ジェームズ・モリアーティ教授
ホームズの宿敵は、ジェームズ・モリアーティ教授として広く知られます。
彼について言及している作品はごくわずかにも関わらず、ホームズを語るためには必ずモリアーティ教授の名が出てきます。
短編『最後の事件』にて、ホームズに殺される運命ではありますが……。
モリアーティ教授は自らは手を汚さずに配下の者に犯罪を犯させます。ホームズいわく、ロンドンの悪事と迷宮入り事件のほとんどの黒幕。またの名が、『犯罪界のナポレオン』。
【経歴】
生まれながらに数学の天才で、数学教授でもあります。21歳で二項定理に関する論文を書き、ヨーロッパ中にその名を轟かせ、イギリスのとある大学(定説ではダラム大学)で教授のポストを得て、悪の道を進み始めます。
黒い噂が流れたため大学を辞めて、ロンドンで陸軍軍人の個人教師となり、犯罪界の王となりました。
なぜ数学教授が犯罪組織のトップなのか。このことについて北原尚彦さんは、モリアーティ教授にとっては綿密な犯罪計画を立てることが数学の問題を解くのと同じなのだろうと言っています。
【外見】
背はものすごく高いですが、背中が曲がっていて頭を前に突き出し、爬虫類のように左右にゆらゆらと動かしています。
ガリガリに痩せていて、頬は張り出して両目は深く落ちくぼんでいるそうです。
【教授としての功績など】
論文『小惑星の力学』を書いています。ただし内容については不明。
教授としての年収は700ポンドで、『報酬にこだわりがあるホームズ』の頁での、現在の日本円への換金表を参考にすると、700ポンドは現在の日本円で約3千7百10万円になります。
それなのに4万ポンド(約21億2千万円)もするジャン・バティスト・グールズの『子羊を抱く少女』という名画を所有しています。
【兄弟】
モリアーティ教授の兄弟にはモリアーティ教授と同名のジェームズ・モリアーティ大佐とモリアーティ駅長がいます。
モリアーティ駅長はモリアーティ教授の弟だとわかりますが、モリアーティ教授とモリアーティ大佐のどちらが兄か弟かはわかりません。
モリアーティ大佐とモリアーティ教授が同名のため、複合姓ではないかという説があります。つまり、『ジェームズ・モリアーティ』が苗字ということです。
【論文『小惑星の力学』】
本当はこの後の『ホームズの論文』という章の番外編にて、『小惑星の力学』の内容に触れようと思っていました。
しかし、『ホームズの論文』の章でモリアーティ教授の論文について書くのもどうかと思いまして、急遽この頁に移しました。
モリアーティ教授が著した論文として広く知れ渡っている『小惑星の力学』ですが、内容は正典で書かれていません。そのため、様々な人達がこの論文の内容を研究しています。
エドガー・スミスは、火星と金星の間にあった惑星が崩壊して小惑星になったことに関する論文が『小惑星の力学』であり、アインシュタインとは別にエネルギーの等価性を発見したことを記したものだとしています。
アイザック・アシモフは『黒後家蜘蛛の会』の一編である『終局的犯罪』にて『惑星を破壊して小惑星にする方法であり、世界を滅ぼす研究論文』だと述べています。
篠原久典さんは『小惑星の起源を惑星の衝突に求め、その小惑星が地球と衝突することを突き止めたもの』が『小惑星の力学』の内容だと唱えています。
しかしホームズは長編『恐怖の谷』にて、『小惑星の力学』について純粋数学の最高峰に分け入ったものなどと褒め称えています。
上記三人の説だと純粋数学の最高峰に分け入ったものに該当せず、このことから橋本幸二さんは『小惑星の力学』という論文のタイトルがそもそも誤訳だったと述べているようです。
モリアーティ教授の『小惑星の力学』の原文タイトルは『The Dynamics of an Asteroid』です。
その『Asteroid』は『小惑星』と訳せますが、純粋数学という点にしたがうと『アステロイド曲線』と訳せます。
アステロイド曲線は純粋数学に該当し、このことから実際は『アステロイド曲線のダイナミクス』や『アステロイド解を持つ場の力学』という訳が適切とのこと。
アステロイド曲線とは、日常よく見られる運動(つまり力学的性質を持つ)の軌跡らしいです。
何のこっちゃ、ですね。私もまったくわかりません。くわしく、かつ簡単に説明出来る人は説明文を書いてください! お願いします!
