闇堕ち桃太郎
しばらくの間は本気で信じていました。私は桃から生まれてきたのだと。
残念ながら物心つくころには、それが優しい嘘であると気づいていました。人は桃から生まれません。私は、きっと親に捨てられたのだ。おじいさんとおばあさん、そして村の人々は私を傷つけないよう、夢物語で真実を包み隠してくれたのだと理解していました。
実の親から見捨てられた悲しさ、育ての親から欺かれていた寂しさはもちろんありましたが、それでも私のことを思いやり、大切に育ててくれた彼らへの感謝のほうが大きく勝っていました。
人より丈夫なこの体で一生懸命働き、少しでもみんなに恩を返そう。そのように殊勝なことまで考えていたのです。
ただ、そのころからどうしても、私の身体が桃を受け付けなくなりました。あの甘ったるい香りと味を思い浮かべるだけで、胸の奥はズキズキと痛み、吐き気を催してしまうのです。思い返せば、あれは無理やり奥底に押し込めた不信感が、どこからともなく滲み出ていた証拠だったのでしょう。
鬼が隣村を襲ったという噂が広まるのと同時に、おじいさん、おばあさんを含む村人たちの様子が豹変しました。
「いったいどうしたものかねえ……」
「このままでは、いつこの村にも鬼がやってくるか……」
「何か良い手はないだろうか……」
大抵私に聞こえるような場所で、しばしばそのような相談事を呟くようになったのです。彼らの目には、私が自発的に何かを口にすることへの期待がありありと浮かんでいました。
愚かな私は、そのときやっと全ての真相を悟ったのです。私はこの日のためだけに、この役割のためだけに生かされてきたのだと。
恐ろしい鬼の話は小さい頃から繰り返し聞かされてきました。彼らがいかに凶暴で、ずる賢く、残酷であるか。そして最後におじいさんとおばあさんは必ずこう付け加えるのです。
「でも、強く賢く勇気ある桃太郎なら悪い鬼たちをやっつけられるかもしれないね」
幼い私は彼らの言葉を真っ直ぐに受け止め、自らの勇姿を想像し、無邪気に目を輝かせていたものです。なんと浅はかだったのでしょう。確かに死に物狂いで戦えば鬼を倒せるのかもしれません。相手がたった一、二匹ならば。
数百、数千とも言われている鬼の軍勢に対して、たった一人で立ち向かえるわけがありません。結局は、ただ活きの良い餌になるだけです。そんなことは最初から皆分かっているのです。分かっていなかったのは私だけでした。
私は捨てられたのではなく、生け贄にされたのです。きっと今まで何食わぬ顔で接してきた村人の中に、私の産みの親もいるのでしょう。
熟れすぎた桃がぐちゃりと爆ぜ、すえた臭いが辺りに充満するように、私の心の中はどす黒く穢れ染まっていきました。
それからしばらくして、私は鬼ヶ島へと鬼退治に出発することを申し出ました。自棄になったわけでも、気が狂ったわけでもありません。むしろ狂ってしまえればどんなに良かったでしょう。
彼らは私の勇敢な決断を褒め称え、涙ながらに見送りました。しかし、私の心は既に芯まで冷えきっていたのです。彼らの涙が偽りかどうかなんて、もう気になりませんでした。
おばあさんから手渡されたきび団子は、道中出会った動物たちに全てあげました。彼らは鬼退治の加勢を申し出ましたが、丁重に断りました。その姿が、かつて村人たちへの恩義を感じていた道化のような自分と重なり耐えられなかったのです。
何より、そもそも私は鬼と闘うつもりなどありませんでした。鬼ヶ島に到着すると、私は村の守りが手薄な箇所や宝物庫のありかなどを手土産に、彼らの仲間に加わりました。
敵の首と金銀財宝ではなく鬼の大群を引き連れ、意気揚々と帰って来た私を見て、一体彼らはどんな表情を浮かべるのでしょう。その姿を想像するだけで、久々に晴れやかな気分になりました。
きっと「この恩知らずの人でなし!」「血も涙もない裏切り者!」と罵られるのでしょう。
でも仕方がありません。だって元々私は人ならぬ存在……「桃から生まれた桃太郎」なのですから。