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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

花と華

作者: 氷室しゅう

何年ぶりかになる、久々の投稿です。

何てことない日常に幸せを感じる今日この頃。

何てことない二人の日常の話です。


花江。通称花。昔から、花なんて可愛らしい名前が似合わないと言われてきた。好きな遊びはサッカー、かけっこだったし、髪は肩より長く伸ばしたことがない。服はいつもズボン一択で25になった今も化粧っ気はない。自分でも、花なんて似合わないと思っている。

「あ、今日もここ跳ねてる」

何故かいつも跳ねる前髪の上側。自分でも、どうやって寝たらここが跳ねるのか不思議だ。

水をつけて撫で付けてみたが、やはり今日もここの寝癖には勝てそうもない。

「華~、そろそろ起きてよ~」

本日は月曜日。太陽はすっかり上っていた。

「ん~」

「お腹空いたよ~」

開けたカーテンから射し込む日の光から逃げるように、ほんの少し出ていた同居人の頭が布団に潜り込んでしまった。

さらりとこぼれ出ている髪の毛をそっと摘まんで引っ張ってみる。

「んーー、ん」

「愛しの、愛しの花さんが、飢え死にしてもいいのかね」

「愛しくない」

ぼそりと呟かれる言葉は今日も辛辣だ。こんなことを言いながらも、かれこれ3年はこうして一緒に住んで一緒に朝を迎えていたりする。

「……仕方ないなぁ。トースト焼いといてあげるから、起きてきてよ」

これぐらいで起きてくれないことは分かっていたので、諦めて一人キッチンへ向かった。分かってはいても、朝一緒に起きて、二人でひっついたりまったりして、一緒にリビングへ向かうという夢は諦めきれないものだ。

まだ日が入っていないリビングは少し肌寒い。カーテンを開けるとぽかぽかと心地よかった。

「今日は何にするかな。コーンスープと、トーストと」

冷蔵庫をあけると殺風景な空間が広がっていた。連勤後の冷蔵庫はいつもこうなってしまう。また、華と昼に買い物に出なくてはいけない。

「あ、玉子切れそうじゃん。そろそろ消費しないと。目玉焼きでいっか」

トースターに食パンを突っ込み、ケトルでお湯を沸かす。フライパンを火にかけたら、玉子を2つ割りいれた。


ジュワッ――


周りが白くなったことを確認したら、お湯を少し入れてさっと蓋をする。

食パンの焼ける匂いがリビングに広がり、ケトルで湯の沸く音がしてくると少しずつ家も目覚めてきた気がする。

不意に、さらっと肩口に長い黒髪がかかった。

「……おはよ、花」

「おはよう、華」

後ろからぎゅっと腰に手を回しているのは、甘えん坊の一華。通称、華だ。名が体を表している彼女は、同姓でもドキリとする空気を纏っている。街中を歩けば必ずと言っていいほど、声がかかる。

朝の弱い華は今、気だるげに花の頭に頬を寄せていた。

「ようやくお目覚めですか、うちの姫は」

「パンの匂いがする……」

「トースト焼いてるから。バターでいい?」

「ハチミツがいい……」

「あったかなぁ」

棚を覗きに行くと、華も後ろを着いてくる。頭のてっぺんがくすぐったいので、どうやら今日も花の寝癖をつついているらしい。何が面白いのか、いつも必ずつついている。それでも、花の寝癖が直らないのはいつものことだ。


チンッーー


丁度トーストが出来上がった。

「あった。ほら、あたしがトースト準備してるから、華はコーンスープ作ってて」

「んーー……」

そう言って華が向かった先は、リビングのソファーだった。ソファーに長い黒髪を流して横たわる。

「もう、返事だけじゃん。まったくもー」

そう言う自分の口調が全く怒っていないことは、花自身も分かっている。だから、華もいつも甘えてソファーに座るのだろう。


コポポッーー


お湯を注いでスープを作り、トーストの上にハチミツをかけて目玉焼きを乗せたら、朝食の完成だ。


ギシッ


横たわる華の頭もとに腰掛け、食事を並べる。

「ほら、華さん起きなさいな」

「ん~……有り難う、花」


チュッ


起き上がると、寝癖にそっと落とされるリップ音。憎らしい頑固者の寝癖すら、華の前だと好きになれるから不思議だ。

ゆっくりスープをすする華の横顔を見ながら、バターを塗ったトーストにかじりつく。本当は朝はご飯に味噌汁派だが、こうしてトーストを食べるようになって三年が経つ。


サクッ


「華の髪はいっつもサラサラだよね。同じシャンプーのはずなのに、何でだろう。あたしはいっつも、この前髪に寝癖がつくのに」

「だって花、寝癖がつく寝方してるから」

「え、何それ。あたし、そんな変な寝方してるの⁉️」

「ハチミツトーストに目玉焼き、合うわね」

「ちょっと華さん⁉️」

華は聞き捨てならないことをぼそりと口にすると、しれっと自分の世界に帰ってしまった。

「……ハチミツに目玉焼きって合うの?」

「合うわよ」

長い睫毛を伏せてトーストにかじりつく姿も、何故か華だとその口元が色っぽく、絵になってしまう。


サクッ


「……美味しい」

華の食べる反対側からトーストにかぶりつくと、口の中に甘くてしょっぱい味が広がった。伏せられていた華の睫毛がゆるりと上げられる。

「華と一緒だと、新しい発見がいっぱいだね」

「……私もよ」


チュッ


くすりと笑う華は、ようやく目が覚めたようだった。


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