表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

わかりにくい詩たち

蓼食う虫も好き好き好き♡

『なんて可愛いんだ……』


 通勤時、そこを通りかかるたびに、俺は彼女に見とれてしまう。


『君は世界一可愛い女性だ』


 彼女はいつも、そこにいる。


『っていうかなぜ、俺以外は誰も、彼女の可愛さに気づかないのだろう?』


 ドブ川の護岸のコンクリート部分に、エメラルドグリーンの苔が生えている。それを排水口から流れる水が、いつもしっとりと濡らしている。

 濡れた部分が美しい髪、苔は髪色、そしてドブ川に注ぐ排水が作る波紋が、俺には女の顔に見えるのだ。いや、女の顔にしか見えないのだった。


 彼女は俺がそこを通りかかるたび、『あっ! また来てくれたのね!』と、可愛すぎる声を上げて喜んでくれる、俺の頭の中で。


 俺は彼女に『ミドロ』と名前をつけてあげていた。俺が考えうる限り最高に可愛い名前だが、それでも彼女の美しさを表すには足りない。


 ミドロさんは俺を生かしてくれている。彼女がいなければ、世界はどれだけ退屈だったろう。


 ミドロさんのために何かしてあげたい。


 俺を幸せな気持ちにしてくれる、そのお返しがしたい。


 いつもそう思っていた。






 その日、俺は手に真っ赤なたらこを持ち、彼女の元へと急いでいた。


 気づいたのだ、彼女は口紅をつけていない。


 彼女にはきっと、たらこがよく似合う。


 本当にたらこの口紅をつけてあげたら、あっという間にドブ川にたらこは沈んでしまうだろう。


 だから、土手の上から、彼女の口に、たらこを重ねるのだ。


 俺が手に持ったたらこを、彼女の口に遠くから重ねれば、彼女がまるで口紅をつけたように見えることだろう。


 どれだけ美しいのだろうか。


 俺のプレゼントを、彼女は喜んでくれるだろうか。






 ドキドキしながら土手を歩き、そこを通りかかり、彼女を見て俺は「あっ!」と声を上げた。


 土手の上からオッサンが、こともあろうに彼女めがけて放尿していたのだ。


 俺は駆け寄るなり、手にしたたらこをオッサンに投げつけた。


「何しやがんだテメェ!」


 オッサンに言われたが、俺はただひたすらに彼女が心配だった。


 見下ろすと、彼女が白く泡立ってしまっていた。彼女はオッサンの小便でけがされてしまったのだ。


「何か……ワケがありそうだな? 兄ちゃん」

 オッサンが俺の投げつけたたらこをムシャムシャ食べながら、言った。


 俺はもう、どうでもよかった。彼女を失った世界になど生きていたくはない。スーツ姿のまま、ドブ川に飛び込むと、浅い川の底で頭を打った。


 俺の頭から吹き出した血が、彼女の唇を染めた。


 ああ……、ミドロ……。


 死ぬまで一緒だよ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 思う気持ちはきっと彼女に届く! ヽ(〃´∀`〃)ノ
[良い点] 〉死ぬまで一緒だよ。 せ…せつない。 。゜(゜´Д`゜)゜。
[一言] いろいろとカオスだなー笑 たらこが無駄にならずに済んでよかったと思う水産加工食品なのでした。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