3.山本 皐月 故郷は遠きにありて⑤
だんだん雨脚が強くなってきた。
雨にけぶる町は何処か幻想にみえる。
普段と変わらない家路のはずが宵闇も手伝って別世界にいる気分だ。
もちろん気分だけで見え隠れしている現実の街並み何一つ変わっていない。
事故を起こさないよう慎重に運転する。
雨だし…夜だし……
視界は良いとは言えない。
後部座席で父と夫が通じているんだかいないんだかわからない会話をしていた。
「久しぶりにこっちにきたせいか随分街が変わったねぇ」
と、父が言えば
「いろいろ土地開発されましたからねぇ…。時代ですよ」
と夫が返す。
父は今、どの街を思い浮かべているのだろうか?
狭い道を街灯がボンヤリと照らしている。
雨脚がさらに強くなった。
我ながら良いタイミングで店を出られたと思う。
やっとの思いで自宅にたどり着いた。
自宅の車庫は屋根付きで母屋と繋がっているので濡れずに家に入れる。
父を促しながら私達は家に入った。
「ただいま!」
家に入るなり父は言った。
私は驚いてすぐに言葉を返せなかった。
代わりに夫が
「おかえりなさい。お風呂できてますよ」
と、返してくれた。
今まで父は『お邪魔します』と言って家に入っていたのだ。
自宅なのに…
何十年と住んでいるのに……
父にとっては『他所の家』扱いだった。
それがいきなり
『ただいま!』
である。
父の中で何が起きたのだろうか?
夫が父を入浴させてくれている間に私は夫の食事の準備をする。
なんて変わらない日常だろう。
浴室から父の歌声が聞こえてきた。
買ってきたお弁当を軽く温め、冷えたビールを準備する。
準備しておくだけでテーブルにはまだ並べない。
あらかじめ並べてしまうと父がまた食べてしまうのだ。
父の分の食事が終わっていても、それは同じ。
だから父の食事が済んでいる時はテーブルには他の人の分の食事を置いておけない。
私は湯上がり用の水と飲ませなければならない薬を準備して父が風呂から出て来るのを待つ。
もちろん着替えやタオルは準備済みだ。
「おーい! 出るよぅ」
夫の声が聞こえる。
「はーい」
私は準備したタオルを持って父を迎えた。
「あー…いい湯だった」
湯上がりに父は必ず言う。
「良かったですね~」
私もニコニコと笑いながら父の身体を拭く。
そしてパンツ型のおむつを履かせたりシャツや寝間着を着せ身支度を整えてから薬と水の入ったコップを渡した。
「はい、飲みましょうね」
父はゆっくり薬を飲み下す。
そしてコップの水も飲み干し
「おやすみなさい」
と、頭を下げた。
「おやすみなさい」
私が答えると父は自室へ一人で入っていく。
少し間をおいて様子をそっと様子を見に行くと既に父はベッドで眠っていた。




