなぁ……。


「……? あれ?」

 黒田さんが不思議そうに呟いた。

「どうしました?」

 一緒に歩いていた野崎課長が問いかける。

「いや…目的の店から祭囃子が聞こえてきたから……」

 不思議そうに黒田さんは首をかしげていたので私は少々不安になってきた。

 黒田さんは自信満々で【日本でも珍しいコンセプト居酒屋】だと我々を案内していたのだ。

 だから私はどんな店なのかワクワクしながら歩いていた。

 店のコンセプトがどんなコンセプトなのかは全く教えてくれなかったので余計に楽しみだった。


「うん…ここなんだけど……」

 周囲の建物とは趣きが違う店構えで私が知っているどんな居酒屋とも違っていた。


 野崎課長が

「へぇ…。ここが『列車居酒屋−旅が好き−』か……」

と、店を見上げる。

「野崎さんはご存知でしたか?」

「女房と子供達がね。ランチタイムに入った事が有るって前に話してたんだ」


 ジャンはキョロキョロ辺りを見回し

「ワタシ、ここが電車の駅に見えるんですが……」

と、聞いてきた。

「お? わかるか? ここは日本の特急停車駅がモチーフになっている店なんだ」

 黒田さんが楽しそうに説明する。


 しかし…

 何故、祭囃子がこの店から聞こえてくるのだろうか……?


 ハッ!? もしやこれが日本でも珍しいコンセプトなのか?

 そんな予想をして私もキョロキョロと辺りを見回した。

 そんな私の様子などお構いなしに黒田さんは首を傾げつつ店の中に入る。

 もちろん我々も彼に続いて店内へ進んでいく。

 店内は冷房が効いていて一気に汗がひいた。

 ありがたい……。


 涼しい風に一息ついた私の目に入ったのは薄暗く絞った照明しかない店内にボンヤリと浮かぶ…券売機?


「この店は席を時間で販売しているんです。どのぐらい居ますか?」

と、黒田さんが訊ねる。

「う〜ん…2時間も楽しめば良いんじゃないか」

 野崎課長はそう答えて私とジャンに視線を向けた。

「どうかな? とりあえず2時間楽しんでみようと思うんだが…」

 そんな事を聞かれても基準がよく分からない。

「オマカセシマス」

 こういう時に使える便利な返事をした。

 ジャンも無言でうなずいている。


 黒田さんは我々3人からそれぞれ席料を回収すると券売機へ向かう。

 うん、どう見ても駅に有る特急列車用の指定席券売機だ。

「2時間だから…今日は『ベガ』までだな…」

 黒田さんの呟きが微かに聞えた。

『ベガ』とは何だろう?

 頭の中はクエッションマークだらけだ。


「はい、乗車券。失くさないように」

 そう言いながら黒田さんがこれまた特急列車の指定席券にしか見えない紙片を渡してくる。

 表面には【マリンパーク号 1号車 5A窓側】とか【オリオン駅(18:30) ー ベガ駅(20:30)】とかが印刷されていて裏側は磁気を読み取らせるかのようなコーティングがされていた。

 そっか…『ベガ』って駅の名前か…と、納得しかけた…が……。

 え? 電車に乗るの? だから『列車』居酒屋なのか?

 と、更に頭の中にクエッションマークが増える。


 そんな私になどお構いなしに黒田さんは店の奥へと入っていく。

「いやぁ〜話には聞いてだけど凝ってるねぇ…」

 野崎課長は感心したように黒田さんに話しかけている。

 私もジャンも置いて行かれないようについていくだけで精一杯だ。


「ですよね~。凝ってますよね〜。だから何で祭囃子が流れているのかが不思議で…」

 黒田さんは黒田さんで私とは違う意味だとは思うが首を傾げている。


 薄暗い廊下の奥に部屋が見えてきた。 

 ドアは開け放たれている。

 その開け放たれたドアの奥からも涼しい風が流れてきていた。

 空調の効いた店内は快適そのものである。

 本当にありがたい。

 私はワクワクしながら開け放たれたドアをくぐる。

 部屋に入ると祭囃子の音に混じって案内音声が流れてきた。


『列車居酒屋ー旅が好きーへご来店、真にありがとうございます。ただいまサマーフェスティバル期間中につきまして【夏祭り 盆踊り会場仕様】となっております。どなた様も故郷の夏祭りを思い浮かべながらお楽しみ下さい』


 放送を聞いた黒田さんが顔を顰める。

「いつもの列車旅行仕様じゃないのか…」

 かなり残念そうだ。

「夏は何処の飲食店も客寄せに必死だからねぇ…。ここらで違う様相を見せて集客に励まないとなんだよ。きっと…」

 野崎課長が慰めるように肩を叩いた。

「ロベルトやジャンに日本の列車旅行気分を味わってもらいたかったんですが…」

 黒田さんはションボリとうなだれる。


 そんな彼らの会話が聞こえてはいたが、私は入った部屋の奇妙さの方に目を奪われていた。

 何故なら部屋中に椅子が並べられている部屋だったからだ。

 我々の他にも客らしき人が居て、その椅子にまばらに座っている。

 黒田さんも野崎課長も空いている椅子に座ったので私とジャンも座った。


 ジャンはまたキョロキョロと部屋を見回しながら

「ここで食事やらワインやら飲めるのか?」

と、呟いた。

 私も同感だった。

 どう見てもテーブルもなく何かを食べられるような設備がない。

 黒田さんに聞いてみようと口を開きかけたとき……


『お待たせしました。列車は間もなくオリオン駅に到着致します。どなた様もお乗り遅れのございませんよう……』

と、放送が流れて来た。

「あ、時間ですね。行きましょう」

 黒田さんが立ち上がったので我々も後に続いた。

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