「踊る人形」におけるホームズのミスについての考察
【ホームズのミス】
シャーロック・ホームズは百六十種類の暗号記法を分析して論文にしています。その論文は『ホームズの論文』の章の『百六十種類の暗号記法の分析』で触れています。
しかしホームズは『踊る人形』の暗号を今まで見たことがない種類の暗号、と言っているんです。
短編『踊る人形』に登場する暗号はアルファベットを絵に置き換えたもので、エドガー・アラン・ポーの『黄金虫』に登場する暗号はアルファベットを数字や記号などに置き換えたものです。この二つは暗号の分類としては同じものになります。ここで一つの問題があります。
ホームズは長編『緋色の研究』で、ポーが生み出した探偵『C・オーギュスト・デュパン』を貶しています。デュパンの存在を知っているのなら、同一作者の暗号解読小説『黄金虫』を知らないわけがありません。なのに踊る人形の暗号を見たことがない種類の暗号と言っているのは矛盾しています。
まずは『緋色の研究』で、デュパンが実在した探偵として扱われているかが気になります。もし作中でデュパンが実在した探偵だったら、作者は存在しないので『黄金虫』とは繋がりがまったくないからです。
では、『緋色の研究』から引用しましょう。
『「そう説明されてみると、すこぶる簡単だね」私は微笑した。「君はエドガー・アラン・ポーのデュパンを思い出させる。ああいった人物が、小説の主人公以外で実在しようとは、夢にも思わなかったなぁ」』
これはワトスンの発言です。ワトスンはハッキリと、デュパンは小説の主人公と言っていますし、ポーの名前も出しています。その後のホームズの返しは、デュパンを知っているように話して貶します。つまり、ホームズは『黄金虫』を読んでいた可能性が高いです。
ではなぜ、ホームズは踊る人形の暗号を見たことがないと言ったのか。二つほどの可能性が考えられます。単純に作者ドイル自身のミス、それか、ホームズのミスです。
まずはドイルのミスとして考えてみましょう。そうすると、これはあり得ません。ドイルは『黄金虫』を参考にして『踊る人形』の暗号を作り上げたからです。その点については色々酷い批判もあります。例えば、正典にて同じく暗号解読小説である短編『オレンジの種五つ』の物語の流れと『黄金虫』の暗号をパクって出来た二番煎じ小説、とか......。
ドイルのミスではないなら、ホームズのミスとして考えてみます。そもそも、ホームズはそんな簡単な間違いをするでしょうか? まあ、人間ですから間違いはあります。ホームズが『黄金虫』を読んでいなかった可能性も考えられます。ですが、最初に言った通り、ホームズは百六十種類の暗号記法を分析しています。その百六十種類の中に『黄金虫』の暗号が入っていないわけがありません。ポーのデュパンを知っていたので『黄金虫』を読んでいるはずで、その暗号は必ず論文に組み込むはずです。つまり、これはホームズのミスということに落ち着きますね。
【ポーと正典】
さて、前置きが長くなりましたね。ホームズのミスだと確定したので、なぜホームズが間違えたのかを考えましょう。
ただ、考えてみれば正典の作者はドイルです。『踊る人形』の暗号を、ホームズに『見たことがない種類の暗号』と言わせたのも当然ドイルになります。
ではなぜ、ドイルはホームズに『見たことがない種類の暗号』と言わせたのか。ホームズでも見たことがないような暗号だと読者に印象づけたかったのでしょうか。しかし、それは違うとわかります。なぜなら、ホームズが『見たことがない種類の暗号』と言ったのは暗号解読の推理を披露し始めた時だからです。もしドイルが読者に『ホームズでも見たことがないような難しい暗号』なのだと印象づけたかったならば、暗号が初めて登場した場面でホームズに言わせるはずですから。
ドイルがホームズに『見たことがない種類の暗号』だと言わせた理由はなんでしょうか。ポーが書いた『黄金虫』の暗号と差別化させたかったとも考えられます。では、まずはポーとホームズの関係について考えてみましょう。
ポーの推理小説は『黄金虫』以外にはオーギュスト・デュパンのシリーズの三作があります。その三作とは、世界で初めて書かれた推理小説と言われる『モルグ街の殺人』、二作目の『マリー・ロジェの謎』、三作目で名作とも言われる『盗まれた手紙』です。
私の持っているポーの本『モルグ街の殺人・黄金虫 ポー短編集III ミステリ編』の編者である巽孝之さんは『マリー・ロジェの謎』を収録していないので、私は『モルグ街の殺人』と『盗まれた手紙』しか読んでいません。なのでこの二作品の考察をしてみましょう。
長編『四つの署名』では偶然にも密室殺人が起こります。これは抜け穴によるものです。『モルグ街の殺人』も抜け穴のようなものによる密室であり、偶然が重なって起こった密室殺人事件となります。これら二つはよく似ています。
短編『ボヘミアの醜聞』は写真を取り返すもので、『盗まれた手紙』は手紙を取り返すものです。ホームズは依頼に失敗した一方で、デュパンは依頼に成功しました。
デュパンは『盗まれた手紙』で、依頼人に小切手を書かせてから取り返した手紙を渡して驚かせています。ホームズも短編『緑柱石の宝冠』で、小切手を書かせてから取り返した宝石を依頼人に渡して喜ばせました。
ポーの作品と正典には類似点がかなりあります。他の作品をパクったのではないかという正典の作品も多々ありますが、ここでは触れないことにします。
とまあ、ここまで偉そうに書いてきましたが、結局ホームズがミスをした理由はわかりませんでした。この問題に取り組んでいる研究者の方をしていたら教えてください!
結論、正典とポーの作品には深い関わりがあるかもしれないことがわかりました。以上となります!
明日は『名探偵の名前についての考察』を投稿します。