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3.山本 皐月 故郷は遠きにありて①

認知症……

 それは患った本人より寄り添う家族にとって辛い病なのだろうか……


 大切な人が知らない人になってしまう。

 自分の事がわからない。

 そして……

 患った本人が正常なつもりなのが一層…辛くせつない……。







「あ、お父さん! やっと見つけた!」

 夕暮れの街、まだまだ寒さの残る春先。

 散歩に出ていた父を私はやっと見つけた。


 もうすぐ90歳になる父が認知症の診断を受けたのは去年の今頃だったと思う。

 その為、父は一人暮らしができなくなってしまった。

 母はもう何年も前に亡くなり、それから父は一人暮らしをしていたのだ。

 父が認知症の診断受けた頃、幸か不幸か私は長年勤めていた会社を定年退職したばかりだった。

 だから夫と一緒に同居する事を決心した。

 せざるを…得なかった……。


 父の子供は私と弟の二人だ。


 弟は県外に勤めているし住居も勤め先に合わせて購入している。さらに子供達もまだ学生でお金も時間も余裕がない。


 私が定年になった時、同居予定だったのは夫だけだったので再就職先を探すつもりがなかった。その上、私の子供達は社会人で独立済だ。

 つまり余裕があったのだ。同居して父と暮らす余裕が……。


 幸い夫は定年後もそのまま嘱託職員として務め続けられたので経済的にも困っていない。

 ただ夫の職場が通うには少し遠くなってしまったしマスオさん状態になってしまった事は申し訳ないと思っている。


 父の身体は至って丈夫で、足腰もしっかりしている。

 その為、目を離すと近所を散歩(徘徊)してしまうのだ。


『お邪魔しました。家に帰ります』

と、一方的に宣言しふらふらっと外出する。


 近所ならばまだよい。

 どうかするとバスや電車に乗って知らない場所まで行ってしまう。

 何度バスや電車の終着駅へ迎えに行った事だろう……。

 市内の福祉サービスで高齢者がバス運賃無料になった事も大きい。

 バスに乗って遠出してしまうのだ。

 電車は運賃が無いと乗れない為、今は現金を持たせない事で利用できないようにしているし、駅員さんから連絡がもらえる事も多々ある。

 服に連絡先を書いた布を貼り付けたり持ち歩くバックにGPSを付けたりし迷子にならないよう工夫した。

 もちろん目を離さないつもりではいるが、それでも気がつくといなくなっているのだ。


 今日も今日とていつの間にか出ていってしまっていた。


 父の日課…徘徊(散歩)。


 私が父の外出直後に気がつく事ができれば、私も父に付き添って近所を回り、父の気が済んだ頃に買い物を済ませ一緒に帰宅してする事ができた。


 だが、ほぼ毎日がそれなのだ。

 正直…付き合いきれない!

 付き添って歩く私の方がクタクタだ。


 それでも何処かで事故や事件に巻き込まれでもしたら大変なので心配しながら父を捜す毎日。

 日を重ねる毎に娘である私の事もわからなくなりつつあるので余計に心配である。

 哀しいけれど…これが【老い】というモノなのだろう……。


 私が父を見つけた時、父は駅そっくりの店舗(?)の前にいた。

 何の店だろうか…と考えながら店に近づく。

 駅ではない…駅ではないはずなのに駅にしかみえない佇まいの店……。

 駅名の如く掲げられていた看板には【旅が好き〜列車居酒屋〜】と書かれていた。


 なんと言うか…私が幼い頃に父に連れられて帰省した時に利用していた乗り換え駅の佇まいによく似ている店構えで…これで本当に居酒屋なのだろうか…と首を傾げざるをえない……。


 奇妙な店。


 しかし、店に気を取られている場合ではない。

 私は父に近づいてなるべく優しく声をかける。

「お父さん。もうすぐお夕飯だから戻りましょ」

 この時、気をつけなければいけないのは『帰る』と呼びかけない事だ。 

 下手に「家に帰りましょう」と、呼びかけて自宅まで連れ帰っても

「私の家はここじゃない!」

と、言い出してゆずらず家に入ろうとしないのだ。


 父が帰ろうとしている家がどこなのか……。

 私には…わかっては…いる……。

 父の散歩(と言うよりは徘徊)に付き添っていた時に聞き出したのだ。


 父が言うには

「帰る家は棚田と段々畑に囲まれていて屋根が茅葺きだ」と……。

 それは…父の故郷の生家の特徴だった。

 

 両親や兄姉と共に生活した家……

 進学の為に家を離れるまで過ごした故郷の家。 


 ただ…残念な事に…その家はもう存在しない……。

 父の生家の有った村は過疎化が進み…統廃合され…住む人もいなくなり…廃村になったのだ。


 帰りたい……。

 幸せだった子供の頃のあの家に帰りたい……。


 夕暮れ時になるとその思いが強くなって父は徘徊してしまうのだろう……。





 「皐月、急がないと乗り遅れるぞ」

 父はスタスタと店の奥へ入っていってしまった。

「お父さん、ダメよ! 戻りましょう」

 私はあわてて父を止めたが父は店の奥へ入ってしまった。

 どうしよう……。


 だが父はさほど奥には入らず券売機(?)の前で立ちどまっている。

 よし、何とか父を外へ連れ出さなきゃ。


「お父さん、切符買わなきゃ乗れないでしょ」

 優しく…優しく……。

 怒ってはいけない……。

 心の中で自分に言い聞かせる。


 うっかり私が怒って怒鳴りつけてしまうと父はパニックを起こして暴れてしまうかもしれない。

 事実、何度か騒ぎになったりした事がある。

 年を取ったと言っても男性だ。

 力では敵わない。


「あぁ…切符を買わないとだな……」

 父は納得しているのか…いないのか……。


 切符が買えない事を理由に戻ろうと声をかけようと思ったその時……!


ガラガラビッシャーン!


 大きな雷鳴ともにバケツをひっくり返したような雨が降ってきた。


ザー……

ザー…ザー……。


 え? 土砂降り?

 傘持ってないんだけど……。


 正確には車で父を迎えに来たので車には傘がある。

 父のGPSが駅前付近でうろちょろしているのを確認したから車で来たのだ。

 

 車で駅前まで先回りで移動し、車は駅前の有料駐車場に止めて父を探した。


 だが……この土砂降りの雨の中……。

 父を車がある場所まで無事誘導できる自信は…無い!

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