【モリアーティ教授の犯罪方法】
短編『唇の捩れた男』にて、ホームズは『仇敵』を捜しています。
アヘン窟『金の棒』の裏のポール荷揚げ場寄りに落し戸があります。仇敵は、月のない夜にはそこからテムズ河に死体を運び出していました。
この仇敵がモリアーティ教授(またはその一味)であるとは明記されておらず、仇敵の正体はわからず終いです。
ただ、モリアーティ教授という人物は、ドイルがホームズ物語を終わらせるために生み出したものであり、そのため伏線もなくいきなり短編『最後の事件』にて登場します。
つまり、『唇の捩れた男』を書いた時点では、ドイルはモリアーティ教授を意識して書いていませんでした。確かなのはこれくらいです。
平賀三郎さんはテムズ河への死体を運ぶ方法について、『ロンドン塔の反逆者の門をヒントにしてモリアティ教授ならこんな死体処理システムを考えたかもしれない。』と言っています。
また、『シャーロック・ホームズ対伊藤博文』では、モリアーティ教授と名乗る別人をイギリス各地および海外の警察に教員として協力させて、経歴を資料に残させ、スコットランドヤードからモリアーティ教授の名前が伝達されても、署によってモリアーティ教授の人物像は異なってしまい、当面は一貫したアリバイを確かめられないというモリアーティ教授の犯罪方法が書かれていました。
面白い解釈です。他に、外見もよく似ている弟を、モリアーティ教授は様々な局面で重宝するともありました。
ホームズと同等の知能を持ち、自らは動かず多数いる手下を使います。その例としては、『恐怖の谷』があります。モリアーティ教授は登場しませんが、影で糸を引いていました。
モリアーティ教授の部下としては、副官で射撃の名手であるセバスチャン・モラン大佐とホームズに情報を漏らしたフレッド・ポーロック、盲目のドイツ人技師であるフォン・ヘルダー、モラン大佐の部下であり大空白時代にベーカー街221Bの見張り役をしたパーカーなどがいます。
モラン大佐が使った、音のしない空気銃を作ったのがヘルダーです。
短編『最後の事件』で、モリアーティ教授と対談したあとにホームズは外を歩いていて危険な目に遭っています。
それは全てモリアーティ教授の作戦で、ホームズは馬車にひかれそうになりました。
当時のロンドンは視界が悪く、馬車にひかれるような事故の頻度が高かったようです。そのため、福島賛さんは悪党が犯罪を隠すにはちょうど良かっただろうと言っています。
この殺害方法も、モリアーティ教授一味の常套手段ということになります。
また、当時のロンドンは工場の煙などでスモッグが充満していて、そのことによって付いた名前が『霧のロンドン』というものでした。
しかし霧には似ても似つかず、ロンドンの霧は黄色く汚いようです。これが原因で当時は視界が悪かったのです。
【モデル】
シャーロキアンであるH・R・F・キーティングとサミュエル・ローゼンバーグは、モリアーティ教授のモデルは十九世紀のドイツの哲学者フリードリヒ・ニーチェだとしています。
ゲインズボロの肖像画『デヴォンシャー公爵夫人』を1878年に盗み出したことで知られ、実在する国際的大泥棒アダム・ワース(別名ハリー・レイモンド)がモリアーテイ教授のモデルであるとする説もあります。
この説がよく本に書かれています。その理由の一つとしては、ワースも『犯罪界のナポレオン』と呼ばれていたからです。
ただ、ワースはモリアーティ教授と違って、自らで盗みを働き、ベルギーで強盗に失敗して逮捕されています。その後、ワースは56歳で生涯を終えました。
モリアーティ教授が登場したり言及されたりしている作品の事件は、いずれもワースの名画盗難事件よりあとに発生しています。




